第50話 Dyed red blue sapphire
九機のレッドアローズは綺麗な三角形を組みながら赤い機体を青空に輝かせ、観客の視界に現れた。高度は三千フィート、およそ千メートルだ。
僚機と二メートルの距離を保ちながら時速六百キロ近いスピードで上空を通過し、九本の赤い煙をたなびかせると、九機が突然扇型に四方に離散する。ビクセンブレイクという技だ。
どっと観客が湧く。
離散した各機は旋回すると再びフォーメーションを組み、僚機とすれすれの間隔を保ちながら、背面飛行や横回転を織り交ぜ地上の数万の目を釘付けにする。
次はいよいよF36との競演だ。レッドアローズのキャプテンは頭の中でシュミレーションを繰り返す。
まず、レッドアローズが三角形のフォーメーションで直進する後方から、百メートル上空を飛ぶF36が迫り、高度を維持したまま直進し、F36が三角形の頂点に達したタイミングでレッドアローズがビクセンブレイクで離散する演技プランだ。
レッドアローズの三百メートル上空を飛ぶキース・ジョンソンは、観客を湧かせるレッドアローズを追い越すとそのまま大きな円を描き、レッドアローズの遥か後ろにつけた。高度はレッドアローズの百メートル上空で、まだ観客の視界には映っていない。
一旦離散したレッドアローズも大きく横旋回しながら、再びピタリと三角形を組み直進する。
キースはレッドアローズの真後ろに位置付けながら微妙な速度調整を行い一定の距離を保つ。
ホテル屋上のアーロンの視界が、東側上空から
迫る赤い三角形を捉えた。
–––– いよいよF36の登場だ。––––
アーロンはぐいっと身を乗り出した。
レッドアローズの先頭を飛ぶキャプテンから、キースのインカムに声が響く。
「ハリケーン・キース、ゴー!」
キースがインパネに手を伸ばしアフターバーナーに点火する。
燃焼室とタービンを通過し、十分に酸素を残した高温の排気に燃料が噴射され、F36の出力が一気に五十パーセント上昇する。キースの身体がビタッとシートに張り付く。
そのとき、ガガガガ!という異音がし、キースの背中に嫌な振動が伝わる。厚い大気を裂いて急上昇するときは摩擦で起きる現象だが、今の状態では通常有り得ない。
機体内部ではエンジンの全ての制御を行うデジタル式電子制御器FADEC、YF-36が、書き換えられたプログラム通りに出力異常を起こしていた。
レイセオン社がargusに提供し、argusが四菱重工航空宇宙システム製作所に侵入し、ファームウエアのプログラムを書き換えたものだ。
F36の異常検知装置はこのエラーを検知せず、ヘッドアップディスプレイには機体の挙動とは異なるデータが表示されている。
キースはレバーやブレーキを操作するも、すでに機体はアンコントロールの状態にあった。
エンジンの出力が上がり続け、異常音と不規則な振動が激しくなる。左翼のエンジンが発煙しバチバチッと火花が飛び散る。
キースのレーダー上でF36がレッドアローズの編隊に追いつこうとしたその時、左翼のエンジンがボン!と爆発し左翼が遥か後方に吹っ飛ぶ。
F36はガクンと大きく左にローリングし、みるみる高度を下げるとぐるぐると横回転をしながら、レッドアローズの編隊目掛けて突っ込む。
「キース!」「ヘイ、キース!」
キャプテンと管制塔がインカムに呼びかけるも、身体の許容範囲を超える急減圧と横回転で失神したキースには届かない。
「ブレイク!」
レッドアローズが間一髪ビクセンブレイクで四方に離散すると、コンマ数秒後にF36が猛スピードでその軌跡に突っ込み黒煙を噴き上げながら地上に向け落下して来る。
数万人の観客は突如パニックになり、F36と反対方向に一斉に逃げ惑う。群衆が将棋倒しになり潰された人々の悲鳴が方々から上がる。
会場は一転して恐怖の坩堝と化した。
その悲鳴を無視するように燃料に引火したF36はドーンと轟音を発すると落下しながら機体が砕け散り、無数の破片が散弾銃の弾丸のように観客を直撃する。
ホテルの屋上で呆然と見ていたアーロンも、はっと我に返り必死の形相で屋上の入口に走るが焦って足がもつれたところに、ヒュンヒュンヒュンと風を切り裂き飛んで来た二メートルほどのアルミ板が無残にもその背中をざっくりと斬り裂いた。
一瞬で絶命し昏倒したアーロンのポケットから、サファイアブルーの婚約指輪のケースが転がり落ち、光沢のあるサテンの生地をアーロンの鮮血が赤紫色に染め上げた…………。




