第九話:紅玉(ルビー)の誓い
1.傷だらけの来訪者
公爵邸の玄関ホール。 ロザリンドは、信じられない思いで階段を降りた。
そこで彼女を待っていたのは、左肩から胸にかけて包帯を巻き、少し顔色は青白いものの、自らの足でしっかりと立つルーファスだった。 後ろには、やれやれといった顔の付き添いできたアレクセイもいる。
「ル……ルーファス殿下……!」
ロザリンドの声を聞くと、ルーファスは、真っ直ぐに彼女の元へ歩み寄った。
「ロザリンド。……なぜ、見舞いに来ないんだ?」
その声は少し掠れていたが、力強かった。 ロザリンドはその場に跪き、頭を下げた。
「……合わせる顔が、ございません。わたくしは貴方様を騙し、あまつさえ私の不手際で、貴方様のお体に傷を……」
「顔を上げてくれ」
ルーファスもまた、痛む体を折って彼女の前に跪き、視線を合わせた。
「僕の方こそ、君を守り切れず、申し訳なかった。……僕の技量が未熟なせいで、君に剣を握らせてしまうことになった」
「そんな、違います! 悪いのは私です! 私が最初から本性を明かしていれば……っ」
俯いて頭を振るロザリンドの目から涙が溢れ、床に落ちた。
「いいや。……君がいてくれたおかげで助かった。君の応急処置が完璧だったと、医務官から聞いた。僕の身体が大丈夫なのは、君のおかげだ。ありがとう」
ルーファスは、そっと彼女の涙を拭った。
「王宮からの知らせを待っていたのだろう? ……安心してくれ。僕は君と婚約破棄するつもりは微塵もない」
2.最強の「可愛い」と、ジェムエンゲージ
「え……?」
ロザリンドは涙に濡れた目を見開き、彼を見上げた。
「で、でも、ご覧になったでしょう? あの野蛮な姿を! ドレスをまくり上げて、男たちを倒すような女ですよ!?」
「ああ、見たとも」
ルーファスは、熱っぽいルビーの瞳を細めた。
「薄れゆく意識の中で、君が戦う姿を見た。……愛するものを守るために、なりふり構わず剣を振るう君は、凛々しくて、美しくて……そして誰よりも可愛かった」
「は……はい?」
ロザリンドの思考が停止した。今、なんと? 可愛いって、聞こえた気が?
「僕は君の可憐な外見に惚れた。だが、君という人を知るにつれて、その『真っ直ぐな強さ』と『ひたむきな魂』に触れて、どうしようもないほど好きになったんだ。……どうか、改めて言わせてくれ」
ルーファスは懐から、真紅の宝石が輝く指輪を取り出した。
「これは僕の魔力を削って作った、ルビーのジェムエンゲージだ」
公爵が「ヒッ」と息を呑む音が聞こえた。噂には聞いたことがあったが、それを目の前に見る機会があるとは思わなかった。しかも、娘に送られることに鳴るとは!
王族の命の一部とも言える魔石。その指輪を贈るということは、最大級の愛と執着の証明だった。
「このルビーの赤は、僕の情熱であり、君が僕のために流そうとしてくれた血と汗の色だ。……ロザリンド。僕の背中を預けられるのは、世界で君しかいない」
ルーファスは震える彼女の左手を取り、その指に、指輪をはめた。
「僕と共に、生きてくれ。……そして、たまには手合わせも頼みたい」
ロザリンドは、自分の指で輝く真紅の指輪を見つめ、そしてルーファスの誠実な瞳を見た。 彼女の中で、何かが吹っ切れた。もう、淑女の仮面はいらない。
彼女は涙を拭い、一人の騎士のような、潔い晴れやかな笑顔で頷いた。
「……はい! 謹んでお受けいたします、私の愛しい殿下! ……手合わせのご要望も、いつでもお相手いたしますわ! 手加減はいたしませんことよ!」
「フッ……望むところだ」
ともに笑顔になり、抱き合う二人を見て、後ろで控えていたアレクセイは「はいはい、ごちそうさま」と肩をすくめ、公爵夫妻は「よかった……本当によかった……」と、今度こそ嬉し涙で抱き合ったのだった。




