第13話 勇者パーティと舞踏会
一か月後、オボレンスキー公爵が主催する舞踏会が開かれる日、アレンたちは服屋の中にいた。
「おお、ドランクさん。珍しく男前ですね」
パーティ用の服を着て試着室から出てきたドランクに、微笑んで目を細めながらミケが感想を述べる。
ドランクは一度、ミケの後ろに立つアレンとセルバンテスの表情を確認してから、ミケを見た。
「お前に褒められても嬉しかねぇよ」
「いえいえ、本心ですよ。あなたには似合わないと思っていていましたが、これは予想が外れましたね」
「ったく」
ドランクはこれからオボレンスキー公爵が主催する舞踏会に参加する。服屋を訪れているのはそのためだ。公爵家が主催する舞踏会では粗相のある服装はできない。
人生の中で初めて着る正装にドランクはバツの悪そうな表情を浮かべていた。
「ったく。ちいせぇな」
服はドランクの体に合っておらず、小さいせいでどこかパツパツな印象を受ける。ただ、だからと言って他の服に変えることはできない。
「仕方ないだろ? パブロフの野郎が思ったよりも小さかったんだからよ。それかお前がデケェか」
当然ながら、ドランクが『ドランク』のまま舞踏会に参加することはできない。招待されていないし、身分を偽ったことで捕らえられる可能性まである。
つまりドランクは誰かに成り代わらなければ舞踏会に参加することができなかった。
「だがいいか? 舞踏会の間だけ、お前はパブロフだ」
ドランクが成り変わるのはアレクセイ侯爵の次男であり、オボレンスキー公爵の娘、アナスタシアの許嫁でもあるパブロフだ。
今日、舞踏会に参加するためオボレンスキー公爵の領土を訪れたパブロフを捕え、服を奪ってここにいる。
ドランクはこれから舞踏会に参加し、情報を盗むために一芝居打つ。
「だだ、俺だけでやんのかよ」
「仕方ねえだろ、一人が限界だ」
成り代われる枠はパブロフの一人だけ。ドランク以外の三人は直接舞踏会に関わることはできない。
「まあでも安心しろ。お前が無事に仕事を終えたら、俺らが受け継ぐ。だからそれまでは頼むな」
「ああ」
ドランクが無事に『あの任務』を終えることができれば、あとは三人が必ず成功させる。ドランクさえ成功すれば後はどうとでもなる。
「よし、もうすぐで時間だ。成り代わる用意はできてるか」
アレンが尋ねると、ドランクは一度振り返って試着室の鏡で自らの顔を確認した。そこに写っていたのはドランクではなく、優しい顔つきをした青年だった。
「おいアレン。ほんとにこの顔で大丈夫なんだろうな」
「大丈夫だ。ていうか、それはセルバンテスに聞けよ。セルバンテスも調子はどうだ」
「このぐらいなら、数十時間は持ちそうだよ」
ドランクの顔はセルバンテスの魔術で、数時間の間だけパブロフの顔に見えるよう調整してある。
「こんな魔術が使えるならアレン、お前がパブロフ役をやってもよかったんじゃないか」
「そういうわけにはいかねぇよ、なあセルバンテス」
顔をパブロフに作り替えられるならアレンがパブロフの役をやったとしても違和感はないはず。
だが、アレンがもしパブロフの役をやれるのならばもうしている。それができないから、ドランクに任せたのだ。
「体型まで誤魔化そうとすると、どうしても魔力の滞在量が増えちゃうから、受付のところで引っ掛かっちゃうかもしれない。だから体型が同じドランクにしか任せられないよ」
「仕方ねぇな」
アレンに同じ事情を説明されたら一つや二つ反論してしまいそうだが、申し訳なさそうにそう述べるセルバンテスを見ると、喉元まで上がっていた言葉が出てこなくなる。
「ったく、時間なんだろ」
「ああ、終わったらすぐ向かうからな」
「俺は舞踏会の礼儀なんつーうもんは、あんま知らねぇ、だから何があっても文句を言うなよ」
「分かってるって。それでも大丈夫だからお前を選んだんだ」
アレンはドランクの方に手を置く。
「終わりは、お前の筋肉で落とし込む。分かってるな」
「分かってるよ」
アレンの言葉に、ドランクは吐き捨てるように返すと舞踏会へと向かって歩き出した。
◆
ドランクの心配をよそに、舞踏会の会場までは難なくたどり着き、受付もすぐに通り過ぎることができた。
少なくともアレン達が確認できる限りでは、パブロフがドランクだと気が付かれている様子はない。ただ受付を突破するまでは予想通り、問題は舞踏会でドランクがどのようにしてアナスタシアに接触するか。
許嫁ということもあり、絶対に会うことになるだろうが、口下手なドランクがどのようにしてアナスタシアを作戦通りに誘導するかがカギになる。舞踏会の会場に入ってしまった以上、アレン達はもう関わることができない。
あとは作戦の成功を願い、アレンとセルバンテスはこの場で待機することしかできない――ミケを除いて。
「ミケ、頼めるか」
「はい。私も仕事と行きましょうか」
舞踏会に表から侵入できるのは一人だけだが、ドランクだけが舞踏会の中に入るわけではない。催眠魔術をはじめとした精神干渉系の魔術に特化したミケならば、隙を見て会場に入ることができる。
ミケにはドランクの任務とは別に、彼にしか頼めない仕事を用意してある。
「では、時間もないので行かせてもらいますね」
会場を丘の上の森から眺めていたミケが立ち上がり、準備を始める。
「事前に確認するぞ。ミケ、お前が会場の中に入れるとしたら、非常口――7号しかない。警備が切り替わるタイミングで侵入し、最短経路で目的地まで向かってくれ」
「分かっていますよ。防衛設備を切っておくので、後はあなた方に任せますよ」
「俺はもしもの時のためのバックアップだけどな。まあ頑張ってくれ」
「私に何かがあった時のために、ちゃんと準備しておいてくださいよ」
「当たり前だ」
ミケはアレンと軽く手をたたき合い、セルバンテスに向かって手を差し伸べる。
「では、ドランクさんのことは任せましたよ」
「うん」
「それでは、辛いこともあると思いますが」
ミケは振り向いて背中を見せながら手を振って、会場へと向かって歩き始めた。
生い茂る木々の後ろに隠れてミケの背中が見えなくなると、アレンとセルバンテスが顔を見合わせる。
「こいつはどうする」
アレンが指さす先には、地面に転がったパブロフがいた。四肢を切断され、裁縫で縫い付けられたような見た目で、腹もぱっくりと割れている。セルバンテスはパブロフの姿を見て僅かに気分の悪そうな表用を浮かべながら返す。
「さすがに三人以上の同時運用は難しいから、パブロフはどうにかして遺体が見つからない方法で死んだことにするよ。大型の野生生物に食われたとか」
「分かった。じゃあそっちの方向で用意しておく」
「うん」
アレンたちはあとはもうドランクが任務を達成するまで待機するだけだ。この丘の上から、会場を見下ろしながらその時を待つ。
「あいつは今頃、アナスタシアと接触している頃か」
「順調に言ってればね」
ドランクが会場内に入ってから十分が経過しようとしていた。予定では、すでにアナスタシアと接触し、任務のためになれない芝居を打っているはずだ。予定より早まることはないだろうが、遅くなることは当然ありえる。
気長に待つほかない。
「セルバンテス、とっとと終わらせよう」
「そうだね」
これから行われることは、きっとドランクにとって耐えがたい苦痛となるだろう。
◆
「あぁ……ったく」
バルコニーの柵に寄りかかりながらドランクがため息をつく。
会場に入ることができたはよいものの、ドランクにはバルト皇国流の礼儀作法などわからないし、踊ることもできない。こんな状態でアナスタシアと接触しようとするのは、やはり無理な作戦だったのだ。
どうにかして誤魔化して切り抜けたがもうすでに力尽きかけている。
予定ではアナスタシアと接触しているはずだが、まだ顔すら見れていない。
完全に作戦は失敗だ。
だが、三人のために全力を尽くさなければならない。
ドランクはどうにかして自分を奮い立たせると柵から離れ、メインホールに戻ろうとする。
その時、誰かが横から声をかけてきた。
「パブロフ様でいらっしゃいますか……?」
ドランクが横を見た時、すぐ喜びと後悔の念を覚えた。
(ああ……これは)
目の前にいるのはアナスタシアだった。
そして一目見て分かる。彼女はとても心優しき人だ。
だからこそ……後悔した。
酷い性格で、酷い装いで、酷い態度で、酷い容姿をしていることをどれだけ望んだか。
(ああ、くそ)
ドランクは後悔しながらも、アレン達のためにこの好機を活かさなければならなかった。




