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燭蛾  作者: 美輪神 龍也
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第52話 百の眼を持つ巨人

週が明けた月曜日、市ヶ谷の防衛省本省で緊急会議が開催され、四菱重工のF36落札取り消し及び、次点のレイセオンインダストリーズの落札が決議された。


F36ライトニングの爆発の原因は不明だったが、四菱自動車のクレイオスに続く大事故で、四菱ブランドのイメージはF36の後を追うように地に堕ちた。


※※※


水曜日の夜遅く赤坂の料亭Aに、与党代議士森川の秘書林田、新道組の事務長大川、レイセオンの極東地区GMナタリー・フェルドマン、そして大阪府警OBの梶原が一堂に会していた。

大川と林田以外は初対面のため林田が面通しをし、お互いに挨拶を済ませた。


「レイセオンのF36落札に乾杯!」

「乾杯!」

「ありがとうございます。皆様のおかげです」

ユダヤ系アメリカ人のナタリーが流暢な日本語で返す。

「しかしミス・ナタリー、その若さでレイセオンの極東支社長とは、大変な才女ですな。まさに、才色兼備だ」

大川は、ねぶるような嫌らしい眼付きでナタリーのブロンドの髪から豊満な胸に眼を這わせる。

「事務長、ミス・ナタリーは、ハーバード大学でMBAを取得して、しかも首席で卒業です。舌を巻くほどの才女ですよ」

「いえ、私ごときはまだまだです。ぜひ皆様から色々と、ご教授いただきたいものです」

ナタリーが大川に向かいお辞儀をすると、スーツのブラウスの隙間から胸元が見え、大川は目の保養とばかりに一杯煽った。


「ところで大川事務長、お怪我の具合は大丈夫ですか?」

「林田さん、ご心配をお掛けしました。見ての通り心配はご無用です」


一週間前大川は、英二に完膚無きまでに叩きのめされたが、驚異的な回復力で会合に参加していた。後日柴崎から、英二がオレオレ詐欺を妨害した男だと聞き、大川は伊吹英二という名前を脳裏に刻み込んだ。


「しかしこれでいよいよ、IR事業に邁進出来ますな」

「ウチの先生も、事務長を始め皆さんには大変感謝申し上げております」

「事務長、大阪の新会社はいつから?」

「間も無く登記も完了するので、十月一日ですかな。先生とのコンサル契約も、その日付でお願いします」

「承知しました。梶原顧問も関西の組織の牽制、何卒よろしくお願いします」

「こちらこそ」


近い将来の莫大なIR利権に気を良くした四人は、深夜遅くまで、この先の算段を練った。


※※※


隆はその後もハッキングの証跡を揃えるため、四菱重工名古屋の情報システム部門と連携し、深掘分析を進めていた。

ファームウエアが書き換えられた証拠を揃え、四菱重工の汚名を拭うことが第一の目的だが、例えハッキングを証明出来たとしても、主犯がargusだと証明することは出来ない。

サイバー犯罪ほど攻撃者有利で、且つ完全犯罪が可能な方法は他に類を見ない。



昼前にホールディングスの田中奈々からランチの誘いがあり、隆はスカイラウンジに足を向けた。

「すみません横尾さん、お忙しいなか……」

ランチのパスタをつつく田中は、どこか元気が無い。

「–––– 田中さん何か悩みでも?」

「これ、見てください」

田中が手渡したスマホには、海外のニュースサイトが表示されている。

「田中さん、これは?」

「イギリスのタブロイド紙のサイトで、F36の爆発事故の特集ページです」


そこには、事故の原因究明の記事と共に、エアショーの観覧客が撮影した事故当日の写真が、多数掲載されている。

黒煙を吹きながら落下するF36や、落下物で外壁や窓が破壊されたホテルの写真など、臨場感のある写真だ。

「横尾さん、その下の写真、見てください」

隆が画面をスクロールすると、少し高い位置から逃げ惑う群衆を俯瞰で撮影した写真が表示された。恐怖が貼りついた形相で、散り散りに逃げる姿が生々しい。

「……うん、何と言っていいのか……」

「その、右上のあたり…そこをズームしてください」

隆は二本の指で画面を拡大し、顔を近づける。

「……あ!…田中さん、これ……」

「……はい……」

拡大した辺りに、逃げ惑う群衆とは明らかに異なる様子で、コートのポケットに手を入れ、背筋を伸ばし、真っ直ぐに上空を見上げる男が写っている。

「……これは………」

「……棚橋部長に、見えますよね……」

数百人が写っている写真のため、拡大しても画質が粗くなるだけで、それ以上の確認は無理だった。ただ、慌てて走って逃げる人々の中、一人だけ落ち着いた様子で空を見上げる男は、まるで、事故を予見していたようにも見える。

「横尾さん、どう思いますか…?」

「うーん……シルエットと言うか、佇まいは、棚橋部長に似てる…としか…。棚橋部長ファンの田中さんは、どう思う?」

「はい…わたしも、横尾さんと同じです……似てるなぁって……。退職した後、観に行ってたんですかね……?」

田中も何か引っかかっている様子だったが、それ以上のことは口にしなかった。



職場に戻った隆は、課長の岡田に確認する。

「課長、棚橋部長って、いつ頃中途入社してきたんですか?」

「なに急に?……たしか、去年の三月だったと思うけど」


隆はあらためて、四菱重工名古屋の通信ログを確認する。

「–––– 2017-4-27 T17:01:55…去年の四月二十七日……棚橋部長が入社して、およそ二か月後から、名古屋のパソコンが不正な通信を始めている……もしも、棚橋部長がargusだったとしたら………」

隆はargusに棚橋を当てはめて経緯を振り返り、ハッとした。


四菱重工名古屋の不正通信の件を、白金のカフェで棚橋に相談した日の夕方、突然argusを名乗る若者が警察に出頭した。

その結果、警察の捜査は収束し、四菱自動車もハッキングが証明されたことで安堵し、原因究明の手を緩めた。

そしてその翌朝、自分は新道組に拉致されて、殺されそうになった。

しかも、クレイオスの時は解析のヒントを丁寧に教えてくれた棚橋が、名古屋の不正通信については、後で連絡すると返したきり、その後返信がなかった。

クレイオスの時は、隆をクレイオスの事故解析に釘付けにし、他に目を向けさせないためにヒントを与えたと考えれば納得が行く。

そして、あの時点で名古屋の不正通信の件を知っていたのは、岡田課長と名古屋の情シス、それと、棚橋だけだ。

さらに、さっきのファンボローの会場の写真。

argusである棚橋が、自分の仕事の完遂を見届けるために現地に足を運んだと考えれば、すべて説明がつく。

そして、F36を落札したのは米国のレイセオンインダストリーズだ。

岡田によると、棚橋は海外でMBAを取得している。アメリカの何処かで棚橋とレイセオンに接点が有ったとするなら、棚橋はレイセオンがCSIRTの部長として送り込んだ、産業スパイ……。

情報セキュリティを統括するトップに産業スパイを紛れ込ませたとすれば、相当に巧妙だ。

そういえば、八重洲で棚橋と飲んだ時に、白人のビジネスマンが棚橋に話しかけていた。

本人は人違いだと否定していたが、アメリカ時代の顔見知りだった可能性はある……。


隆は自分の推理にしばらく呆然としたが、しかし、棚橋がargusだと証明する術は、何も無かった。


翌日の夜十時過ぎ、残業で遅くなった隆は豊洲駅から自宅のマンションに向かって歩いていた。

高層マンションが立ち並び住民が多い豊洲だが、夜は不思議と人影がまばらで、どこかひっそりとして寂しい雰囲気に包まれる。

隆が川沿いの道を歩いていると、背後から「キューン」とモーターの様な音が近づいて来た。

ドキッとして振り返ると、石畳みの上を遠くから、ラジコンカーがライトを光らせてガタガタと走り寄り、隆の前に出るとキュッとUターンし、足元で止まった。

ラジコンカーのフロントガラスとボディの隙間に、何やら名刺サイズのカードが挟んである。

隆は一二度周りを見回した後、膝を曲げてそーっと、そのカードを手に取る。


–––– Good job!argus ––––


カードにタイプしてあった。

隆は慌てて周囲を見回したが、周りに人の気配は無く、高層マンションの灯りが煌々と冷たい光を放つだけだ。


argus –––– 百の眼を持つ巨人 ––––

argusが何処かから、自分を監視しているかも知れない。そう思った隆は途端に寒気を覚え、身を硬くするとしばらくそのまま、その場に立ちすくんだ………。

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