第41話 克己心
西は歌舞伎町の雑居ビルの屋上から、安い双眼鏡で新道組本部を覗いていた。
ドンキで買った安物だが、百メートルほどの距離なら充分だ。西は黒いフード付きの雨合羽に身を包み、激しくなる雨を凌いでいた。
水滴で見にくいが、五階建ての本部が見下ろせて、四階のソファに座る大川の背中が見える。
西は大川が外出するタイミングを狙っていた。
外出のときは若手の運転手と、せいぜいもう一人。大川を含めても多くて三人だ。
銃の弾は残り五発。刺し違えても大川を仕留めることが出来る。
片手で双眼鏡を持ったまま、煙草を吸おうとポケットに手を入れたとき、指先にロッカーの鍵が触れた。
フロントに預けた封筒に入れ忘れていた。
–––– しまった……
南千住のロッカーには、およそ一千二百万を入れたバッグを置いてきた。
二百万は英二に返すカネで、残りは英二に任せるつもりだ。
ただ西はこの場を離れる気が無い。今日大川を殺す。そう決めて来たのだ。
–––– 悪いが奴に来てもらうか
英二に電話を掛けようとしたとき、新道組本部の前に黒いバンが止まった。
運転席から黒木が降り、助手席から若手が降りると、後部座席から、目隠しをされた若い男を支えるようにして、柴崎が降りてきた。
目隠しされた男の足下が覚束ないように見える。
四人はそのまま、本部の一階に入って行く。
–––– なんだ?どっかの組員か……?
しばらくして四階に目を移すと、ソファに座る大川の前に、目隠しの若者が跪いている。
大川が黒木たちに何かを指示しているが、わからない。
西はそのまま監視を続けた。
※※※
十二時前、英二は着信履歴を確認するため病室を出たが、隆からの連絡は一件も無かった。
–––– 隆君に何かあったのか?
嫌な予感が過ったとき、スマホが振動した。
「–––– はい、伊吹です」
「……伊吹さん、西だ……」
「西さん、あんたか……」
「すまないけど、新宿まで来てもらえるか?」
「…今からか?」
「そうだ。あんたに渡しておきたい物があるけど、手が離せないんだ」
「西さんあんた…彼女の復讐するつもりか……」
「……そうだ」
「それは、彼女が望んでることか?」
「はぁ?……伊吹さんあんた何言ってんだ?わかるわけねーだろそんなこと!リンはもう死んでんだよ!銃弾ぶち込まれてよ!あんたもその目でみたじゃねーか!俺がリンの仇とらねーでどうすんだよ?」
「……そうか。新宿のどこに行けばいいんだ?」
英二はビルの場所を確認し電話を切ると、病室に戻った。
「ばあちゃんごめん、急用ができて出掛けてくる。台風で天気が荒れそうだから、ばあちゃんも適当に家に帰った方がいい」
英二が病室のドアを開けると、「英ちゃん」と初江が声をかける。
「なに?ばあちゃん」
「私は、あなたに何があっても、ずっと英ちゃんの味方だから……」
英二は肩越しに初江に顔を向ける。
「だから英二、あなたが正しいと思うことをしなさい」初江が微笑む。
「ばあちゃん、ありがとう」
静かに扉を閉めた英二は、小学生のころを思い出していた。
香織や同級生を虐めた相手の家に英二が一人で乗り込むたび、初江は後から相手の家に謝りに行っていた。
しかし英二は、そのことで初江に叱られたことは、一度として無かった。
そんな初江の育て方は、英二の心に決してぶれない軸を養い、英二はいつも、この軸に従って行動してきた。
英二は西を止めるつもりで、新宿に向かった。




