第十話
そういえばこの世界、魔術が使える世界だった。
登校中にユウと魔術の話もしたのに、すっかり忘れてた。
「離れろ。リューイヒ」
地を這うような低い声。
廊下に生徒が増えるのと比例して締め付けも強くなる。
「お前は昨日負傷したと聞いたが、得意の魔術でもう治してきたのか」
「……」
「その女子生徒から即刻離れろ。さもなければお前の腹を裂く」
アンドラあなた、どれほど嫌われてるの。
「ま、待ってくださいダルト様!アンドラさんは以前のような行いはしません!昨日もわたしを助けてくださいました!」
レイランちゃん…!
ユウも、レイランちゃんも、わたしを今のアンドラとして見てくれる。
それがわたしにとってどれほど救いか。
「お前、弱みでも握られてるのか」
けれど、ダルト様と呼ばれていた彼は、到底信じることは無理らしい。
レイランちゃんと彼が話している間、わたしは濃い茶色の中に赤みが所々混じった髪色に気を取られていた。
蘭として過ごしていた時、たくさん見た髪の色。
「弱みなんて握られてません!アンドラさんを離してあげてください…!」
レイランちゃんの声と締め付けの強まりで我に返った。
「っあの」
声を出すと、背筋が凍りそうになるほどの冷たい視線を向けられる。
「なんだ」
「その子から離れるので、これ解いてください」
かろうじて動かせる指先で体に巻き付く鎖を指さすと、彼は数秒考えた素振りを見せ、解放してくれた。
締め付けがなくなったお陰で一気に空気が入り込む。
「アンドラ・リューイヒ」
「はい」
「お前はこれまで多くの生徒を傷つけてきた。それを今更取り返そうとしても無駄であることを理解しろ」
集まっている生徒全員が頷いた気がした。
…ここまで大人数の憎悪を向けられたのは初めてだ。
ちょっと、辛い。
『憎い』
不意に流れ込んできた言葉にハッとする。
まるで、脳に直接投げられた気がした。
どこか投げやりな、覇気を感じない冷たい声。
…もしかしたら、この声がアンドラの声なのかもしれない。
ねえ、アンドラ。
あなたにそこまでの感情を抱かせたのは、なに?
「アンドラさん!」
レイランちゃんの声に顔をあげる。
廊下に集まっていた生徒たちは教室に戻ったようで、今廊下に出ているのはわたしとレイランちゃんだけだった。
「…ありがとう、レイランちゃん」
「…ううん。わたし、なにもできなくて…」
「そんなことない!あんなにたくさん庇ってくれて、今も話してくれて、本当にありがとう!」
にひーっと笑えば、レイランちゃんも少し安心したように笑ってくれる。
教室に入った後も視線は集まってきて、レイランちゃんは非常に居心地が悪そう。
「ねえ、レイランちゃん。もしあれだったらわたしの側じゃない方が、」
「わ、わたしは、今のアンドラさんと話したい!だから周りのことは気にしないよ!」
もう、大好き。
「それよりアンドラさん。さっき鎖使ってた方は、生徒会のサース・ダルト様。アルク様とは幼馴染みで、将来は王宮騎士になるだろうって言われてるほど強い方なの」
「そうなの!?すっごいね」
「うん。アンドラさんにもよく注意してて、怪我させられてたから今日は中々引かなかったのかも」
「…怪我って、アンドラがさせてたの?」
「…うん。アンドラさんは本当に魔術が上手だから…」
つまり、わたしがアンドラとして過ごせるくらい魔術を使えるようになったら、さっきみたいな場面でも少しはどうしたらいいか分かるようになるのかな。
だとしたら早くやらなきゃ。
「レイランちゃんって、物理魔術が得意ってお話ししてくれたよね!」
「え?う、うん、でもわたしのはそんな大したことないの」
「そんなことないよ!なんでも物体に変えられるなんてすごすぎる!」
身を乗り出して勢いよく伝えれば、レイランちゃんは照れ臭そうに頬を赤らめ、目を伏せた。
本当に、とっても可愛い。
アンドラとレイランちゃんは、少し似てる部分もある気がする。
自分に自信がないところとか、人の心情に敏感なところとか。
---…さっきの『憎い』という言葉は、とても悲壮感に満ちていた。
あの声がアンドラの声なのだとしたら、一体どんな気持ちで日々を過ごしていたんだろう。




