囚われし竜人の姫
俺たちはギルドマスターの部屋に入るとソファーに座るように促された。
部屋は20畳くらいある大部屋で、真正面に討伐した竜の剥製が飾ってある。他に、鍛える用のダンベルやらプレートアーマーやらが置いてある。
ちなみにソファーは高級な質でできていて、ふかふかだ。
ギルドマスターいいな。俺もなろうかな。
「これを君たちにお願いしたい」
と何気に思っているとロッドは一枚の依頼書を出した。
【緊急依頼:竜人の封印の調査】
依頼者:蒼空の谷《エル=ファルナ》族長
報酬:金貨150枚
危険度:Sランク
詳細:竜人族が何者かにより“深紅の鎖”で封印され、地下遺跡に囚われている模様。その調査。
「……“深紅の鎖”?ってなんだ?」
「これ、やばいやつだよ……」
ウィンリーが呆れたように唇を尖らせた。
「ウィンリー殿がおっしゃる通り、“深紅の鎖”は禁呪扱いされた秘術なのです」
「秘術?」
「はい」
ロッドが話してくれた内容を纏めると、“深紅の鎖”は王都でも禁呪扱いされた拘束の秘術みたいだ。
生きている者に絡みつき、意志も力も吸い取り、時間ごと凍らせる――“生きた檻”らしい。
「他のSランクの冒険者とかではダメなんですか?」
ロッドは気持ちを落ち着かせたいのか、葉巻に火をつける。
「ギルドも人材不足でして、Sランクというのは聞こえがいいが今日明日でSランクになる程人材はそれほどいないんです」
「でもなぜ、俺に?」
「この禁呪には料理人の力が必要なのです」
「料理人の力?」
「はい。料理の誠の力がこの呪いを解く事ができるのです。名誉料理人のミツボシ殿にどうかお願いしたいのです」
ロッドは頭を深々とさげ俺にお願いする。
俺はしばらく悩んだ。
「ミツビシ様、助けに行きましょう」
ウィンリーが言う。
「でも、この呪いを溶ける力が俺にあるかわからないぞ」
「ミツボシ様なら大丈夫ですよ」
ウィンリーの目は俺にはできると疑いのない真剣な目だった。
そこまで信頼されているのなら断る理由がないか。
「わかった。ロッドさん。その依頼引き受けます」
「あ、ありがとうございます」
ロッドは俺の承諾に涙を流し、手を握ってきた。
空に浮かぶ断崖絶壁と、霧をまとった空中回廊。
その谷の中心に姫君サリアが封印されているとか。
蒼空の谷へは、近隣の山岳地帯に“空へ続く風の柱”と呼ばれる現象があり、それに乗ればいけるみたいだ。
──というわけで、俺たちはギルドを出て、“蒼空の谷”へと向かった。
「――飛んでる、俺たち、飛んでるんですけどぉおお!!」
ウィンリーが半狂乱で叫んでいる。
俺たちは現在、“風の柱”の気流を捕まえ、エルリック特製の浮遊鍋舟《スカイポット号》で上昇中だ。
鍋を模した気球のような乗り物で、中央には実際に調理ができる炉が備え付けられている。
「……あれが、蒼空の谷……!」
そこには、大地が宙に浮かび、滝が空中から落ちているという異世界ならではの光景が広がっていた。
俺たちはポットを降り、谷の中央へと向かう。
特に何事もなく扉の前にまでやって来た。
近くで見れば益々、見事な装飾が施されている。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。
なんて書いてあるんだ?
ウィンリーやイリーナもわからないらしい。
俺が扉に手をかけて開こうとした途端、
バチィイ!
「うわっ!?」
扉から赤い放電が走り俺の手を弾き飛ばした。
直後に異変が起きた。
――オォォオオオオオオ!!
突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡った。
俺の前で、扉の両側に彫られていた二体の巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。
巨人の容貌はファンタジー常連のサイクロプスだ。
手にはどこから出したのか四メートルはありそうな大剣を持っている。
「私がやりますー」
ウィンリーが腕を回している。
「それじゃあ、グーでいきますね」
グシャ。
ウィンリーがサイクロプスの顔を殴ると、変な方向に顔が曲がる。次に体にも拳を入れると、体に窪みができる。
「ちょっとーーー! 私もやりたいですーーー!」
ジパパパパパパパパパパパパッ。
平手打ちの連打をサイクロプスの顔面に叩き込む、イリーナ。
動作が速すぎて彼女の右手が見えない。
サイクロプスはビクンビクンと痙攣したあと、前のめりに倒れ伏した。
巨体が倒れた衝撃が部屋全体を揺るがし、埃ほこりがもうもうと舞う。
二人でタコ殴りで、数十秒でのスピード決着だ。
おそらく、この扉を守るガーディアンとして封印か何かされていたのだろう。
――っていうかコイツ等……クソ強え。
扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっている。
冷たい空気が、遺跡の奥からじわりと這い上がってくる。
その奥に何か光るものが中央辺りから生えているのに気がついた。
「この少女が竜姫のサリアか?」
「そのようですわね」
深紅の鎖に絡め取られた竜人族の姫、サリアは、まるで氷像のように凍てついていた。
目はわずかに開かれていたが、その瞳に映るものはなく、感情の色も、意識の温もりも感じられない。
「このままじゃ、本当に……」
ウィンリーが、苦しげに呟く。
イリーナも無言で、魔術による鎖の強度を見極めていたが、やがてそっと首を振った。
「力ずくでは無理ですわ。これは、心の中から解かないとダメなタイプの封印みたいですわね……」
「となると、料理の出番ってわけか」
俺はアイテムボックスから、今朝採れた野菜――
“星雫トマト”と“宵草の葉”、そして“燻火石”で燻された香辛料を取り出した。
「マリアベルが集めてくれた食材……精霊たちが好む、命の気配が濃いものだ」
それは、竜人族のような長命種にも響く、癒しと覚醒の力を持つと言われている。
それをベースに、俺はスープを作ることにした。
俺はいつも通り万能圧力鍋を取り出し食材を入れる。
「ミツボシ様、この匂い……」
ウィンリーの声が、かすかに震えていた。
その香りに、封印の中央――サリアもまぶたが、ゆっくりと震えた。
これはただの野菜じゃない。
一つ一つに“希望”という名の想いを込めてある。
俺は出来たスープを皿に注いでいく。
野菜の甘みと、燻火香辛料の奥深い香りが混ざり、スープが琥珀色に輝き始めた。
俺はサリアの前へとそっと膝をつき、彼女の唇へと粥の一匙を運ぶ。
すると――。
「……母上……?」
サリアの唇がわずかに震え、次の瞬間、彼女の瞳がぱちりと開かれた。
その金色の瞳は、涙で潤みながら、確かに“今”を映していた。
「ここは……私は……?」
「ようやく目を覚ましたか、姫さん。もう大丈夫だ。あんたは、封印から解かれた」
俺がそう言うと、サリアの表情がゆっくりと崩れ――涙がぽろりと零れ落ちた。
「……夢を、見ていたの。母と一緒に、畑で穀を刈り取って……夜には、こうしてスープを食べて……あの味が、私の最後の記憶だった……」
彼女の声には、悲しみと安堵が入り混じっていた。
「じゃあ、今日からまた始めよう。過去の記憶じゃない、これからの味をさ」
俺の言葉にサリアは目を見開き、やがて小さく笑った。
「あなたが……作ってくれたの?」
「俺は料理人だからな。命を繋ぐ味を届けるのが仕事だ」
そのとき、彼女の体を束ねていた“深紅の鎖”が、音もなく砕け散った。
光の粒となって宙を舞い、封印の間を黄金に染めてく。
「あなたたちが、私を……この世界に引き戻してくれた」
「いや、俺たちは料理を作っただけだ。戻るかどうかは、あんたの意思だったんだよ」
俺の言葉に、サリアは微笑んだ。
「それより、なんでお前は封印されていたんだ?」
「……私、悪くない! 裏切られただけ!」
俺は頭をカリカリと掻きながら、竜姫に歩み寄る。
「裏切られたと言ったな? だがそれは、お前が封印された理由になっていない。その話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」
ハジメが戻って来たことに半ば呆然としている女の子。
ジッと、豊かだが薄汚れた金髪の間から除く紅眼で俺を見つ、女の子は封印された理由を語り始めた。
「私竜人、すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……皆……お前はもう必要ないって……おじ様、これからは自分が王だって……私……それでもよかった。でも、私、すごい力あるから危険だって。殺せないから……封印するって……それで、ここに……」
枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。
話を聞きながら俺は呻いた。
なんとまぁ波乱万丈な境遇か。
「お前、どっかの国の王族だったのか?」
「……(コクコク)」
「殺せないってなんだ?」
「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」
「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」
「これもだけど、魔力、直接操れる」
「なるほどな~」と俺は一人納得した。
「……たすけて……」
俺が一人で思索に耽ふけり一人で納得しているのをジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。
「……」
俺はジッと女の子を見た。女の子もジッと俺を見つめる。俺はガリガリと頭を掻き溜息を吐いた。
「……名前、なに?」
「サリア。あなたは?」
女の子が囁くような声で言う。
俺は答え、女の子にも聞き返した。
「ツキシマ・ミツボシだ。ミツボシでいい」
女の子は「ミツボシ、ミツボシ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。
「サリア、今日からよろしくな」
「うん」
女の子改めサリアは小さく頷きながら答えた。
「これ着とけ。いつまでも素っ裸じゃあなぁ」
「……」
そう言われて差し出された服を反射的に受け取りながら自分を見下ろすサリア。確かに、すっぽんぽんだった。
大事な所とか丸見えである。サリアは一瞬で真っ赤になり、上目遣いでポツリと呟いた。
「ミツボシのエッチ」
「……」
俺は何を言っても墓穴を掘りそうなのでノーコメントで通した。
そして竜人の姫君”が俺たちの仲間となった。




