第43話 奪還
大川の指示で黒木が隆の目隠しを外す。
眉をしかめた隆が瞼をうっすら開く。
麻酔薬を嗅がされたせいで、まだ意識は朦朧としているが、目の前の男達の雰囲気と見慣れない部屋の感じに、何かの事件に巻き込まれたことを察した。
黒木が隆のリュックから財布を出し、大川に免許証を見せる。
名前を確認した大川が「兄ちゃん、災難だったな」と憐れんだ目を向ける。
「事務長、こいつどう処理しますか?」
「そいつの遺体の顔の横に免許証並べて、写真撮れ。それを依頼主に送る」
「承知しました。顔は潰さないよう気を付けます」
黒木が隆の眼を覗き込む。
「あんちゃん、顔だけは綺麗なまま死ねるそうだ。運が良かったな」
「あ…あの…何で……僕なんですか……」
「あのな、世間ではそれを愚問って言うんだ。今から死ぬ奴にそんなこと説明して、どうなる?」
「な、なんで僕が––––」
黒木が隆の頬を張り飛ばす。
「てめぇしつけーんだよ!殺すぞ!」
「黒木!そのぐらいにしとけ」
大川がゆっくりと椅子から立ち上がり、指の関節をぼきぼきと鳴らす。
黒木ら取り巻きが、これから眼にする惨劇を想像しゴクリと生唾を飲む。
連中は大川の鉄拳制裁で、生きた人間が徐々に虫の息になる様を、何度も目にしてきた。気が弱い若手は嘔吐する凄惨さだ。この恐怖政治で大川は気の荒い連中を統率してきた。
「あんちゃん、立て」
隆がぶるぶると首を横に振る。
「おい、立たせろ」
黒木が隆の両脇に腕を差し込み無理やりに立たせる。
大川は若手にスーツの上着を渡すと、左右の手を手刀にして空手の構えをする。
百九十センチで百二十キロを超える大川は、空手の師範だ。大川が体重を乗せた蹴りは九百キロもの破壊力になり、工事の解体現場で使う鉄球の1.5倍の衝撃になる。頭蓋骨や首の骨など一撃でへし折る。
大川は軽く膝を曲げた右脚を前に出し、左脚を引いた状態で左右の拳を握り、隆に正対する。
「どこからでも撃ってこい」
恐怖で涙目の隆が首を左右に振る。
「や……やめてください……」
「行きゃいいんだよ!」黒木が怒声を発し、隆の背中をどんと突き飛ばす。
不意をつかれた隆がよろよろと大川の前に出る。
大川がふーっと息を吐き正拳突きに構えたとき、マンションの非常ベルがジリジリジリ!と鳴り響いた。
非常ベルはけたたましく鳴り続け、廊下の方からバタバタとドアを開ける音が聞こえる。
全員が足を止め様子を伺っていると、天井の梁に空いた排気口から白い煙がすーっと室内に流れ落ちてくる。
「おい!誰か見てこい!」
大川の怒声に若手が慌てて入口のドアを開ける。
廊下は先が見えないほど煙が充満している。
若手が部屋の方に振り向き「火事です!」と叫んだとき、発煙筒の煙を裂いて突き出た英二の右ストレートが若手の顎に炸裂した。
脳しんとうで足下の覚束ない若手がドタドタっと部屋に倒れ込み、その背後から英二が現れ隆のもとに走る。雨合羽を着た西が銃を構え後に続く。
「な、なんだお前ら––––」
英二と目が合った黒木がぎょっとする。
「て、てめぇ、また––––」
黒木が銃を抜くより早く英二の左ボディが黒木の右脇腹を抉る。英二は続けざま、左フック、右ストレート、左アッパー、右ストレートのコンビネーションを黒木に叩き込む。腰を落とした黒木が床に横倒しに倒れる。
英二の盾になった西が発砲し取り巻きを牽制する。
「伊吹さん!早く早く!」
英二が隆に駆け寄り、両肩をがしっと掴む。
「もう大丈夫だ」
「え…英二さん……な、なんで––––」
隆の色褪せた唇が震える。
英二は黙って頷き隆を庇いながらドアに向かう。
銃を構えた若手が立ちはだかる。
「おいっ!」
銃を向けた西の大声に若手が反応する。
すかさず英二がステップインし、至近距離から右アッパーを脇腹の骨しかない心臓の横に強く突き刺す。引きずるような嫌な痛みに顔が歪み足が止まる。
「隆君行けっ!」入口のドアに突き飛ばす。
振り向きざま英二は相手の右肋骨と腹の境目に右アッパーを突き上げる。肝臓を素手で握りつぶされたような感覚に指先から銃が滑り落ちる。
棒のように立つ相手に左フックから右ストレートを撃ち抜くとガクンの両膝を付き前のめりに倒れた。
英二が一息吐き手の甲で汗を拭ったとき、
「そこまでだ」大川のドスの効いた声が響く。
英二と西が目を走らす。
入口のドアの前で大川に羽交い締めにされた隆が顳顬に銃を突き立てられ立っている。
大川が銃の撃鉄を右手の親指でゆっくりと引き倒す。弾倉が上に回転しガチリと音がする。大川は右人差し指を、引鉄にかける。大川が指先に力を込めれば銃弾が隆の頭蓋骨を貫通する。隆の生き死には大川に握られた。
「え…英二さん……」
「おまえら、ここまでだな……」
大川が左の口角を嫌らしく歪ませる。
西は柴崎に銃を取り上げられ、英二も諦めたように両手を躰の脇に降ろした。




