山道……イヤ、予想外にも程が
何かこういう話しの方が筆が進むのは何故だろう?
日差しが強く降り注ぐ、人の足で踏み固められた道を――ヒュンヒュンと断続的に音を立てながら駆け抜ける人物が居た。無論、巫女装束に包まれた彼女である。
拠点としていた神社を離れて三日。彼女は野宿をしながら風の向くまま気の向くままに旅をしていた。
「――っと」
【縮地】による連続移動を一旦止めた彼女は、足に溜まった疲労を確認すると普通の歩行に切り替え歩き始める。
――元々彼女がやっていたゲーム『九十九妖異譚』において遠い場所への移動手段は、どれだけ遠くても基本は徒歩になる。『転移符』と言う道具も、造るための素材がレアなのでおいそれと使いはしない。危機に陥った時の緊急避難用とするのが基本である。
『馬』と言う手段も有るには有るが……実際に乗るとなると別問題である。VRゲームを舐めてはいけない。大抵の人間がお約束な末路を辿る。しかも購入には結構な費用が掛かるし生き物である以上、維持費も掛かる。その上、妖怪退治に行ったその先で殺されてしまったら目も当てられない。以上の理由から馬を使うプレイヤーも殆ど居ない。
――そうして、プレイヤー達が試行錯誤を重ねた結果生まれたのが『【縮地】による連続移動の連続移動』である。限界回数まで【縮地】を使用し、クールタイムを終えたらまた限界まで【縮地】。そうする事で長距離を飛躍的に移動する事が出来る。
当然最初は、一回の【縮地】の距離が短い為そんな長い距離は移動出来無い。しかし移動とスキル熟練度の上昇を一石二鳥で行えるこの方法は次第に広まり、すぐに定着化した……余談ではあるが、この【縮地】連続移動を行う際、何故かプレイヤーの皆は奥歯を噛み締めてから行うのであった。
そして今、彼女も【縮地】による連続移動によって道を突き進んでいた。クールタイムではなく筋肉疲労による適度な休憩を挟みながら。道程自体は順調である。順調ではあるが……
「……なあ、良い加減諦めろよ?」
「…………ハァ〜〜……ヒィ〜〜……い、嫌だ…………フゥ〜〜……」
……自分の後を付いてくる……もとい憑いてくる存在が居た。
パッと見、ただの子供としか見えないどこの村にも居そうな、着物を着た小僧――但し、感じるのは気配では無く妖気。真っ昼間にも拘わらず姿を現したのは紛れもない妖怪……なのだが、見るも絶え絶えと言った感じであるが。
息は絶え絶え、汗はダラダラ、足は疲労でブルブル。地面に四つん這いになって何とか呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す、いきなり瀕死状態なこの妖怪は――
「――あ、『後追い小僧』の……誇りに……ヒィ〜〜……かけて……」
――『後追い小僧』。読んで字の如し、ただ後を追い掛けるだけの戦闘力・危険度・脅威・その他諸共、一切合切皆無な妖怪である……ぶっちゃけ『すねこすり』と良い勝負かもしれない。
そんな『後追い小僧』が瀕死な状態に何故なっているかと言えば……無論、【縮地】連続移動中の彼女の後を追ってきたからに他ならない。【縮地】なんてもの持ってない『後追い小僧』がここまで追いかけてきた事は十分賞賛に値するのだが……
「……何でオレが弱い者虐め感、持たなきゃいけねーんだよ。理不尽じゃねーか、コレ?」
……彼女にしてみれば良い迷惑以外の何物でも無い。ハッキリ言って別の奴を狙えと心底思う。
「ハァ〜……もういい、勝手にしろ。オレも勝手に行く」
そうこうしている間に筋肉の疲労が抜けたので、再び【縮地】連続移動であっと言う間にその場から消える彼女。後に残された『後追い小僧』は何とか追いかけようとして――
「ま、負けるか……必ず――へぶっ?!」
――コケた。
そしてその原因である『すねこすり』は速やかに転がり去り……後には何とも言えない静寂だけが残った。
――――Now・Walking・Speedly――――
「――さて」
順調に爆走を続けてきた彼女は、進行方向にそびえる山を見上げていた。大きさはそれ程でもないが、たかが山・されど山、甘く見てはならない。現代ですら普通の山で遭難する人は居るのだ。しかも今、彼女が居るのは昔の時代。熊などの野生動物も居れば初日に出会った野盗なども居るだろうし、山ならではの『妖怪』も居る。昼であっても出るモノは出る。ぶっちゃけ、『九十九妖異譚』でも初心者プレイヤーは山に登るなと言われている。
(山岳信仰なんてモンが有る位だしな)
――山とは神が御座す場所――
――山とは死者が帰る場所――
――山とは……人にとって異界であると――
しかして、彼女は……
「行くか。オレには関係無ーし」
……アッサリと山へ向かう。迂回とかは考えない。道程が危険でも知ったこっちゃない。山岳信仰関係無い。敵が出るなら容赦しない。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【陽気・纏】」
まあ、それでも一応の準備を彼女はしておく。陰陽術で自分に防護膜を張っておいてから、いざゆかんと山へと立ち入って行く。
(さ〜て、人が出るか熊が出るか妖怪が出るか、どれが出っかな〜?…………そう言や熊って、肉厚有るから打撃に強いし腕力も強いし顎の力も強いから骨なんて軽く噛み砕けるらしいな……………………ん?)
歩きながら彼女はふと思った――あれ? 妖怪よか熊に遭遇した方がヤバイんじゃね?――と。
――――Now・Going――――
「……そう考えていた時期がオレにもあった…………まさかこの台詞、リアルに使う時が来るとは思ってなかったぜ……」
山を登って約一時間ほど経った頃。勾配もとても緩やかで木々の無い、エアポケットの様な開けた場所に出た所で……彼女は近くの木に、どこからか「反省!」と言う声が聞こえてきそうなポーズで寄りかかっていた。
理由は単純。この場所に来た直後に現れた妖怪達の所為である。現れたのは『ヒダル神』――山で飢えて死んだ者が成る、憑かれた者に空腹感・飢餓感を与え衰弱死させる妖怪。【纏】のお陰で取り憑かれずには済んでいる。済んでいるのだが……
「おねーちゃん。ごはんちょうだい?」
「ねー、ねー」
「おなか……すいたよ〜……」
「うー、うー」
「ごはん、わけて?」
「おねーちゃん、おねーちゃん」
(こりゃ無ーだろーがよっ?!! 確かに、飢えて死んだ者に年齢は関係無ーけどよ?! 何だって子供の『ヒダル神』ばっか居んだよ?!)
……取り憑かれない代わりに纏わりつかれている。二十人程の『ヒダル神(子供)』達が、【纏】の所為で触れられないので少し距離を取って彼女を取り囲み、おねだり攻撃をしていた。
(……………………っあああああぁーーーーっ!!!! そんな眼でオレを見るなーーーーっ!!!!)
ある意味、彼女がこの世界にやって来て以来、一番のダメージであろう。派手にガリガリガリと頭を掻き毟る姿が物語っている。
純真無垢な瞳が、おねだりするか弱い声が、弱々しく縋る動作が、ボロボロな着物が、痩せた身体が、否応無く昔を思い出させる。
「〜〜〜〜っ!! おいっ! この近くに川はあるか?!」
「?!……うん。あっち」
「良し! オマエ等、憑いてこい!」
それを聞くと同時、彼女が大股で歩き出す。ズンズンと歩いて行く彼女の後ろを、一瞬顔を見合わせるも『ヒダル神(子供)』達が憑いていく。
程なくして、やや大きめだが流れの穏やかな川に辿り着くと彼女は改めて『ヒダル神(子供)』達に声を掛ける。
「こっからこっち側は、大きめの石を集めてこい。こっち側は薪になる枝を集めてこい」
「「「「「えっ?」」」」」
「飯を食いたきゃ、速く行け」
「「「「「うん!!」」」」」
「…………ハァ〜〜……」
半数に別れて駆け出していった『ヒダル神(子供)』達を見送って彼女は、しょうがねーな、とばかりに溜め息を吐くと川のすぐ脇にしゃがみ込み、腰の『那由多の袋』から包丁・まな板・大きいザル・色々な食材を取り出すと、下拵えを始める。
皮を剥いたり芽を取ったりで、人参は半月切り、大根はいちょう切り、牛蒡は乱切り、長葱は斜め切り、じゃが芋は適当な大きさに切り、そして豚肉をぶつ切りにする。
――そして、ザルに調理された食材がこん盛りと積み上がった頃、『ヒダル神(子供)』達が戻って来た。
「良〜し。それじゃ――」
彼女の指示の元、集められた石を組んで即席の竈を造る。そして上に乗せるのは、やはり『那由多の袋』から取り出した馬鹿デカい鍋。人一人軽く入れる大きさの鍋が小袋から出てきた事に『ヒダル神(子供)』達が驚くが、構わず彼女は更に取り出したお椀を一人一人に渡し川の水を鍋に汲ませる。人海戦術にて、すぐに鍋が水で満たされると集めた薪をくべて一言――
「『急々如律令』――【火気・焼】」
――薪に火を点け『ヒダル神(子供)』達に火の番を頼むと、大根・人参・牛蒡・じゃが芋を鍋に入れて煮込む。
彼女がお玉で鍋を掻き混ぜていると、後ろから一言――
「――豆腐、要る?」
――振り返ればそこに居たのは、どこにでも居そうな一人の小僧。一瞬、『ヒダル神(子供)』かと思ったが、頭に被った笠と手に持ったお盆。そしてお盆に乗った豆腐から、その妖怪が何者かわかる。
「おっ! 『豆腐小僧』。オマエも食ってくか?」
うん、と頷く『豆腐小僧』から貰った豆腐をサイコロ大に切り、豚肉と共に沸騰した鍋に投入。更に醤油・味噌・味醂で味を整えると、後はアクを取りながらじっくりコトコト煮込む。
鈴なりになって鍋の中身を見る『ヒダル神(子供)』達と『豆腐小僧』。今にもヨダレを垂らさんとばかりのその表情に、彼女はアクを取りながら苦笑い。
――――Now・Cooking――――
「――んなもんか」
十分に野菜も柔らかくなった頃、彼女はちょっと味見をした後そう告げる。その言葉に皆の顔が輝くが、彼女が待ったを掛ける。
「先ずは……こっちがオマエの分」
「「「「「あ〜〜〜〜〜!!」」」」」
先に『豆腐小僧』に、別に取り出したお椀に装って渡す。何故か『豆腐小僧』のお椀だけ、『ヒダル神(子供)』達の持っている通常サイズとは違い丼物サイズな事に『ヒダル神(子供)』達からブーイングが上がる。
「大丈夫だ。オマエ等は残り全部食って良いから、ちょっと待ってろ……こっからは、実際上手くいくかはわからねーけど……臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【陽気・付与】」
『ヒダル神(子供)』達のブーイングを軽くあしらうと、鍋の中身に陰陽術を行使する……が、何も変化は起きない。皆が、ん? と首を傾げる中、彼女はお玉で順番に装っていく。
「「「「「いただきま〜す!!」」」」」
「はふっ! はふっ!」
「おいし〜〜っ!!」
「あちっ! んぐんぐ!」
「……あぐあぐ……はむはむ」
「〜〜っ! おかわり!!」
「ぼくも、ぼくも!!」
自分でおかわりを装って美味しそうに笑顔で食べ続ける『ヒダル神(子供)』達を、彼女は静かに見守る。
(…………ああ、成功か……【陽気・付与】)
そうして彼女が見守る中、『ヒダル神(子供)』達に変化が訪れる。その身体が徐々に薄くなっていく――浄化されていっている。
(本来、【陽気・付与】は武器に陽属性を付与する術なんだが……ゲーム内と違って現実世界なら、それ以外にも付与出来んじゃね? と思ったらビンゴだぜ)
そう考えている内に一人、また一人と消えていき、持っていたお椀が地面に落ちる音が順に鳴り響く。
「……ん?」
そして最後に残った『ヒダル神(子供)』が彼女に近づいて来ると――ギュッと腰に抱きついた。
「ありがと……おねーちゃん」
「?!――あっ……」
突然の抱擁に驚くのも束の間、その感触が消え去る……後に残ったのは、殆ど空っぽになった鍋に所々に落ちているお椀。そしてお椀と同じ数の、小さな『妖核』。何時の間にいなくなったのか、『豆腐小僧』も丼サイズのお椀を残して消えている。
「……後片付けぐらい、してから逝け」
川のせせらぎしか聞こえぬ静寂の中、ポツリと呟いた彼女の声は誰に聞こえる事も無く響いた。
「……あの人なら間違い無く、もっと上手くやっただろうな……オレにはこれが精一杯か…………にしても、羨ましいな。オレも――ん?」
『妖核』を回収し、鍋とお椀を川で洗おうとしていた彼女が、ふと近づいて来る妖気に気づく。そちらへと向き直ると同時に、茂みを掻き分けて出て来たのは――
「――や、やっと……追い付い……た、ぞ……」
……『後追い小僧』であった。しかし彼女を見つけた途端気が抜けたのか、地面に倒れて動かなくなる。
「……オマエ、偉ーよ」
ここまで追い掛けて来た、その執念やら底力やらに関心して思わず声の出る彼女であった。
「なあ、まだ一杯分残ってんだけど、食うか?」
「……それ、食ったら……ハァ、ハァ……『ヒダル神』、達の、様に……フゥ、フゥ……浄化、される、だろ……」
「……気づいてやがったか」
ご愛読有難うございました。
本日の解説。
――――『後追い小僧』――――
低級『妖怪』。
ただ後を追い掛けてくるだけの無害な『妖怪』。放っておくと勝手に消える。
ゲーム内でこいつに後を追い掛けられたプレイヤーが、ゲームを終えた後も背後からの物音に敏感に反応してしまう事は、『九十九妖異譚プレイヤー・有る有る話し』の上位に食い込んでいる。
――――『ヒダル神』――――
低級『妖怪』。
山で飢えて死んだ者が成る、憑かれた者に空腹感・飢餓感を与え衰弱死させる妖怪。基本複数で現れるので、低級『妖怪』とは言っても実質中級『妖怪』並の脅威を持つ。
ゲーム内では取り憑かれると徐々にHPが減っていくのは当たり前だが、取り憑いたプレイヤーが食材アイテムを持っていた場合、そっちも徐々に減らされる事から『食材バンディット』と呼ばれている。
――――『豆腐小僧』――――
低級『妖怪』且つ『中立妖怪』。
突然現れて豆腐をくれるだけの妖怪。誤って攻撃すると二度と貰えなくなる。
目は一つ目では無い。
――――【陽気・付与】――――
【陰陽術】の一つ。
武器に陽気属性を付ける術。
異世界では何か色んな物にも掛けられる様になっている。