第42話 算段
西が双眼鏡で監視を続けていると、大川がソファから腰を上げるのが見えた。
目隠しの男も立たされ、背中を押されながら部屋の入り口の方に歩き、大川たちが西の視界から見えなくなった。
何か動きがあるかも知れないと察した西は、慌ててビルの一階まで降りると本部側の道路まで走り、十メートルほど後ろの電柱の陰から本部の入り口の様子を伺った。西からは本部の前に路駐したバンの後部が見える。
しばらくすると、入り口から出て来た黒木や柴崎ら数人がバンに乗り込み、続いて目隠しの男と最後に大川も乗り込んだ。右のウィンカーが雨の中点滅し、バンが走り出す。
西も水を弾きながら走って追いかける。
バンが靖国通り手前の赤信号に捕まっている隙に、西はタクシーを捕まえて後部座席に乗り込んだ。
英二が銀座で丸ノ内線に乗り換え新宿に向かっていると、場所を移動するが一先ず新宿に来て欲しいと西からメッセージが入った。
新宿で降りた英二が西の二通目のメッセージを開くと位置情報の場所が貼り付けてある。
英二は住所をタップし、地図の目的地に足を向けた。目的地はオレオレ詐欺のマンションの近くだ。
英二が十階建てビルの非常階段を上がると、四階の踊り場にしゃがみ込んだ西が双眼鏡を覗き込んでいる。
向かい側はオレオレ詐欺のマンションだ。
「伊吹さん悪いな、土砂降りのなか」
西はロッカーの鍵を英二に手渡し、すまなかったと頭を下げる。
「あんたが番頭だったのか……」
「……伊吹さん、オレを憎くてしょうがないだろう……ただ、少し待ってくれ」
復讐を終えたら自分を好きにしてくれとでも言いたいのだろうが、雨で冷えたせいか艶の悪い肌の唇は紫色で、目の下を濃い隈が縁取る。悲壮な姿の西に英二は返す言葉がみつからなかった。
「向かいのマンションにいるのか?」
「そうだ。リンを殺せと指示した野郎だ……」
英二も姿勢を低くし、狭い道路を挟んだ向かいの角部屋に目を向ける。
雨で濡れた窓ガラス越しに、三人ほど人影が見える。背中を向けていた男がおもむろに振り返り、窓を開け、空を見上げる。
英二が咄嗟に頭を下げ、手摺り越しに部屋の中を見ると、目隠しをされ椅子に座る男の姿を捉え、眼が止まった。
「貸してくれ」
西の双眼鏡で確認する。
–––– 隆君? ––––
椅子に座り顔は下を向いているが、間違いない。
シャツにも見覚えがある。
なぜ隆が新道組に捕まったのか、意味がわからない。英二自身は詐欺を阻止した件で新道組に恨みを買っているが、自分と隆の接点など連中に知られるわけがない。
隆との連絡は電話かメールで、頻繁に会うわけじゃない。仮に新道組が北千住の家を探し出したとしても、そこから隆に手が及ぶはずがない。
双眼鏡を片手に、じっと動かない英二に西が気づく。
「……どうかしたのか?」
「妹の婚約者だ………」
え?と西が意味を探る。
「どいつだ?」
「あの目隠しされてるのが、隆君だ……」
「なにっ?間違いないのか?」
「……ああ、間違いない」
「そのタカシ君は、組関係なのか?」
「いや、堅気だ。暴力団なんかとは無縁だ」
「それがなんで……?」
英二は俺にもわからないと首を振る。
「伊吹さん、助けないと不味い……」
向かいのマンションは西が逃走して以降は使っていないはずだ。そこに捕まえた奴を目隠しで連れて来た目的は一つ、殺すことだ。
「西さん、奴らは何人いる?」
「……五、六人だと思う。ただ、何人かは銃を持ってるはずだ……」
「あの部屋は、あんたが詐欺に使ってた部屋だよな?」
バツが悪そうに西が頷く。
「あ、伊吹さん、これがある」
西がバッグを開けて中を見せる。ドンキホーテで双眼鏡や雨合羽と一緒に買ったものだ。
「使い途は考えてなかったけどよ、使えそうだな」
英二と西は階段の踊り場で、隆を救うための算段を練った。




