第5話:【WBS】必殺技は、まだ放たれない
「……日本語なら、すぐわかるやん」
今日の会議で放たれた横文字構文の検索を終えた凛は、深いため息とともに呟いた。
アジェンダは議題。
ブレストは意見出し。
アクションプランは実行計画。
意味がわかれば何のことはない。
要するに佐藤は、凛が地道にSNSで集めたアンケート結果を「自分たちの手柄」として本部に報告するために、小難しい書類にまとめろと言っただけなのだ。
「佐倉さん、今の日本語訳、もう一回教えてくれないか。……私のノート、後半が『必殺技』の出し方のコマンド入力表みたいになってるんだ」
榎木が情けない声を出す。
彼のノートには『りそーす(材料)』『そりゅーしょん(解決)』と、凛の教えを必死にメモした跡があるが、最後は『あくしょんぷらん(必殺技?)』で止まっている。
「榎木さん、必殺技じゃないです。ただの『いつ、誰が、何を、いくらでやるか』の表のことらしいです」
「なんだ……。それならいつもの予定表じゃないか。驚かせおって」
一度離席した佐藤が一人、会議室の外でコーヒーを手に息をついていた。
(……二人がやってることは間違ってないし、方向性はいい。けれど、それを『やってる感』を出してアピールしなきゃ、この会社じゃ評価にならないんだよな)
そこが二人の甘さだ、と佐藤は思う。
今までは二人で「オッケー、てへぺろ」で済み、社長に「どうですか?」と聞く最速ステップで終わっていた。
だが、これからはそうはいかない。
何十人ものハンコをスタンプラリーのように集める「承認の旅」が待っているのだ。
(はぁ、……さて、もう一押ししておくか。これ以上やると嫌われそうだけど……でもこの企業構文如きに潰れてほしくない)
佐藤は再び表情を「デキる男」に切り替え、会議室のドアを勢いよく開けた。
「お二人、まだ残ってましたね。ちょうどよかった」
佐藤は手元のPCを操作しながら、石化が解けかけた二人へ息つく暇もなく「追い打ち」をかけてきた。
「さっきの実行計画ですが、本部の意向で『WBS』を詳細に引くことになりました。あと、デジタルギフトの経費申請は、親会社の『ワークフロー』を通さないとダメ。あ、今回獲得する顧客の『LTV』予測もセットで、来週中に『ドラフト』送ってほしそうです」
凛の「日本語翻訳機能」が、再びパンクした。
「……さ、佐藤先輩。悪いんですけど、今の、日本語で言ってもらえませんか?」
「ドラフト……? ドラフト会議? つまり、私がこの企画の第1位指名選手として、本部のマウンドに発つって事か!?」
野球好きのおじさんはソコにだけ激しく食い付き、素っ頓狂な事を言い出す。
「え? 全部日本語だったつもりだけど」
佐藤は不思議そうに小首を傾げ、高い腕時計をちらりと見た。
「あ、次のミーティング始まるから、後はよろしくね!」
風のように去っていく佐藤。
残されたのは、再び完全に石化した二人。
「……佐倉さん。今の、日本語だったかね?」
「……いえ。たぶん、呪文の第二形態です。……アレルギーが出そうです……」
凛はふらふらと自分の席に戻り、再び検索を開始した。
『WBS 意味』
『LTV 意味』
出てきた結果を、凛は絶望とともに読み上げる。
「榎木さん……。WBSは『作業分解構造』。……LTVは『顧客生涯価値』だそうです」
「……さぎょう、ぶんかい? ……こきゃく、しょうがい?」
日本語に直しても、二人の頭の上には巨大な「?」が浮かぶだけだった。
「榎木さん、どうやら『いつもの予定表』じゃダメみたいです。作業を粉々に分解して、そのお客さんが一生のうちにいくらお金を落としてくれるかまで計算しろってことですよ」
「一生!? 私は明日、自分が会社に来れているかも怪しいというのに、お客さんの寿命を勝手に予測するの……?そんな会社やだよぉ、嫌われるよぉ」
大企業の洗礼は、意味がわかれば解決するというほど甘いものではなかった。
凛たちのデスクには、宿題という名の五月雨が、容赦なく降り注いでいた。




