迷い道……イヤ、別に良いけど
……風邪引いてた。
「――来た来た、来ましたよ♪」
日が地平線に落ちかけ、かなり暗くなった道の傍らに佇み一人ほくそ笑むモノ在り……ほくそ笑むとは言っても、口だけである。文字通りに。
佇んでいるのは眼も鼻も耳も顔の凹凸も無い、口だけのノッペリとした顔の妖怪――『のっぺらぼう』。暗〜い道で通りすがりの人間を驚かすだけの妖怪が、訪れた次の獲物を前に舌舐りしていた。
(準備よし!)
相手に背中を見せしゃがみ込み、顔が見えない様にする。後は相手が近づいて来るのを待つだけ。
「――おい」
「(来た!)はい……」
「こんなとこで何してんだ?」
「落し物を探しています」
「落し物? 何を探してんだ?」
「(くっくっく♪)はい、それは――」
内心でニヤニヤと笑いながら『のっぺらぼう』は、真後ろの哀れな獲物へ振り返り――
「――私の顔です!」
――そのノッペリした顔を相手の眼前に突き付けた。
次の瞬間――
「――ぎゃあああああああぁーーーーっ!!!!」
――木々に止まっていた鳥達が驚いて飛び立つ。野生の獣達が飛び上がって逃げる。冬眠中の熊どころか死人すら起き上がりそうな凄まじい悲鳴を辺りに木霊させ、脚を縺れさせながら一目散に逃げていった。
……『のっぺらぼう』が。
「……甘ーよ。んなワンパターン、【妖気感知】持ちには通用しねーよ」
そう言って、彼女は被っていたかなり強面なお面――『般若の面』を外して『那由多の袋』に仕舞う。
「もっとマシなのは出て来ないのか? 折角の『『辻神』さんの妖怪ロード』なのによ……」
頭を掻きながら呟く彼女は、かれこれ30分程この道をずっと歩き続けている。その理由は『辻神』の所為である。この妖怪に迷わされると、暫くの間目的地に着けないまま迷い続けるのである。しかも、迷ってる間は妖怪とのエンカウント率が上がり一種のモンスターハウス状態になる。通常ならば不運と思うであろうが彼女にとっては幸運……なのだが、ここまでに遭遇したのが『旧鼠』に『屍人憑き』、そして『のっぺらぼう』とザコばかりなので、良い加減彼女もイヤになってくる。
「……ホント、オレのリアルラック値って低いな……」
ヤレヤレと深い溜め息を吐く彼女。何時もながらの気怠さオーラを発散しているそんな後ろ姿へ――何かが飛び掛って来る。
後ろから無防備な首筋に喰らいつこうと、気配も音も無く空を滑空し彼女の元へ――
「――だから、甘ーっての」
――後一歩の所で、何時の間にか手に持っていた包丁で振り向き様に下から突き上げる様に胴体を串刺しにされた。頬に掛かる返り血を気にもせず、彼女は目の前でキィキィと悶え苦しむムササビの様な妖怪――『野衾』を見やる。
「不意を突くのは良いけどよ。真後ろからなんて逆にわかり易いぜ?……中途半端に知能なんて持つもんじゃ無ーな」
フン、と力任せに包丁を振り抜き突き刺さっていた『野衾』を払い落とす。暫くピクピクと動いていたが、すぐに霧散し『妖核』を残して消える。そして『妖核』を回収すると、彼女は再び歩き始める。
――――Now・Going――――
(…………)
更に一時間。相変わらずザコばかりを蹴散らしつつ彼女は歩き続けていた……相変わらずのダルダルさで。ただ、その歩みはシッカリとしている。
(……迷い迷って迷い道か…………何時になったらたどり着けるのか……)
――通常、人が道を進む時、戸惑ったり躊躇ったりはしない。もし、したとしたらそれは目的地がわからないからである。目的地がハッキリとわかっているのならば、その歩みに迷いは無い。何せ、ただそこに向かって歩き続ければ良いのだから。
……では、目的地がわからないのにも拘わらず、迷い無く歩む者が居たとしたらソイツはどんな奴であろうか?
(ま、時には迷うのも悪くは無ーけどな…………迷ってる間は、たどり着く事しか考えずに済むからな)
既に暗くなり星が瞬く夜空を見上げながら彼女は歩き続け――異臭に気づき一旦立ち止まる。酷い臭いに片手で鼻を摘みながら、慎重な歩みに切り替え進むと開けた場所へと出た。学校の校庭程の広さの、土が剥き出しの地面を木々が囲った自然のリング。月明かりに照らされた、そのリング内に干枯らびた死体がそこかしこに転がっていた。
「(ボスステージ到着ってか?)『急々如律令』――【火気・燎原】」
告げると同時、広場内を炎が蹂躙し死体が呑まれる。元々干枯らびていたのもあって、すぐに燃え尽きて灰になる。異臭の元が消えた事で鼻を摘んでいた手を離した彼女は、何時もの手甲を身に付けて炎の海の中ただ一点を見つめている――【妖気感知】が反応している一点を。
「……へぇ」
暫しの後に、轟音と共に邪魔な木々を薙ぎ倒して現れたのは……これも木であった。大人が三人手を繋いで輪っかを造ったぐらいの太さの幹。高さは7メートル程の瑞々しい枝を持った木が、根っこを触手の様に動かしこちらへ近づいて来ている。
「『樹木子』か……ここに在った死体はコイツの所為か」
『樹木子』――人の血を大量に吸って妖怪と化した木。通りかかった人を捕まえ、枝々を管のように操って人の血を吸う吸血妖怪。そんな樹木を前にして彼女は……
「初めまして……そしてサヨナラ! 臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【火気・業】!」
……出会い頭に一発。容赦も躊躇も無い一撃をいきなりブチ込む彼女。一瞬にして炎の柱の中に消えた『樹木子』を、彼女はツマらなそうな眼で見て――
「――あん?」
――いる内に気づく。『樹木子』の動きが止まらない。それどころか、確実に自分に向けて移動してきている。炎に巻かれているにも拘わらず何の支障も無いかの様に。
「うおわっ?!」
訝しんでいられたのも束の間、未だ炎に巻かれたままの枝が鞭の様にしなり、彼女目掛けて横薙ぎに振るわれる。咄嗟にしゃがみ後ろに距離を取るが、『樹木子』は変わらず、炎を物ともせずに枝を振り回し迫り来る。
「……何でコイツ燃えねーんだよっ?! いくら妖怪だっつっても、木だろ?! 何で?!」
『樹木子』を中心に円を描く様に走りながら振り回される枝を躱し続ける彼女。自分の術の所為とは言え、燃える枝の直撃なんぞ喰らったら痛いだけでは済む筈がない。
――彼女は知らぬ事だが、『樹木子』は人の血を吸った木が成る妖怪……裏を返せば、人の血を吸えばどんな木でも『樹木子』に成る。例え松でも杉でも梅でも。
そして、今彼女の前に居る『樹木子』は何の木から成ったかと言えば――ナナカマド。七回、竈に入れても燃えない程、火に強い木。故に火は通じない。
「ふんっ! まあ良いさ。ハンデには丁度良いな。Shall We Dance――だらぁっ!!」
どこか嬉しそうに、迫る枝を咄嗟に取り出した物で力任せにぶった斬る。斬り落とされた枝が勢いのまま飛んでいくのを横目に捉え、彼女と『樹木子』が共に距離を取る。
「何だ? 木のくせに痛み感じるのか? 大した事無ーな」
右手に持った物を突き付けながら彼女は言う。何時もの愛用の包丁では無く、それよりも二回りは大きい無骨な造りの刃物――鉈。
耳も無いのに彼女の言葉が聞こえているのか、『樹木子』が更に勢い良く枝を振り回しながら迫って来る。しかも振り回されている枝の太さも、若干太くなっている。
「あっ、やべっ」
頭上から振り落ろされた枝を横っ跳びでエスケープ。続く連撃を【縮地】で避難。地面から飛び出した根っこの奇襲はバク転で回避。あの太さじゃ鉈でも無理だな、と思いながら次から次へと続く連撃を躱しているが、徐々に彼女の息が上がってくる。
(距離を取りてーけど、枝はともかく根っこがウザい。どうすっか……お?)
『樹木子』が一際大きく枝を振りかぶる。明らかに取られた薙ぎ払いの予備動作に彼女は――
「(跳べば無防備な宙に居る時を狙われる! なら……)『急々如律令』――【陽気・纏】!」
――鉈を仕舞い自分に防護膜を張ると、その場でワザと攻撃を受けた。
胸の前でクロスした両腕で受けると同時に、自分から後ろに跳んで威力を殺しつつ大きく距離を取る。クルンと空中で一回転した後、地面をズザザザーと滑りながら無事着地。防護膜アンド手甲装備でも若干痺れが残った両腕をブラブラしつつ、稼げた『樹木子』との約10メートル程の距離にほくそ笑む。
次いで取り出したのは何時ぞやネカマよりくすねた刀。それを地面に突き立てると印を結ぶ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【金気・鋭】」
刀の刀身が淡い光に包まれる。それを確認すると彼女は刀を両手で持ち、右腰だめに構え――走り出した。しかも【縮地】による連続移動での接近。断続的な残像を残し移動する彼女を、『樹木子』は迎撃も防御も間に合わず懐に入るのを許してしまう。
「――っらああああぁっ!!!!」
振るわれる真一文字の斬撃は、ただの斬撃では無い。この世界に来た時に得た知識・経験の中で、今迄に使われる事の無かったモノで威力を増している。
――斬撃系ブーストスキル【斬鉄】――踏み込んだ下半身からの力を全身をくまなく使い、余す事無くその一太刀へと乗せる。大気を切り裂く刃は吸い込まれる様に『樹木子』の太い幹を斬り裂いて――
「――あっ……とっとっとっ」
――いる途中で折れた。パキっと良い音を立てて根元から。思わずバランスを崩した彼女が、たたらを踏んで何とか立て直し、手に残った刀身の無い刀を見て一言。
「……やっぱ『数打』じゃダメだな。せめて『業物』じゃねーと」
言って刀を投げ捨てる。ヤレヤレと言った態度を取る彼女に……『樹木子』の攻撃が再開する。
「おおおおおおっ?!」
明らかに苛烈になった枝の鞭。もし『樹木子』に口が有ったなら「舐めとんのか、コラァッ!!」とでも言っていたに違いない猛攻から逃げつつ、彼女は幹の半分まで食い込んでいる折れた刀身を見る。
(半分までは斬れてる。なら後半分は……力尽く!)
大きく回り込んだ彼女は再び【縮地】で懐に入ると、拳を思い切り振りかぶり右ストレートを叩き込む。ドンッ、と言う重い音が響くも、表面の樹皮が少し剥げる程度で『樹木子』は意に返さない。
「しっ!――らあっ!!」
再び距離を取り、隙を伺っては【縮地】で懐に入り殴る。躱しては殴る。彼女はただそれを繰り返し続ける。良い加減にしろ、とばかりの『樹木子』の一撃をギリギリで躱し、再びの拳の一撃……しかし、『樹木子』には何の変わりもない。むしろ、打ってこいや! とばかりの堂々とした態度。
「やっぱ、コレじゃ無理か……」
【縮地】の連続で大きく距離を取った彼女は両手をプラプラさせながら呟くと、『那由多の袋』に手を突っ込む。そして彼女が『那由多の袋』から取り出したのは巨大な木のハンマー――大木槌。両手でしっかりと肩に担ぐ彼女に……『樹木子』は逃げる様に後退る。それを見て彼女の笑みが深くなる。
「何だ? 木のくせに恐怖を感じるのか? いっちょ前によ」
そして彼女は力強く握り締めた後、大木槌を思い切り振るい――
「うおおおおおお――りゃあっ!!」
――両手に持ったソレをハンマー投げの様にブンブン振り回し、力の限り【投擲】した。
唸りを上げて飛来するソレを前にして、『樹木子』は枝や根っこを盾代わりに防ごうとするも……全てが弾き飛ばされ、大木槌は『樹木子』にめり込んだ。
「…………」
暫しの沈黙。ドスンと地に落ちる大木槌……そしてビキビキッと言う音に続いて、地響き立てて倒れる『樹木子』の上半分。
枝や根っこが暫くの間のたうち回るが、直に力を失い動きを止める。そして『樹木子』自身も黒い霧となって消える。後にはガチャポンサイズの『妖核』が残る。
それを見届けると、彼女はそのまま地面に大の字になって寝っ転がる。
「あ~~、結局この程度か……っと、忘れてた」
先程の鉈を取り出すと、寝っ転がった姿勢のまま彼女はブン投げる。当てずっぽうに投げられた様に見えたソレは――しっかりと一体の妖怪を捉え黒い霧へと変えた。
「オマエの事をな。『辻神』」
対象に命中したのを確認すると、彼女は寝っ転がったままニヤリと笑った。
ご愛読有難うございました。
本日の解説。
――――『のっぺらぼう』――――
低級『妖怪』。
暗い夜道で人を驚かすだけの妖怪。
【妖気感知】を持ってるとバレバレな為、コイツに驚かされたプレイヤーは皆無。むしろその前にコイツが殺られる。
――――『般若の面』――――
装備品。
装備すると低級『妖怪』に一定確率で【威圧】の効果発動。
細部に渡って細かく造り込まれているので、近くで見るとかなり怖い。
――――『辻神』――――
低級『妖怪』。不定形な妖怪。
道を歩いていると突然迷わされ、防ぐ方法は無いので一定時間迷い続けねばならない。
迷っている間は妖怪とのエンカウント率が上がり一種のモンスターハウス状態になるので付いた名が『『辻神』さんの妖怪ロード』。
……某PCゲームと似ている名だが関係は全く無い。無いったら無い。
――――『野衾』――――
低級『妖怪』。ムササビの様な姿をした妖怪。
木から木へ飛び移りコチラへ襲って来るが、動きが単調な為、慣れると簡単に対処出来る。
――――『樹木子』――――
中級『妖怪』。
人の血を大量に吸って妖怪と化した樹木。通りかかった人を捕まえ、枝々を管のように操って人の血を吸う吸血妖怪。
松・桐・梅・杉・檜・柏など樹木の数だけ色々な『樹木子』が存在するが、樹木なので総じて火に弱い。但し、唯一ナナカマドの『樹木子』だけ例外で火に耐性を持つ。
……余談だが、花粉症のプレイヤーが杉の『樹木子』に遭うと、戦闘力が上がる……らしい。、
――――【金気・鋭】――――
【陰陽術】の一つ。
金属武器の鋭さを上げて切れ味を増す術。
――――【斬鉄】――――
斬撃系のブーストスキル。
斬撃の威力を上げ、一定確率で武器破壊の効果も持つ。クールタイムが存在しない代わりに、一回の戦闘中に使う度に筋肉酷使の影響でHPが減っていき、使う度に減る度合いも大きくなる。
一回目ならMHPの10%・二回目ならMHPの30%と言った具合に。




