第46話 虹
新大久保のマンションに掃除屋が着いたとき、英二と隆はすでに聖路加中央病院に向かうタクシーの中だった。雨足もいつのまにか弱まり、ワイパーがゆっくりと水滴を左右に払う。
車が新大久保から遠ざかり千駄ヶ谷の駅前を通過したころ、隆はようやく少し落ち着きを取り戻していた。
「隆君、大丈夫か?……」
「はい……英二さんこそ…」
大丈夫と英二がうなずく。
「……でも隆君がなぜ新道組に?なにか心当たりは?」
「……いえ、見当がつかないです……」
なぜ隆が狙われたのか二人には謎のままだった。理由がわからない限り、またいつ隆が狙われてもおかしくない。
英二は隆が変に怯えないよう黙っていたが、折りを見て警察に相談することも考えていた。
英二が何気なくスマホを開くと、病院から数件の着信があることに気付き、留守電を再生した。
メッセージを聴き終えるや、英二はがばっと隆に躰を向ける。
「隆君、香織が意識を戻した!」
「え?ほ、本当ですか!」
タクシーが聖路加中央病院に着くなり、二人は自分の怪我のことを忘れ、四階の病室に走る。
二人が病室に入ると、初江がまだ寝たままの香織の口元に耳を近づけてなにやら話していた。
「香織………」
香織がゆっくりと、二人に顔を向ける。
「お兄ちゃん……隆ちゃん……」
しばらく喉を使っていなかったせいか香織の声はか細くかすれている。
意識が戻った香織を目にした英二は入口の扉を開けたまま、信じられないといった面持ちで、つかの間じっと香織の姿を見つめた。
おもむろに香織に歩み寄った英二は、左手で香織の手を握りしめ、右手を香織の頭にやると、やさしく何度も撫でた。
「香織……おまえ、頑張ったな……よく……」
英二はそれ以上言葉をつなぐことが出来ず、下を向くとしばらく黙って肩を震わせた。
香織の涙が目尻から左右に伝い枕に吸い込まれる。
「……お兄ちゃん、また、お兄ちゃんが助けてくれたんだよ…」
英二は頷くのが精一杯で、言葉が出ない。
「隆ちゃん……ごめんね……わたしこんなになっちゃって……」
隆がベッドの脇に片膝をつき顔を近づける。
「なに言ってんだよ……香織が、香ちゃんが生きてるだけで、僕には十分だよ…」
「隆ちゃん……」
「香ちゃん、僕の……お嫁さんになってください」
香織が驚いて目を見開く。
英二も初江も驚き隆を見る。
「隆ちゃん…でもわたし……」
隆がぶるぶると顔を左右に振る。
「香ちゃん。一緒に生きて行こう」
うんうんとうなずく香織の瞳が涙で溢れる。
「はい……隆ちゃん……」
隆は身を乗り出してぎゅっと、香織を抱きしめた。
雨が上がり、すっきりと澄んだ夏らしい青さを取り戻した空には、大きな虹がかかっていた。
※※※
同じころ、ロンドン時間の朝七時、ファーンボロー国際航空ショーのゼネラルマネージャー、ベン・デイビスに、日本の四菱重工がF36ライトニングを落札したと連絡が入った。
ベンは航空ショーのスタッフに一斉メールで告げる。
展示ブースのチーフ、アーロン・ウィリアムズはメールを一読し、飛び上がらんばかりに喜んだ。
憧れのニホンのエンジンを積んだF36が、イギリスの空を駆け抜ける。
本棚から航空マガジンを引っ張り出すとF36の写真を眺め、青く澄み渡る空にF36のジェット雲が尾を引く姿を想像し目尻を下げた。
来週いよいよ、F36がイギリスの空に飛び立つ。
アーロンは、明日から益々忙しくなるから頑張ろうと、恋人のセシルにメールを送った。




