247 道中
ガタゴトと車輪の音が響き、尻や内臓にダメージを与える。
馬車での旅は敵が多い。
野盗や魔物は当然だが、天候もだし、馬の機嫌もあるだろう。
だが、一番の敵は馬車の振動である。
しかも国境の街道ということで、申し訳程度にしか管理されていない。
他国からの侵攻を防ぐという意味合いがあるらしい。
まあ、どういうことかというと、草ぼうぼうな上に小石がゴロゴロな凸凹道ということ。
「うー……腰がいてぇ……」
「私はお尻が痛い……」
レオンさんとグレーテさんが泣き言を零している。
エレオノーレさんは早々に音を上げてジャックに抱っこされていた。
サスペンション?スプリング?ベアリング?なにそれ美味しいの?って言うレベルで、地面の凹凸がダイレクト衝撃なのがこちらの馬車。
座面も硬い木の板で、乗り心地なんて二の次、三の次。
沢山運べたらそれでヨシ。
そんな感じなのだ。
これは別に貸し馬車だからってわけじゃ無い。
この世界ではごくごく一般的なクオリティ。
こんな馬車で長距離を移動して仕事する旅商人や旅芸人などは本当にすごいと思う。
一応これでもスプリングと綿を使って極限までクッションを効かせた座布団を用意しているし、炬燵・改もあるから普通の旅よりはかなり快適なはずなんだけどね。
そもそもの振動を抑えなくてはどうにもならないよ。
タイヤにスライム外皮のノーパンクタイヤを取り付けれるだけでだいぶ違うと思うし、サスペンションを挟めばかなり楽になるはずだ。
改善方法はわかるのに借りた物なのでそこまでのカスタマイズは許されない。
やっぱり専用馬車欲しいなぁ……。
でもそうなると馬もいるし、馬丁もいる。
馬用の飼料も安定して必要になるからどこかの農場と契約しないといけないよね。
流石に俺が個人的に決められる範囲を超えている。
とりあえず今回の犯罪組織をやっつけてから改めて皆に相談してみよう。
うんうんと自己完結していたら小石を踏んだのか、ガツンッと尻に衝撃がくる。
「「「いってえぇっ!」」」
「「んぐっ!!」」
「「「きゃあぁっ!!!」」」
サスペンション効かせた馬車、マジで欲しい。
後でわかる範囲で設計図用意しとこ。
皆にヒールを掛けながら心の中で決意した。
早朝の澄んだ空気にほわりと口から白い息が吐き出された。
雪が降らなくなったとはいえ、まだまだまだまだとても寒い。
昨日立ち寄った村は村というよりも集落と呼んだ方が正しい気がする程小さな村だった。
村人全員が親戚と言っても過言では無いくらいの閉じた村で、宿などは無い為、俺たちは広場の隅を借りて一晩を明かした。
伸びをしながら辺りを見回すと、村から放射状に広がる麦畑は青々としていて、今年の豊作を窺わせる。
広場に組み立てられたいくつもの天幕の中央、三人の人影が見えた。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
「おはよう」
「はざす」
見張り立っていたレオンさんとグレーテさん、マックスが笑顔で挨拶を返してくれた。
この移動の道中、烈風のメンバーは個別に他のメンバーと合わせて見張りを行い、スキルアップを図っている。
見張りをしつつ、色々あった話を聞いたり、トレーニングしたりするのだ。
人数がいる為、二日に一度のペースで見張りをする形だが、目に見えるほどに効果が出ている。
三人と話しているうちに、ジャックとデイジーが起き出してきた。
今のメンバーは料理が不得手な人ばかりの為、俺とこの二人が朝食担当になっていた。
見張りがある時は一番最後で、見張りをしつつ作り置きや手の込んだ朝食を作る事にしている。
今日のメニューは棒に巻き付けて焚き火で焼くアラスカパンと具沢山の豆スープ、昨日狩った兎の魔物の肉を焼いた物。
スープはデイジーが、兎肉はジャックが担当する為、俺はパンを焼く。
とはいえ元々出来ているパン種を適量に分けて専用のパイプに巻き付けて焼くだけなんだけどね。
以前は木の枝を利用していたこのパンだけど、ドワーフ達とリヤカーを作った時に一緒に作ってもらったのだ。
金属の熱伝導率のおかげか、枝で作る時よりも早くふっくらと焼ける便利アイテムである。
表面を焦がさぬように時折くるりくるりと回しながら、ほんの少し残したパン種を混ぜて新しいパン種を作る。
某漫画で手のひらの温度が高いと美味しくなるとか、発酵が早くなるとか言ってた気がするので魔法で手の周りを温めつつ捏ねている。
理想的な状態になったら次の生地に入る。
「朝ごパン♪パンパパン♪」
有名なCMの曲を某パン漫画風にアレンジした鼻歌を歌いながらアラスカパンの焼け具合を調整する。
ちなみに作っていたパン種は全て一時発酵中だ。
辺りには小麦の焼ける甘く香ばしい香りが広がって、お腹がグゥと鳴る。
デイジーのスープも、ジャックのお肉も良い匂いを振り撒き始めている。
「いいにおい……」
匂いに釣られて誰かが起きてきたかと思ったが、近づいてきたのは村の子供達だった。
五、六歳くらいの男の子が背中に四、五歳くらいの女の子を張り付かせて、焼いているパンをじっと見ている。
二人の目はパンから離れず、口の端から涎を垂らして腹の虫を鳴かせていた。
そこでまた視線に気付き視線を向ければ、二人から少し離れた位置に他の子供達が様子を伺うようにこちを見ている。
しかもその奥には遠巻きに大人達もいて、それも一人や二人ではない。
村人全員いるのでは?というくらいに大人数だ。
え?見張りどうした?!と思って振り返れば、彼等に害意が無い為レオンさん達も止めるに止められないといった雰囲気で、困ったようにこちらを見ていた。
「ファッ?!」
「も、申し訳ない……っ!」
俺の声に父親らしき人が飛び出してきて一番近くに来ていた子供達の肩を捕まえる。
しかし、飛び出てきたその男性も焼き上がっていくパンに視線が釘付けだ。
辺りに漂う香ばしい香りに、大きく喉を鳴らす。
その村人達の騒めきに、他のメンバーも起き出してきて困惑している。
俺はとりあえずパンが焦げないように回転させて、彼等をじっと見返す。
俺の視線を受けて男性が意を決した表情で口を開いた。
「た、大変不躾で申し訳ないんだが……その……し、食料を……売っては、もらえないだろうか?」
「へ?」
言葉はかなり下手だが、目がマジである。
真剣な瞳が俺の顔とパンを行き来していて、よっぽど食べたいんだろうな、と頭の隅っこで考えた。
その後焼きたてパンと肉を【アイテムボックス】にしまい、改めて話を聞いた。
パンをしまった時に「あぁ〜」という残念そうな声が沢山上がったのには苦笑いしか出てこない。
勿論ヤンスさんは反対したが、お人好しなオーランドが話し合いの席を設けたのだ。
「ここはフェンフュラスト領の端に位置する農村です」
派手にお腹を鳴らしながら説明を始めた男性。
彼は村長の息子で、この村はアルスフィアットではなく、隣のフェンフュラスト領の領地らしい。
以前はアルスフィアットだったが、十数年前にフェンフュラストに管理が変わったそうだ。
詳しい事情は不明。
基本的に小さな村や町は「次から税は◯◯に支払うように」と言われればそれに従うだけとなる。
ただ、困ったことにアルスフィアットであれば税は麦畑から算出される六割だったものが、フェンフュラストでは九割なんだそうだ。
その上税の取り立てが厳しく、作れど作れど根こそぎ持って行かれてしまい、食糧に出来る麦はほとんどない。
残された小麦は、次回の種麦として使用する分くらいしかなく、当然村人の口には入らない。
「嘘の報告を上げるわけにもいかず、落穂を増やしたりはしているのですが、それでも満足な小麦を用意する事は出来ません」
彼等の食事は近くの森で採取した食材と、少ない農耕地で作成する芋・豆類、あとは村の財産である牛の乳で作られた乳製品などで、麦やパンは畑で作っているというのに食べられない、憧れの食材なのだそうだ。
近くの町で食材を購入しようにも、お金はここを通る旅商人に冬の手仕事や、麦藁を使用した雑貨を細々販売して手に入れる必要があり、それさえも足元を見て買い叩かれる始末。
そうしてなんとか手に入れた現金でわずかばかりの小麦粉を購入し、新年の祝いに皆で分け合って食べるんだとか。
「そ、そんな……っ!」
「あまりにも非道……」
オーランドとレオンさんが怒りを抑えるように自分の膝を拳で打つ。
というより、九割の税って違法なのでは?ちょっとあとでヒエロニムス様に質問しておこう。
親身になって話を聞く俺たちに遠巻きに見ていた大人達も子供達を連れてきて、取り巻いていく。
幾つもの懇願の視線に晒され、大変居た堪れない。
「おとうさん きょう ぱん たべられないの?」
「今デニスおじさんがパンの材料を買えないかお願いしてくれているからね」
悲しそうな子供の声が漏れ聞こえ、良心が痛む。
俺の【アイテムボックス】には冬の間に売れ残った大量の小麦が入っている。
その中の全粒粉などであれば安く沢山売る事に異論はない。
無いのだが、いかんせん提示されている額が少な過ぎるのだ。
俺としてはただで譲り渡したって良いのだけど、それはこの村の人の為にならないとすでに理解している。
相場というものは大事なのだ。
彼は、金は無いけれど俺たちが無遠慮にパンを焼いたせいで子供達に期待をさせてしまった。
せめて子供の分だけでもなんとか分けて欲しい。
お金は全然無いけどどうにか捻出するみたいな事をツラツラと並べ立てられる。
これは困った。
本当にとっても困る。
どうにか安く子供の分だけでも売ってくれ、と大勢に囲まれて懇願されるのはぶっちゃけ恐怖である。
突いたら割れそうな風船と同じだ。
しかもなんか微妙に手慣れている気がする。
気のせいだと思いたい。
小麦粉も全粒粉も売る程あるけど、彼等の持ち金から考えたら本当に微々たる量しか販売できない。
子供達に食べさせるパンさえも作れない程。
そうなったら絶対に暴動が起きる。
「だから聞くなって言ったろ?」
「んなこと言ったって……」
渋い顔になっているオーランドにヤンスさんが嫌そうな顔でぼそりと言った。
みんなでヒソヒソと話し合うが、提示された金額では圧倒的に足りず、かと言って良い案が出るわけでも無い。
提示される額に見合っただけの量を販売するべきか、今回だけ目を瞑って大安売りするか、と頭を悩ませていると、ジャックが何かを思いついたらしい。
「物々交換、どうだ?」
「それなら量を増やせるかもしれないな!」
良い案に諸手をあげて飛びついた。
そうして、彼等が冬の間にの作った木の蔓で作られた大小様々なカゴや木工細工、そして麦わら帽子と全粒粉と物々交換する事で事なきを得た。
奥の方で舌打ちしている大人が数名見えたけど、気のせい気のせい。
「同情を引いてただで小麦をもらう気満々だったな」
ヤンスさんが鼻で笑いながら言い捨てる。
せっかく見ないようにしてるのに台無しにしないで!
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
いいね、リアクション、ブックマーク、感想、評価
とても嬉しいです。
制作の励みにさせていただいています。
移動中の話はいっぱい書きたいけど、無意味で長くなってしまうので少しだけ。
クラーラ様の移動との格差を感じていただけたら楽しいかと思います。




