第38話 :【完全包囲】名探偵佐藤の最終裏取り
子会社化してから、新たな福利厚生の一環として『親睦会』が発足した。
その第一弾としての交流旅行企画。
だが、その実態は「親会社からの出向組」である僕と高橋への、丸投げ業務に他ならなかった。
PCの画面越しに、支店や営業所の幹事たちのアイコンが並んでいる。
だが、発言者は僕と高橋、そして時折ヨーグルトを啜る音を立てる榎木さんだけだった。
「……というわけで、旅程のドラフト案は5つ。各拠点の代表者は、参加者の取りまとめをお願いします」
僕がスマートに(殺意を込めて)説明を終えても、返ってくるのは「……」「……」という、通信障害を疑うほどの沈黙。
すると、営業所の幹事がスピーカー越しに、無責任な声を放った。
『あー、佐藤くん。悪いけど、こっちも今、現場が立て込んでてさ。出向組の君たちなら本社の意向もわかってるだろうし、実務は丸投げ……いや、お任せしていいかな? “やり方”知ってるでしょ?』
高橋がヘッドセットを叩きつけるようにミュートにした。
「おい、佐藤。聞いたか? アイツら『丸投げ』って言いやがったぞ。ふざけんな、俺らだって通常業務あるっつーの! 出向組だからって何でも屋じゃねーぞ!」
「………わかりました。『こちら』で、集計から手配まで、すべて引き受けます。……ただし、当日の現地でのトラブル対応は、各拠点の責任者に一任します。よろしいですね?」
僕が冷徹な条件を突きつけると、画面の向こうの幹事たちは「はいはーい、よろしくー」と、さっさとログアウトしていった。
画面に映るのは、疲れ切った僕の顔と、隣で憤死しそうな高橋。
二人で小会議室に籠もり、押し付けられた「親睦」という名の負債を前に、溜息をつく。
(((……はぁ、面倒くさい。本部でも散々やらされて、二年の任期を終えてようやく解放されたと思ったのに。……またここにきて、この非効率な作業に従事させられるのか)))
数日後。
僕はアンケート結果をもとに、旅行会社に投げる前の5案を最終調整していた。
* 豊予・日帰り: 最も低コストで無難な選択。
* 半日BBQ: アウトドア好きの希望。
* 二泊三日・北海道: 榎木さんが「カニ」と呟いていた贅沢案。
* 二泊三日・韓国: 経理のお局様チームと高橋の欲望が合致。
* 二泊三日・福岡: 管理職チームのゴルフ接待用。
凛は幹事ではない。
当然、彼女は一般社員としてこの5つの選択肢からどこかを選ぶはずだ。
あんなに賑やかで、食べ物の話には目がなくて、僕の「8Kの解像度」がどうのと騒ぐような人間だ。
きっと「北海道のカニがいいですぅ!」か、あるいは「福岡で豚骨ラーメン食べます!」とでも回答してくるだろうと、僕は無意識のうちに予測していた。
……が、アンケート結果のシートをスクロールしていた僕の指が、ピタリと止まった。
「……あれ?」
佐倉凛の行。
5つのプランのどれにもチェックが入っていない。
備考欄に記されていたのは、簡潔すぎる一言だった。
【不参加】
「…………」
なぜだ。
自由参加。そう、行かなくてもいい。
だが、彼女は……。
(((こういうイベントには真っ先に飛びつくはずだろう?……なぜ、不参加なんだ?)))
アンケート結果を見つめたまま、「正解のないループ」に陥った。
(本人に「なぜ行かないのか」と問うのは、自由参加と言う選択肢があるせいであまりにも不自然だ)
けれど、画面の「不参加」という二文字が、僕の胸の内に消えないモヤモヤを刻みつけていた。
アンケート結果の「不参加」の文字が、網膜に焼き付いて離れない。
僕はたまらず、隣の席でヨーグルトを完食したばかりの榎木幹事に声をかけた。
「……榎木さん。親睦会、北海道ですか? てっきり福岡ゴルフかと思いました」
努めて事務的に、あくまで「幹事としての確認」を装う。
榎木さんは「んぉ?」と気の抜けた声を出し、空のカップを見つめた。
「あぁ、北海道だねぇ。でも、福岡も捨てがたかったんだけど……ほら、佐倉さんが『カニ美味しいですよねぇ』ってキラキラした目で言ってたからさ。もうカニの口になっちゃって」
(((……やはり。彼女はカニを、北海道を望んでいた!)))
榎木さんの証言により、僕の仮説は補強された。
凛は北海道に行きたがっていた。それなのに、提出されたデータは「不参加」。
――明らかな矛盾だ。
「……そうですか。ですが、肝心の佐倉さんは『不参加』で提出していますが。何か聞いていますか?」
「さぁ?旅行とかワイワイしたの好きそうなのにねぇ」
僕は次に、一階の営業所フロアへと向かった。
二階のフロアとは違い、電話と外回りの人間が入り乱れる喧騒の中、ターゲットを見つける。
凛と同期の、立花さん。
彼女もまた、他拠点の無責任な幹事たちから「丸投げ」を食らっている被害者の一人だ。
「……立花さん。少し、いいですか」
僕が声をかけると、立花さんは「うわっ、佐藤だ……!」と、地獄の外部監査員でも現れたかのような顔で身構えた。
「な、なんですか? 私、韓国プランのアンケート、もうまとめましたよ! ほら、営業所の女子は全員『韓国コスメと屋台食べ歩き』で即決です!」
「……それは重畳です。いや、今日は別の確認に。……アンケートの『未提出者』へのフォローをお願いしたくて(わざわざ階段を駆け下りてきた)」
僕は努めて冷静に、手に持ったタブレットの未回答者リストを見せる。
「ついでに聞きたいんですけど。……同期の佐倉さんは、何か言ってなかったですか?今回の親睦会について、不満や……あるいは、別の予定があるとか」
立花さんは、ポカンと口を開けた。
「え? 凛が? ……あー、一昨日お昼食べた時は、『北海道のカニ、夢に出るほど楽しみ!』って言ってましたけど。」
「…………」
立花さんの証言により、更に謎が深まる。
カニを夢に見るほど熱望している人間が、なぜ「不参加」という自己矛盾した選択を提出するのか。
僕は次に、支店の外にある配送員の詰め所へと向かった。
そこには、ちょうど配送から戻り、トラックの荷台を整理しているベテラン配送員の森さんがいた。
森さんは、よく凛におやつを買ってきてくれる、いわば彼女を「餌付け」している人物だ。
彼女の食欲に関する情報精度は、社内の誰よりも高いはずだ。
「あ、佐藤くん。どうした、そんな険しい顔して。あ、これ佐倉さんに渡してくれる?ちょうど屋台でてて、たこ焼き」
「……お疲れ様です。分かりました、渡しておきます。森さん。……少しお聞きしたいのですが。佐倉さん、親睦会の旅行について何か言っていませんでしたか」
「 言ってたも何も、昨日なんか『森さん、カニを剥く練習しといてくださいね!』って、エア・カニ剥きを披露してくれたぞ。俺も北海道に一票入れたしな。楽しみだよ」
(((……やはり。カニだ。カニの口どころか、彼女の思考回路はすでに北海道へ上陸している)))
三者証言から導き出される結論は唯一つ。
佐倉凛は「行きたい」と言いながら「行かない」と書いた。
この明らかな「エラー」を放置したまま、確定させるわけにはいかない。




