第1話 旧友の集い
□大陸暦549年。ドラカルト北部——草原地帯。
旅を終えた勇者一行が、地平の果てまで草原の広がる街道の脇道で、焚き火を囲んでいた。
すでに空は暗みを帯び始めている。周りには人の気配どころか獣の気配すらない。薄墨色に染まりつつある草原には、ただ虫の声だけが響いていた。北のチェイテ山脈から吹く風は、僅かに寒い。焚き火を取り囲む四人は遥か遠くの地平線を眺め、やがて宴を開いた。
片手に酒のたっぷり入ったジョッキを持ち、音頭を取ったのは勇者『アレン』だ。
「バルト皇国が国家元首——ミチャロフ三世の殺害を祝して、乾杯!」
大国バルト皇国の統治者『ミチャロフ三世』の殺害を記念して、彼らは酒瓶やジョッキを打ち鳴らす。
最初に酒瓶を飲み干したのは戦士『ドランク』だ。
体中に切り傷や火傷の痕が目立つ、体格のいい男だ。目つきが鋭く、それのせいで厄介ごとに絡まれることもしばしばだった。勇者パーティとして活動していた間、その強面のせいで何度面倒事を引き寄せたか知れない。
「本当に長い旅だったぜ。予定では一年……いや一年半のはずだったか?」
アレンは口の周りに酒の泡をつけたまま、ドランクの方を向いた。
「ああ。予定ではな。実際は二年近くかかってしまった」
「随分と伸びちまったな。もっと早く終われば……良かったんだが」
旅のことや、家に残してきた者たちの顔を思い浮かべて、ドランクは僅かに哀愁を滲ませた。
すると横にいた僧侶『ミケ』が、ドランクの方へ目を向けた。
長身で整った顔立ちの、眼鏡をかけた男だ。体格はドランクやアレンと並ぶと小さく見えるが、鍛錬を積んでいるため、服の下には筋肉質な肉体が隠されている。眼鏡は昔から使い続けているもので、焚き火に照らされて光を弾く縁には、細かいひび割れが刻まれていた。
その眼鏡の奥から、目つきの悪い視線をドランクへ向ける。
「ドランク、あなたが面倒ごとに絡まれなければ、もっと短くなったんですがね」
「うげ、お前は変わんねえな。まあ早い段階で秘密警察にバレたのは俺のせいでもある」
言い返せずにドランクが「むむむ」と腕を組んで首を傾けていると、ミケは愉快そうにその様子を眺めた。
「これであなたのヘマに付き合わされるのも最後ですから。せいぜい愉快な姿を見せて、私を楽しませてください」
「ったく、てめぇ」
ドランクはそう言ってみせたが、特に怒った様子はなかった。二年の時を共にした仲間だ。本心からドランクがミケに怒ることも、その逆もあり得なかった。
ミケは『ドランクの失態は楽しむべき』という自説の賛同者を探すように隣を見て、「あなたはどうですか」と問いかけた。
隣では魔法使い『セルバンテス』がちょびちょびと酒を飲んでいる。
小柄な体をさらに縮こませながら、「あははー」と八重歯を見せて笑い、申し訳なさそうにドランクの方を向いた。
「僕も……そう思う」
分かり切った返事に、ミケは満面の笑みを浮かべ、ドランクは落胆したような顔をする。
そうして話が一段落したところで、口の周りに泡をつけたままのアレンが三人へ語りかけた。
「この旅の犠牲は多かった。時間、金、人材——すべてを使い切ってミチャロフ三世を殺害した。俺たちの旅が正しいものだったと断言することはできない。しかし意味はあった」
ミチャロフ三世を殺害しなければ、勇者一行がいる大国ドラカルトは滅び、世界規模の戦争へ発展していたかもしれない。それを未然に防いだと考えれば、費やした金も人材も、幾らか報われる。
せっかくの楽しい宴だというのに旅のことを思い返してしんみりしてしまった。アレンは別の話題——未来のことについて皆に問いかけた。
「お前ら……この後はどうするんだ」
宴が終われば、二年も一緒にいた仲間と離れ離れになる。もしかしたら今生の別れかもしれない。彼らが何をして、誰と出会い、何を成していくのか——連絡手段がないこともあって、知ろうとしなければ、風のうわさで聞こえてくる程度にしか分からなくなる。
アレンはまずドランクに視線を向けた。
「ドランクは……やっぱり道場の方に行くのか?」
「いや」
ドランクは若いながらも新たな流派を築き、高名な剣術家として、山奥に道場を構えていた。門下生は数多く、今回の旅のせいで二年もほったらかしにしてしまった。弟子に道場を任せているとはいえ、不安は尽きない。まずは道場に——とも思ったが、ドランクは首を横に振った。
「俺は道場よりも先に、妹のところに行かなくちゃならない。ずっと独りにしちまった」
ドランクにはまだ幼い妹がいた。道場の関係者に預けているとはいえ、門下生よりも遥かに心配だ。アレンは勇者一行として旅をしていた間、何度も見せた満面の笑みを浮かべて「そうか」とだけ呟いた。
今度はミケの方を見る。
「ミケはどこに行くんだ?」
「私ですか……私は教会で子どもたちが待っていますから、顔を見せませんと」
ミケは孤児院で育てられた。僧侶としての腕はその場所で磨き上げ、大人にしてもらった恩がある。
「シスターとも会うんだろ?」
「……そうですね」
ミケは僅かに間を置いてから、アレンと目を合わせて答えた。アレンは苦笑しながら目を逸らし、今度はセルバンテスの方を向く。
「セルバンテスは」
「僕は……まあ実家に何も言わないで飛び出しちゃったから、何を言われるか……でも一度帰ってみるよ」
「自分の目で確認してみないとな」
「あはは……そうだね」
目を逸らしながら笑うセルバンテスを見て、アレンは周りを見渡した。
夜風に揺られ、草原がざわめく。空に輝く星々は煩わしいほど鮮やかで、その光は焚き火の明かりさえかき消しそうだった。僅かに湿気を帯びた涼しい風が、夏の始まりを予感させた。
四人が旅に出て、もう二年が経ったのだ。
山を越え谷を越え、あるいは屍の山を踏み越えて歩んだ軌跡は、きっと汚れている。
それでもアレンは、四人での旅を『素晴らしかったもの』として記憶していた。きっと、ずっと、そう思い続けるだろう。
「おい、アレン。なに黄昏れてんだ? 俺ら三人に質問しておいて、自分だけ答えないってことはないだろ?」
お前だけ帰る場所を言わないのは不公平だ、とドランクはアレンに指摘する。
「そうだなぁ……」
アレンは苦笑交じりに口を開いた。
「俺は帰る場所なんてなかったからな……でも、俺たちがしたことの結果ぐらいは見届けないとな」
そりゃそうだ、とドランクはジョッキを飲み干す。
当たり前です、とミケは眼鏡を直す。
じゃあアレンに任せるよ、とセルバンテスは笑った。
三者三様の、しかし肯定的な反応を受けて、アレンもまた笑う。
彼らが成した正義は、きっと実を結ぶ。ミチャロフ三世を殺害した——その後にこそ、アレンたちの旅の意味がある。
「お前たちと旅ができて、本当によかった」
旅は苦難の連続だった。
たくさんの敵と出会い、戦い、首を切り落とし、内臓を引きずり出し、時には仲間同士で殺し合うこともあったけれど、最後は勇者パーティとしてかの悪逆の王を討ち取った。
最前線で銃弾や爆薬を受け続けながらも耐えきった戦士『ドランク』。
数々の魔術を使い、難攻不落の魔王城を陥落させた魔法使い『セルバンテス』。
回復魔法を用いて泣き叫ぶ敵や味方を修理し続けた僧侶『ミケ』。
あまたの戦線を駆け巡り、時には四肢を失いながらも魔王を討ち果たした勇者『アレン』。
魔王討伐の旅に出た勇者一行は苦しい日々を過ごしながらも悲願を達成した。
これにて彼らの物語も終わり。
英雄たちの凱旋だ。
歓声を一身に浴び、舞い散る花びらに鼻腔をくすぐられながら、大通りを歩きながら、大手を振って笑顔を振りまく。
ラッパの音が鳴り響き、陽気に人々は歌い踊る。
吟遊詩人が我が物顔で偽物の詩を語り継ぐ。
パッパッパー
陽気な音が鳴っている。
ダッダッダ。
人々が足を踏み鳴らす。
ワッハッハー
人々が笑ってくれている。
カラカラカラ
移動式屋台が続々と集まっていく。
ヒュルルルル
口笛の音、それと爆薬と中を舞う。
カッカッカ
兵隊が足並みを揃え行進している。
ザッザッザ
これはなんだろう。
バンバンバン
嫌な破裂音。
グシャグシャ
何かが潰れている。
「いいかげん現実見ろよ」
「……」
生暖かい風が吹き、草原に生い茂る草木を揺らしながら土臭い香りが広がっていく。
段々と生臭い香りが鼻をついばみ始め、アレンは失笑を零す。
「はは……そういや」
冷えていたはずのジョッキはぬるくなり、空の夕暮れはより紅く沈む。
「お前ら……もういなかったわ」
アレンと共に酒を飲み交わしていた仲間はすでに、ここにはいなかった。




