第6章2話 普通の学校生活?
「それでは、半蔵さんには魔神がいると思われる洞窟の最奥までの斥候をお願いします――が、本当に良いのですね?」
「ああ、ただし何度も言うようだが俺は純粋な戦闘職じゃないから、道案内までだぞ」
――この夢は随分と久しぶりだった。
異世界から召喚された勇者、いや日本から召喚されてしまった女子高校生の千剣破が、最後に念押しとでも言うように綺麗な漆黒の瞳で半蔵を睨みつけて来る。
ここは魔神討伐隊の派兵のために、王城で行われている最終作戦会議の場だったりする。
周りには勇者パーティーの大賢者や聖騎士にサポートの王国騎士団と宮廷魔術師達、そして王国全土から集められた上位冒険者達が挙っていて、唯の透明人間な半蔵は場違いなことこの上ない。
しかし、壇上からわざわざ下りて来てまで、両手を握り締めて祈るようにしている彼女に呼ばれなければ、そもそもがこんな所にいなかったのも事実だ。
「それだけで、十分です。我儘を言ってすみませんが、よろしくお願いしますね?」
気のせいか、ホッとしたようにその漆黒の瞳を細めて微笑む勇者千剣破の言葉に、対抗するように歌姫ディーヴァが物言いをつけるようとする。
「それなら、私もついて行」
「ダメだ」
が、そんなことを半蔵が許すはずも無く、アッサリと不貞腐れたように放たれた言葉に被せるように遮られてしまう。
すると、ぷぅーっと頬を膨らませると、しがみついていた半蔵を腕をブンブンと揺すり始める。
「ブーッ、なんでよぉ? ハンゾーくんが行くのに、コンビを組んでるパートナーがついて行かないでどうするのよ?」
「パートナーだから、だ。大事な嫁を、魔神退治なんて危ない所に連れて行けるものか」
豊かな双丘に挟まれた腕を振り払うこともせずに半蔵が、断固とした態度でハッキリと言い放つ。
一瞬、キョトンとした顔をしたディーヴァは、でへへぇ~とか笑いながらもデレデレと腕を持ったままクネクネと始めてしまう。
それを見慣れている上位冒険者達は生暖かい視線を向けているが、王国騎士団員や特に大賢者のエルフリーデと聖騎士のジークリンデはあからさまに面白くなさそうな顔をする。
それもそのはずで、透明人間の半蔵をこの魔神討伐に参加させると勇者が言い出した時も、最後まで反対していたのはこの二人だからだ。
だいたい、たいした戦闘スキルも持たず、透明人間なんていう逃げ隠れするような称号持ちなのだ。
王国を上げての国家プロジェクトであるこの魔神討伐に参加する資格があるなんて、到底思えないのは当然のことだ。
しかし、それでも勇者千剣破は最後の最後まで半蔵の参戦にこだわって、遂には半蔵抜きでは魔神討伐戦を延期するとまで言い出す始末だった。
これには流石の国王も宰相や上級貴族達も閉口してしまい、大事の前の小事として勇者に一任することにしたのだった。
そんな経緯もあってか、敬愛する勇者の千剣破から意味無く依怙贔屓されるチンケで軟弱な男のことが、エルフな大賢者にとって面白いはずも無く。
同様にどこまでも勇者に憧れる実直を絵に描いたような聖騎士にとっても、彼女から無意味に優遇される姑息で矮小な男など虫唾が走るだけだった。
だから、普段は顔色を変えることの少ない勇者な千剣破が、可愛らしく頬を膨らませて、半蔵の反対を腕を結構ふくよかな胸に抱き寄せたりすると、一気にその場の空気が凍り付くことになる。
「ぷぅ……半蔵さんが、こうおっしゃっているのですから歌姫さんは、王都に残ってお留守番でもしていて」
「ハッ、だ、だめよ! ハンゾーくんは私の支援が無いと、なんにも出来ないんだからぁ。だから、ハンゾーくんを死なせないためには、私の同行が必要ってことなのよ~。ふふふ~ん」
ドヤァ~っと小鼻をピクピクさせながらドヤ顔を披露する歌姫ディーヴァに、確かに半蔵の半端なスキル構成では彼女の支援無しでは心許ないことも事実であった。
ぐっ、と勇者がたじろいで半歩さがってしまうが、それでも言質を取ったとでもいうように言い返す。
「で、でも、半蔵さんがあなたを連れては行かないと」
「だったら、ハンゾーくんは行かせませ~ん。死ぬと分かっていて、嫁として行かせられるはずがないじゃないですかぁ?」
どど~ん、と荒波の背景を背負ったディーヴァが、伝家の宝刀を抜き放つ。すると、これには半蔵も困ったようで、急に浮気がバレた亭主のようにアタフタと言い訳臭いことを言い始める。
「いや、行かせないって言ってもさ、魔神を放っておくと、ディーヴァの生まれ変わりであるはずの小鳥がいる世界が狙われるらしいんだぞ? 放っておけるはずがないだろ?
なあ、この世で一番大切なディーヴァを危険な目には合わせたくは無いし、勿論、生まれ変わりの小鳥にだって危ない目には合って欲しくないんだよ?」
必死に説得を繰り返す半蔵に旗色が悪いと判断したのか、歌姫ディーヴァは最終兵器を取り出すことにしたようで。
ポロポロと綺麗な紅を奥に秘めた玄色の瞳から涙を零し始めてしまう。
これを遠巻きに見ていた上位冒険者達は、ああ~勝負あったなぁ、と諦め顔をして同情の視線を送るのだった。
いくら上位の冒険者である勇猛な彼等であっても、歌姫ディーヴァの支援魔法に助けられたことは一度や二度では無い。
その可愛らしい外見と歌声にファン倶楽部まである自分の娘のような少女を、人類の究極の敵である魔神との戦いに連れて行きたい者など、本当は一人もいるはずがなかったのだ。
そんな周囲の負け犬を見るような視線に気づくことも無く、まだ諦めの悪い半蔵は抵抗を試みるが。
「う……で、ディーヴァ……な、泣かなくても……」
そんなヘタレな最後の抵抗にすらも、腕にしがみついてつま先立ちになった愛する人が、綺麗な涙目で上目遣いにしながら。
「……ハンゾーくんが死んだら……私も死ぬからね?」
こんな台詞を耳元で囁かれしまっては抗い様があるはずもなく、とうとう半蔵はガックリと肩を落とすと、大きなため息をついてしまう。
「わぁ~ったよ。その代わり、後方支援だけだからな? 絶対に危ないことはしないんだぞ? いいな、約束だからな?」
「えへへ~。ハンゾーくん、だぁ~いスキぃ!」
ガバッと首に抱きついて来て、そのまま唇を重ねてくる愛しい人。その柔らかい感触と甘く香るいい匂いに、狂おしい程の思いが溢れて来るのを抑えることができない半蔵だった。
――ああ、そうだこの時、なんとしても彼女を連れて行ってはいけなかったんだ。
その横では綺麗な唇をへの字にして泣きそうな顔をした勇者千剣破が、それでも半蔵の腕を離すことなく子供のようにしがみついていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで最近、見かけないと思っていたら、こんな所で何やってんだよ?」
半蔵の目の前には、何だか分厚い物理やら数学やらの難しいそうな論文やらが山のように積み上げられている。
放課後の高等部にある図書館の隅っこのそんな机の向こうには、エルフな大賢者が大量の本に埋もれるように座り込んでいた。
これまでずっと勇者の傍から離れようとしなかったのに、昨日はちっとも見かけないと思っていたら、こんな所に篭っていたようだ。
しかし、ハリウッド女優のような美貌で、目を真っ赤に充血させて、目の下に隈まで作って本を読み漁っているのはちょっと怖いものがある。
「ん? なんだ透明人間ではないか。お前こそ、こんな場所に何の用だ?」
すると顔色だけでなく機嫌まで悪いようで、不貞腐れたようにそんなことを言い出す副担任のはずのエルフリーデ先生。
機嫌のいい時の、何故かムカつく微妙に語尾を上げる喋り方をする余裕も無いようだ。
「お前こそ、俺が学生ってこと忘れてやしないか?」
「ふんっ、ろくすっぽ勉強もできない癖に学生を気取るな」
調べ物が上手くいっていないのか、それとも邪魔をされて単にご機嫌斜めなのか、絶世の美女なのに唇をへの字に歪めて睨みつけてくる。
「アホで悪かったな。お前らのおかげて、五年前に中退させられた身だから、文句があるなら鏡にでも向かって言うんだな」
だから半蔵が睨み返してやると、わずかに悲しそうに眉を下げてから、フンッとソッポを向いてブツブツとつぶやき始めてしまう。
「だから、こうして調べているんだろうが。それにしても、この科学や物理学に化学とかは面白いな。魔法の真理への到達は無理でも、原理に通じるものがあるぞ!」
流石は伊達に大賢者と呼ばれるだけのことはあると言うことか、と素直に見直していると。
「凄いな、そんなモンまで読めて理解出来るのか?」
「フンッ、500才を超える長寿に裏付けられた知識と経験を舐めるな。この世界の知識を得た私が叡智へと昇華させて、魔法との融合を果たせば不可能も可能とすることすら容易だ!」
一瞬だけ綺麗な瞳を見開くと照れるように、徹夜明けなのかもはや何を言ってるのか訳が分からんことを捲し立てるので、アッサリと諦めた半蔵が放置することに決定してしまう。
「はいはい、凄い凄い」
「うふふー。ほらぁ、ハンゾーくんが図書館で定期考査の試験勉強なんてしようとするから、エルフの先生がビックリしたじゃないよぉー」
鞄を抱えながらテコテコ来て嬉しそうに微笑んでいる割には、何故か酷い言い草なのは小鳥だが、その後ろからは妹の十六夜までが怒ったように指をブンブン振り回しながらやって来ている。
「だって、お兄ちゃんはこうでもしないと、ちぃ~っとも勉強しないじゃないのよぉ」
「あら、そうなのぉ? それじゃあ、私も学校は欠席しがちだから一緒に頑張ろぉねぇ~」
とか、ピョコピョコと跳ねるように半蔵の腕にしがみついて来るのは、この学園の生徒ではないはずの人気アイドルの水月だ。
「そうですねぇ、せっかくですからみんなで頑張りましょうか?」
「なんだ、チハヤも一緒だったのか。だったら、ほらここに座ると良い」
一番後ろからついて来ていた高等部生徒会長の千剣破が、ヒョコっと顔を見せるなり途端に機嫌良くなってしまう大賢者のエルフリーデ。
そうなのだ、昨日の高級ホテルでのケーキバイキングで定期考査の話が出て、どう言う訳か気がつけば勉強会をすることになっていたのだった。
そんなことは知らないと、当然のように半蔵が放課後のHRが終わるなり鞄を持って逃げようとしたのだが。
近くまでアイドルの仕事で来ていたらしい水月が、どうやって入り込んだのか廊下で待ち構えていて、アッサリと腕を拘束されて捕まってしまっていた。
勿論、その後は放課後の教室から出て来た大勢の生徒達で、中等部の新校舎はパニック状態となってしまい。
結局は半蔵の透明人間のスキルで、全員がスタコラと高等部へと逃げて来ることになっているというわけだ。
しかし、七夕に消えることが確定している半蔵は、いまさら勉強なんてしても意味はなく。むしろ、サッサと魔人を見つけ出して倒しに行きたいので、人気アイドルだかが抱きついている腕を引き剥がそうとするのだが。
「いや、だから俺は勉強はいいって言ってわわっ、おい離せって」
「はいはい、超多忙の大人気アイドルの水月ちゃんが一緒に勉強してあげるんですから、大人しくしているんですよぉ~?」
日本中の中高生を魅了する明るい笑顔でそんなことを言って、ペタンと半蔵を隣の椅子に座らせてしまう。
しかし一瞬だけ半蔵が見せた、何かを諦めたようなそんな表情に気がついていた、三人の少女達は哀し気な気分を振り払うようにして、無理矢理に微笑むとそれぞれ椅子に座るのだった。
美少女四人に取り囲まれるように座らされて、流石に観念したのか半蔵も肩を竦めて首を横に振るしかない。
「はあ~、分かったよ。でも、俺はそんな昔のことは覚えていないんだがなぁ?」
「ふふふ~、そうですねぇ。流石に五年も前のことは覚えていないでしょうから、私がミッチリと手取り足取り教えて差し上げますよ?」
どこから取り出したのか、オシャレなフレームレスのメガネをチョコンとかけてキラーンと光らせているのは、勇者で生徒会長な千剣破だったりする。
それを聞いて、ビックリしたように素直に心配しながらも、世話が焼ける彼氏を持って私も大変よぉ~とばかりに、ふんすっとアイドルな水月が見事な胸を張る。
「五年~? そんなに勉強してないのぉ? もぉ~、しょうがないなぁ。私も勉強は苦手だけどぉ、ちゃんと教えたげるからねぇ?」
「あ~、お兄ちゃんったら、もぉ~。御雷先輩と私の水月ちゃんに迷惑かけないでよねぇ!」
そこに羨ましそうに頬を膨らませた妹の十六夜が、我慢ならんとでも言うように、ギャオーッと吼える。
こいつは、もうどこにでも付いて来るなぁ。と五月蝿そうに半蔵が眉をひそめていると、隣に座った小鳥が紅い色をうるうると玄色の瞳に浮かべ始めてしまう。
「うぅ~……、なんだかコトリちゃんの立場がないような気がするぅ~?」
確かによく食べてよく寝る小鳥は普段も早い時間からお眠だし、授業中もコックリコックリしていることが多いので、決して「勉強はまかせてっ」という感じではない。
まあ、それも五年もの長きに渡って勉強とは無縁の、基本的には荒くれ冒険者な人生を送っていた半蔵からすると、可愛い個性にしか見えないのだが。
どうやら、本人にとっては非常に重大な問題らしい。
「ほら、小鳥も俺と一緒に勉強すればいいから。まあ、赤点回避を目標の俺とは違って心配は無いだろうけどさ?」
そんなことを言いながら、ミルクティーカラーの長髪をそっと撫でていると索敵スキルに引っかかる奴がやって来て。
「き、貴様っ! こ、こんな所まで来てまた、ちは……御雷生徒会長にまとわりつい……あれ? 白夜水月? 俺の水月が、何でこんな奴と!」
呼ばれても無いのにノコノコやって来たのはやっぱり、高等部の副生徒会長をやっているイケメンなはずの越後屋二太郎、なんだが。
今、こいつ、変態ストーカー達や妹の十六夜と同じようなこと言ってなかったか? と、後ろを振り返って半蔵が睨みつけようとするのだが、その前に隣に座っていたアイドルな水月が腕を取って抱き寄せてしまい。
「みんなのアイドル、白夜水月でぇ~す。誰か知らないけど、あなたのじゃ無いよぉ~? ねぇ~、半蔵ぉ」
とか、よく通る澄んだ声でのたまうもんだから、ギョッとした越後屋二太郎くんは「ぎゃあーっ!」と頭を抱えて叫ぶと。
「な、名前で呼んでっ、貴様ぁ! 俺……みんなのアイドル、白夜水月とどんな関係だぁ!」
とか喚き始めてしまうので、大人気アイドルの水月は半蔵の腕に抱きついたまま、イヤンイヤンと頬を染めてテレながらポロっと爆弾を投下する。
「ええ~、だってぇ~、それはぁ~、ヒ・ミ・ツ~?」
「「「「「キャーッ!」」」」」
「ぐはぁっ」
その意味深な一言に黄色い声を上げて色めき立つ、図書館に集まっていた女子高校生という名のオーディエンス達と、会心の一撃を受けて致命傷となったらしい越後屋家のお坊ちゃま。
これには流石の半蔵も頭にきたのか、腕にしがみついているアイドルを睨みつけて低い声で唸るようにつぶやく。
「おい……俺は目立ちたく無いと言ったよなぁ?」
「てへぺろ~?」
しかし、天下の大人気アイドルの白夜水月にはいっこうにダメージを与えることはできないようで、アッサリと可愛くかわされてしまう。
そんなあざとい様子を見ても大ファンの十六夜は、嬉しそうに黄色い悲鳴を上げているし。
「キャーッ、水月ったら可愛いんだからぁ~」
「流石、大人気アイドルですねぇ。これは勇者としては負けていられません~」
何故か千剣破は勇者としてのカリスマスキルを使い始めるしで、とうとう歌姫ディーヴァの小鳥は見えないミルクティーカラーの長いウサ耳をペタンと途中で折って泣き出してしまう。
「わ~ん、ハンゾーくんが大変なことにぃ~?」
これって、たぶん普通の学校生活――とは言わないよなぁ。などと、窓の外の澄み渡った雲ひとつ無い青空を見ながら、ボンヤリと考える半蔵だった。
「あ~、そう言えば、勉強してないじゃん……?」




