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5ページ:ソロキャンプの魔王様

 むに。むにむに。ムニムニムニムニ。

 

「うへへ、うへへへ、いちごの、ちょこの、あんみつぅぅぅぅのだいふくぅー⋯ここがでんごくかよ⋯やわらかくて、もちもちで、このむちむちかん⋯⋯⋯ん?ムチムチ感?」


 ――んん?と違和感を感じた。

 オレはちょっとだけ頭をあげながら目をうっすらとひらく。

 焦点の合わない、ぼやけた視界。


「あれ?なんで寝てんだオレ?」


 さっきのは夢だったのか?そのわりにはいまもムチっとした感触が手に⋯⋯いや、んなこたぁどーでもいいや。それより、


(ねみぃ)


 頭がぼーーとして働かない。

 脳が思考を拒否する。

 とりあえず横になりてえ。

 だけどここはどこだ?こんな上等なマクラ、オレん家にあったっけ?


 なんてもーいちど頭をそのやわらかな何かにのっけながら首をひねる。

 横に体を向けて、ヒザをくの字に曲げる。ウデは頭にのっけて、手はやわらかいまくら?をにぎったまま。


 まぶたもうっすらとひらいたまんまだ。とじるのもめんどくせぇ。

 すると、ぼんやりとした視界に顔がぐっと飛び込んできた。

 

「おはよー」デンだ。


「ちかっ」「しーーーー!」


(むぐっ、なんだってんだいきなり!?)


 デンはびっくりして声をあげそうになったオレの口を反射的におさえた。

 鼻がくっつきそーな距離。

 さすがのこいつでも目覚めにこの近さはキモチわりぃ。


(なんだ泊まってたのか?それかオレがデン家で寝てたんだっけか?んで、何してんのこいつ?暗いし、深夜なのか?)

 

 それならまだわかる。

 夜中に大声出すとカーちゃんがうるせえから。

 にしても、それならそろそろ離してくんねえかな。


 だけど一向にオレの口からその手は離れねぇ。

 そのまま、デンは自分の口にしーーとあてたほーの手の人差し指をくいっくいっとする。


(上?上を見ろってこったよな?ヘビでも出たか?)


 不思議に思いながらも視線を向ける。びっくりした目はさえわたって、視界はすでに鮮明だ。

 すると、


(マオちゃん――ッ!?ヘビどころじゃねえ、なんで魔王様がここに!?)


 てことはこれはふとももなんじゃねぇかッ!

 と、驚きのあまりムチっとしたそれをオレの手がむぎゅっとにぎったところで。(そうだそーだった!!!)

 オレの脳は、気絶するように眠りにつくまえの記憶を、鮮明によみがえらせた。




「少年らの村はここから近いのか?」穴だらけになった草原を歩きながら、マオちゃんがオレとデンに視線を向けて言った。


 あの天魔の王⋯⋯あのほそマッチョの物干し竿クソやろーから逃げ切った直後のことだ。

 オレらはマオちゃんを真ん中ではさむ位置に並んで、村に一時帰還するためにとぼとぼ歩いてたんだ。


 デンが言う。


「早歩きでじゅーごふんくらいだから、そんなに遠くはないかな?」


「元気が残ってりゃな。いまのオレらの足だと気が遠くなるくれえの距離かも」


「そうか⋯⋯」


 マオちゃんはぽつりとつぶやく。

 このときのオレらは三人ともへとへとになってた。

 デンとオレは精神的に、マオちゃんはきっと肉体的にも。

 なんせ全力であれだけ走り回ったんだ。元気なほうがおかしい。


 とはいえ一度足を止めると立ち上がれなくなるのは目に見えるから休むわけにもいかねえ。


 三人とも、無言で残る力をふりしぼって体を前に進めていた。

 すると、遠く離れた村の方角から、人がこっちに来る気配を感じた。


 あのヤローのせーでびんびんになったオレらのハナはそれを明確にとらえた。


「誰か来る!」


「うむ、ひとりではない、集団じゃ」


「くそったれこっちはもう限界だってのに⋯⋯!【透明化】」


 オレは迷わずスキルを発動した。

 これやると、精神力ががっとけずられた感じがするんだよな。

 スキルは魔力の信号(?)をキーにして発動するが、魔力を消費することはないらしいから、たぶんこれは気力的なもんなんだろーけど。


 まあなんせ、そいつが悪いヤツでも善人でも、この惨状を説明する余力はないからな。


 つってもじゅっちゅうはっく村人の誰かだろうが、万が一があれば面倒だしな。

 

 と、その場で棒のように立ってると、集団がオレらの前まで走ってくる。 

 そしてそれはやはり、村の男衆だった。

 その手にはクワやカマが、その頭にはそろってナベが裏返しで乗っていた。


『どーなってんだ!いったい何があればここまで草原がむちゃくちゃに!?』


『それよりデンとヒョンキチだッ!草原ならうちのバーさんのスキルでいずれ元通りになる、けどどこにも姿がねえ!』


『くそっ、武装とアイツらのカーちゃんに時間をとられて遅くなっちまった!』


 武装はともかく、カーちゃんに?

 なるほど⋯⋯オレらを助けにこよーとして暴れたなカーちゃんのヤツ。

 んで取り押さえられて、上半身をヒモかなんかでぐるぐる巻きにされたんだろーぜ。

 いや、さらにそれを噛んで振り切ったから、さるぐつわカマサレてクサリでぐるぐる巻きにされたんだな。


(さすがオレのカーちゃん。我がままだぜ)


 少しだけ、頬がニヤつくのを感じる。


 そして男衆はあたりを見回しながら、足を止めた。


『おもに後者だが、しかしここにもいないとなると⋯⋯森に隠れたか』


『いや、森が無事なところを見るに隠れた線はうすい。これをした犯人がアイツらを狙ったなら、あっちにも被害がおよぶはずだからな』


『そうなると、うまく身をかわしたの、か。アイツらがまんまととっ捕まるわけねえしな』


『そうだな、しかしさらわれた可能性もなくは⋯⋯いやそれはねえか」


『おう。田舎村の悪ガキさくらんぼは逃げるのだけはうまいからな』


 なんて言ったあと男衆は安心したようにガッハッハ!と笑う。

 いや、その根拠で安心すんなや!


 と、オレがにらむように見てると、おっちゃんらのひとりが呑気な声をあげた。


『んじゃけーーるか。なーーんだ心配して損したじゃねえかなあ』


『おーおーけーーるぞけーるぞ』


『んべんべ』


(ったく、ここで顔だけ姿あらわしてチビらしたろーか)


 と、思いつつも、小刻みに首を縦にふりながら村の方角に歩き出す男衆をオレは見送る。

 そして、その姿が見えなくなったとき、デンが言う。


「村⋯⋯、帰りづらくなっちゃったね」


「それな。しかもなんだかどっと疲れが出てきたぜ」


「ちょっと休んでく?」


 デンがそう提案しながら、森の木陰を指差す。

 それからオレらはふたりそろってマオちゃんを見た。

 すると、


「うむぅ、悪ガキさくらんぼ、か。少年らはどうやら、とても活発なようじゃな」


「「――しまった!そのあだ名を村の外に持ち出されるとは!」」


 この門外不出(を希望する)の大悪名が。

 と、声をそろえて、自分の口を自分の手でなぜかふさぐオレたち。


「ふむふむふむ」と、ユカイそうに頷くマオちゃん。


「い、いいから!いいからとりあえず休憩しよう!そうしよう!」


「オレらには休息の時間が必要だ!そしてその名を記憶から消すのだーーー!」


 はずかしさのあまり、体の底から力がわいてきたオレとデンがマオちゃんの背中を森の入り口まで押してった。


 そんで、座り込んだところで、オレの意識はノンレム睡眠に落ちてったんだよな。



「思い出したぜデン!ぜんぶ思い出した!」

  

 オレは草原と森の境目になるいっぽんの木のした、マオちゃんのヒザに頭を乗っけたまま興奮したように声をあらげる。


「どーすんだよ!あの悪名が魔王様にまで届いちまった!」


「そ、そうだけど、お、落ち着けってヒョンキチ!」


 そう言葉を返しながらも、オレと同じくらい興奮するデン。

 その息が鼻先にかかる。


「マオちゃんの記憶も飛んでるかもよ!?むしろもう、それを願うしか残された手はないんだよ俺たちには!」


「くそぉぅ神様魔王様っ!どうか、マオちゃんの記憶をあの一部分だけ消去してくれぇぇぇえ!」


 そうやってオレが錯乱したように言って両こぶしを顔の前でにぎると、


「ふむ、その願いは魔王としては聞き入れられん。とてもよい名ではないか、『悪ガキさくらんぼ』」


「「――マ、マオちゃんんんんん!?」」


 耳の上から声が聞こえて、オレとデンは寝返りをばっとうって顔をそこに向けた。


「いつから起きてたの!?」


「まさかいまのをぜんぶ!」


 マオちゃんはくすっと微笑む。


「ヒョンキチが思い出したあたりからじゃな。

 それに目も覚めるよ少年ら、わたしのマタのあいだでこれほど騒がれると」


「「そ、そ、それはごめんなさいぃぃぃぃ!」」


 と顔を両手でかくして言いながらも、オレもデンも頭はヒザに乗っけたまんま。

 動かさないとゆーよりは、動かない。

 くそぅ、なんて疲れた体に効く、癒しのモチ肌なんだ!?


 驚きの吸引力ッ!


「ふふふ、それで今日はこれからどうするのだ? 

 村に帰るのであれば、わたしも付いて説明に一役買おう」


「それなんだけど」


「村には、なあ?」


 ありがたい提案ではあるんだけども。

 さすがに魔王様の証言には村人たちも信じるしかねえだろーし。

 とはいえ村に帰る気はもうしねーしなあ。


 おちょくられるのが、目に見えるもんな。


「ふむ。それならここで野宿⋯⋯いや、キャンプというのはどうじゃ?」


「キャンプ?」


「それは楽しそーだけど、俺たち道具とか持ってないよ?」


 んで村にもない。

 本でキャンプってのはその存在は知ってっけど、外で寝るのにわざわざ道具持ってく必要がねーもん。


 そのへんの木の上にでも寝っ転がりゃ猛獣にだって襲われないし。

  

 街への買い出し組だって、荷物になるよーなモンは持たないだろーしな。


「それなら問題ない。わたしが一式すべて持っておる」


「マオちゃんが?」「どこに??」

 

 いまは汚れが目立つのはおいとくとだ。

 まっしろのティーシャツに水色のショートパンツ、とにかく動きやすさに特化したよーな格好のマオちゃんに、手荷物はない。

 

 だからひつぜん的に首をかしげる俺たち。

 すると、


「ここにじゃよ」


 その長いピンク色の髪の毛をすっと耳にかけたマオちゃんは、耳たぶに密着したよーに装飾された、ハート型のちいさなピアスを指差す。


「わたしの父上は――先代魔王は、特別な力を宿すアイテム作りにこっておってな。

 これはそのうちのひとつで、わたしのスキルをもとにしておる」


「「マオちゃんのスキル――ッ!?」」


 先代魔王の名前が出てきた瞬間、テンションがバコンと跳ねたけど、それ以上にオレとデンはマオちゃんのスキルにくいついた。

 

 だって現役の魔王様のスキルだぜ?

 そんなもん、気にならないわけないだろぅ!!


 しかしマオちゃんは「う、うむ」とじゃっかんひいた感じでうなずくと、


「い、いまはむずかしい説明ははぶくが、このピアスはわたしのプライベートルームにある持ち物を取り出せる⋯⋯物体を瞬間移動させる力を持つのじゃよ」


「「しゅんかんいどぅーーーー!?」」


 オレらのテンションはもう最高潮にぶちあげられた。

 なんせ男の子の夢のスキルじゃねえか!

 まあ透明人間になれるオレはその夢のひとつを持ってる選ばれし男の子なわけなんだけどよ!


 けど瞬間移動だって、何度も妄想や妄想ごっこ遊びの中で使ってきたスキルだから、それはもうキラキラした目をオレとデンはマオちゃんに向けてる自信がある。


「と、とにかく道具の心配はないわけじゃよ!

 わたしはその、とある理由からソロキャンプにはなれておるからテント張りとチェアーのセッティングは任せるのじゃ。


 少年らは、焚き火用に木の枝を集めて来ておくれ」


「「らじゃーーーーーーっ!」」


 オレとデンはテンションのままマオちゃんのヒザから飛び起きると、森の中に走る。

 しかしもちろん、その瞬間を見逃すようなオレらじゃない。

 走りながらもおもっきり首をねじって後ろを見る。

 

 マオちゃんがハート形のピアスに指を当てると、チカッと白くそれが発光して、地面にザッとキャンプ道具らしきもんが低空から落ちる。


 ちょーどマオちゃんのカカトくらいの高さからだ。


「すげえ」


「魔王様って、いやダブル魔王様ってすげえ」

 

 オレとデンはもう釘づけ。それから目を離せないでいた。


 だからまあ、そーなるのは当然なわけで。


「――イッテェッ!」「――いっつぅあッ!」


 月明かりに照らされた茂みがほのかに光り、そよ風にゆれる木々は子守唄のよーにささやくなか、


「「――前見て走れよデン(ヒョンキチ)!」」


 オレたちは仲良く足を絡ませると、大樹の腹に顔面からおもっきり突っ込んだ。


 

            ――*――



 赤い炎にその身をくすぐられるよーに、積み上げた木の枝がパチチッと火の粉をあげ、その上に設置されたキャンプ用(?)浮遊フライパン(なんか裏にビー玉みたいのがついてる。初めて見た)の中でソーセージ(多分超高級)がぱちっとはねる。

 それをぐるりとかこんで、


「キレイだね」


「おー」


「炎はいつでも神秘的じゃな」


 俺がぽつりと言葉をもらしたら、ヒョンキチとマオちゃんが続くよーに言った。

 その手にはりんごジュースがはいったガラスのコップ。


 もちろんこれも、マオちゃんがピアスを通して自室から取り出したもの。

 それをひとくち、口にふくんだときはほんとーにびっくりした。


(きんきんに冷えてる。もしかして冷蔵庫が部屋にあるのかな?

 すごいさすが高貴な家。いや、魔王城。


 それに何よりスッキリとした喉ごしに、自然と顔がほころぶよーなこの甘さ。

 すごいさすが高貴な家。てゆーかお金持ち)


 俺は感動のあまりおかわりを要求した。

 

「それでさ、ずっと聞きたかったことがあるんだよマオちゃん」


「俺も。聞いていい?」


 俺がお礼を言ってコップを受け取ってると、ヒョンキチがソーセージをクシでさしながら言った。

 マオちゃんは野菜とステーキ肉をフライパンに追加しながら、ゆっくりとうなずく。


 俺は残り2本のソーセージのそのひとつにクシを伸ばした。


「ふむ⋯⋯かの者のことじゃな」


「うん!あの男が本当に本物の“天魔”なら」


「マオちゃんはどうしてそんな存在に狙われてんだ?」


「そう、じゃな。それを話す前に、少年らはこの魔族領に伝わるお伽噺を知っておるな?」


 おとぎばなし。

 それに“天魔の王”となると、うかぶのはひとつだけ。

 俺たちもいまよりうーーんとちっちゃい頃から聞かされてきた物語がある。


 とつぜん現れた1人の男によって、この世界が空間ごと分断されたってお話だ。


(あれだよね?)っと目配せするようにヒョンキチを俺は見る。

 ヒョンキチが(多分な)って感じでうなずく。

 するとマオちゃんは空を見上げる。


 それから、パチパチと心地よく音を鳴らす焚き火の火と、あわい月明かりがぼんやりと暗闇を照らすなか、「そのお伽噺とはこのように知らしめられているはずじゃ」と言うと。


 マオちゃんはゆっくりと語り始めた。



「昔々、それは数百年も前のこと。


 この世界がまだ、大陸のひとつだったころのおはなし。


 あるところに、“天魔の王”と名乗るひとりの男がいました。


 その男は、世界統一を旗印に全大陸の王にその名の返上を求めると」


「旗印に?」


「返上を⋯⋯?」


 んん――?と俺たちの知るおとぎばなしとはかけ離れた言葉選びが聞こえたところで、


「「――すとっぷぅッ!!」」


 俺たちは声をそろえて話をさえぎった。


「何そのえげつない序章!?」


「血の雨でもふるのかよ!?」


「「おとぎばなしじゃなかったっけ!?」」


「むっ?わたしがメイドから聞いたのはこのような内容だったのだが⋯⋯まあよい、それでは重要な点をかいつまむとだな」


 きょとんっと首をかしげたあと、ひとり納得したよーにうなずいたマオちゃんは話を進める。


「舞台は数百年前の、『分断される前のこの世界』で、天魔の王は【そのスキルで生み出した“天魔の民”】を引きつれてそこに突如その存在を現すと、大陸の王たちに『王をやめる』よう言った。


 ここまではあっておるな?」


「うん!」


「内容は一緒だな」


 マオちゃんは「ふむ」と満足そうにうなずく。

 それから続きを話す。

 

「さて。

 その一方、大陸の王たちは共存を求めた。

 『種族は違えど同じ“人”通し、無益なあらそいより世界の発展を望まないか』と。


 しかし天魔の王――その男は“人”と称されることを何よりも嫌った。

 『神に“特別な力”を与えられた“特別な俺様”を、そんなチンケなモンと一緒にすんじゃねぇ』と。


 相反する思想は衝突する。


 男は“天魔の民”をもちいて大陸の王たちそれぞれに攻撃をしかける。

 しかし“大陸の王たち”はまた、それを軽々と退けるだけの力を持っていた。


 そして痺れを切らしたその男がその腰をあげた時、“大陸の王たち”はいちがんとなって世界を守り抜いたのだ!


 ――“天魔の王”。


 その男は異空間へと姿をくらます直前、その膨大な魔力と未知の魔法をもちいて、この世界を空間ごと分断した⋯!


 それはまるで、大陸が、異種族が再びひとつとなる事を恐れるように⋯⋯!」


 朗読、いや熱をおびた演説をくりひろげ、両手を横に大きく伸ばして荒い息をはいたあと、マオちゃんは真面目な顔で聞く。

 

「⋯⋯⋯と、これは少年らの知るお伽噺と相違ないな?」


 そして、


「う、うん。あってるけど」俺はヒョンキチを横目で見る。


「フルでいったな」ヒョンキチは俺を横目で見る。


「ふむ?⋯⋯あっ」マオちゃんはきょとんっと首をかしげたあと、それに気づく。


 バチチチっと炎が火の粉をあげる。

 マオちゃんがはずかしそうに体をまるめてウインナーをかじる。


 そして、俺は認識をあらためることにした。

(やっぱりマオちゃんは天然さんだ、それも超のつくやつぅ⋯!)と。

 

「そ、それでどうして、マオちゃんはそんなヤツに狙われてんだよ?」


 ヒョンキチが空気を変えるよーに話題を変えた。


「うむ、順を追って話そうか。

 まずは、わたしが今朝方にあの男の怒りをかった経緯からじゃが⋯⋯その前に」


 そこで言葉を止めると、マオちゃんは思い出したようにつぶやく。


「わたしのスキルについて話しておく必要があるのじゃな」


 スキル。

 それはヒョンキチが使ってた“透明化”みたく、この世界の人々が誰でもひとつは持つ特別な能力のことだ。

 

 だいたい、7歳〜10歳前後でその能力に目覚めることが多くて、覚醒とともに頭の中に“スキルの名称”が流れる。


 ただ、それがどんな効果を持つのかはわかんないから、スキルが覚醒してから使いこなせるまでに長い年月をかける人も少なくはないらしい。


 なんて、俺が唐突な復習をしてると、


「まずわたしは大きくわけて3つのスキルを持つのじゃ」


 マオちゃんが指をみっつ立てて、なんともなさげに言った。

 その反面、俺とヒョンキチは前のめりになる。

 この顔の熱さは、焚き火に近づいたからじゃないはずだ!


「みっつ!?3つも持ってるの!?」


「マジかよ!?すげぇ、すげえよマオちゃん!」


((さっすが魔王様だあ⋯!))


「う、う、うむ。

 うち二つはその、魔王の血筋に代々見られる、いわばストロベリー家の家系スキルなのじゃがあ⋯」


 めずらしく、うろたえるよーに頬をかくマオちゃんが、そのふやけた表情を真剣なものに戻すと、言う。

 

「これからの話に関わってくるのはわたし個人に固定されたスキル⋯⋯いわば固有スキル。

 その名も、



 “テレポ”」



「てれ?」


「ぽ?」



 バチチッと焚き火の音だけが鳴る空間が――はもういいとして。


 うう、真剣な顔つきなのに、あまりに気の抜ける名前だったから。

 俺とヒョンキチの頭に浮かんだハテナマークがそのまま口をついてでた。


 だけどそれがおかしかったのか、真剣味を深めていたマオちゃんの表情に笑顔が戻る。


「まったく、愛らしい少年らじゃのぅ」その切れ長でおっきな目が線のよーに細くなる。


「そうじゃ、“テレポ”じゃ。可愛らしい名じゃろう?


 しかし、これは魔法では実現不可能だった瞬間移動を可能にするスキルで、異なるふたつの効果を持つ。


 わたしが足跡を残した場所に⋯⋯行ったことのある任意の場所への瞬間移動を可能にする“テレポ”と、


 行き先は不明なまま、どこかへと瞬間移動する“ランダムテレポ”。


 そのふたつじゃ」


「「らんだむ、てれぽ⋯⋯!」」


 すごい、四文字なのに。

 たった四文字増えただけなのに、ぐっとカッコよさがましたぞ!


「これは憶測になるが、

 どうやら“ランダム・テレポ”はこの世界であれば(・・・・・・・・)障壁のたぐいをものともせず、どこへでも飛べるらしい」


 えっと、結界とかをすり抜けられる、ってことかな?


「そしてわたしはその能力を持って⋯⋯“天魔の王”の住む空間へと、この身を飛ばしたのじゃ」


「あの男が住む空間――!?」


「それって、それって」


「この大陸から分断された世界のそのどこか、もしくは異空間、というわけじゃな」


 俺たちのノドが、ごくりと重たい音を鳴らした。


「え⋯⋯なあよぉデン、オレら冒険よりもすげぇ大冒険してねぇか?」


「う、うん、なんか、歴史の分岐点に立ち会ってるような⋯」


 ヒョンキチがごくん、ごくん、とりんごジュースを飲み干すと、衝撃で引きつった顔を俺に向けて、俺は2度頷いて自然と空を見上げる。


 雲はなく、ちいさな星たちが、ちかちかと光ってるのが見える。


 ほんとうに。この世界の秘密に触れてるような。

 こんな日が来るなんて、妄想はしたけど夢にも思わなかった。

 

「さて、本題に戻そうか。ここからがわたしが“天魔の王”の怒りをかった理由となるのじゃが⋯」


 言葉を止め、申し訳なさそうに頬をかいたマオちゃんは、「すまぬ、笑わんときいておくれ」と乾いた笑みを見せながら言って、もーいちど話をはじめた。


           ――*――


 それは今朝の、少年らと出会うちょっと前のこと。

 わたしは日課である、魔王城からの脱出をこころみていた。


「――くッ!

 塔の下には警備兵が15名、塔の屋根には監視兵が6名、わたしの、魔王のプライペートルームの扉の前には⋯⋯――“先代魔王の近衛兵”たちが勢ぞろいじゃとぅ⋯⋯!?」


 くうう、父上め、本格的にわたしの邪魔をしたいようだな。

 あの人は昔から過保護がすぎるのじゃよ!


 それにわたしとて、魔王の仕事をサボるつもりはもうとうないというのに。

 この家系スキルは、膨大な魔力が流れる魔族領には必要不可欠じゃと理解しておる。


 ただ少し、日々の息抜きくらいは⋯⋯毎日魔王として玉座に居続けるのは疲れるのじゃ。

 少し、ほんの少し、ほんの二日間くらい、放浪の旅(ソロキャンプ)に出ても罰は当たらん、そうじゃろう⋯?


 毎週7日のうち、2日くらいはよいじゃろうよ!

 そして日々の半分を魔王城の外で過ごしてもよいじゃろうよ!


 とゆーかそもそも、お父様だって同じスキルを持っておるのだから早々に引退せんと玉座に座ってればよいではないかーーーー!


 ⋯⋯との毎度同じくいたる結論に、わたしは脱出に向けて次の一手を打って出る事にした。


「【テレポ】」


 魔王のわたしはスキルを発動した。

 しかし不思議な力でかき消された。


「――何ィ!? まさかお父様⋯!わたしのテレポを無効化する結界魔法を完成させたのじゃ⋯!?」


 それはわたしの腹心であるお喋りメイドのミータとキータから、情報が上がってきてはいたが⋯まさか、本当に実現させるとは。

 

(これは完全に詰み、というヤツではないか)


 むむぅ⋯⋯、とわたしは広い自室内を、顎に手を置きながらグルグルと練り歩く。


 わたしの髪色と同じピンク色のシーツが引かれたベッドを横ぎり、お父様からプレゼントされた魔導ギアを収納したボックスを横ぎり。


 化粧台を横ギ⋯⋯ろうとしてその角に足の小指をぶつけて体が跳ね上がった、そのときじゃ――!


「ランダムテレポ⋯⋯そうじゃ、確かわたしにはもうひとつのスキルがあったはず」


 わたしは自らに秘められた能力に、天命を受けたかのような驚愕をおぼえた。

 5歳のときにスキルが覚醒してから、使用を禁じられる事15年⋯⋯⋯正直、すっかり忘れておった。


「あれはお父様の目算だと、一種の賭けに近い能力じゃった」


 つまり、上手く飛べばどこかの地上に。下手を打てば水中や火山の溶岩の中、という可能性もありえると。


「うむむ⋯⋯さすがに溶岩は耐え切れる自信はないのじゃあ」


 とはいえ、わたしは何かと運がよい。

 それに火山を含め、魔族領に危険な場所など指で数えられるほどしかない。


 ここはひとつ⋯、


「うむ、モノはためし。やってみるのじゃ。


 “ランダム・テレポ”」

 


 その名を口にした瞬間、視界が一変し、わたしは宙に放り出されていた。


「なッ、ここは⋯!?」

 

 薄暗い空間。

 目の前にはボンヤリと照らす大きなシャンデリア、横に目を向ければ縦に長く伸びるガラス窓⋯⋯、

 その先には、夜が広がっているようじゃった。


 わたしは肩に力をいれると、落下する流れにのって体を反転する。


 まず視界に流れ込むのは金色のラインのはしる巨大な漆黒の扉。

 その足元から赤い絨毯が伸び、その先には、背もたれがそびえ立つように高く伸びた“黄金の玉座”がある。


 そして完全に体が下を向いたとき、わたしはその“黄金の玉座”に座る“誰か”を認識し、その真上にいることを知った。

 


 そう。つまり、わたしはその“誰か”に向かって一直線に落下しているのだ!


「にゃんでじゃぁ――ッ!?わたしは運がよかったのではないのじゃあ!?」


 あまりの困惑に言葉を噛んだ。

 このまま落ちれば大惨事。しかし、その声に反応して、玉座の“誰か”が上を向いた。


 その手には、お父様たちがワインを嗜む時に使用する持ち手が細長いグラスが握られている。


『――ッ!? 何故ここに、大陸の、侵入者がァ――』


 男だ。その男の目は赤く光っておる。

 そして大陸じゃと?いや、そのような場合ではない!


「――そこを、よけるのじゃぁぁぁぁぁあ!」


 わたしがそう言うと、男は クックック、と乾いた笑い声をもらす。

 いやカッコつけておる状況ではないじゃろうがぁぁぁあ――!


『女、この俺様を“天魔の王”と知っての狼藉か⋯?この玉座、奪えるモノなら奪ってブハァァァ――ッ!』


 男がズシリ、と深く腰掛けたまま足を組み、悠然として言った時、わたしは男の頭に着地した。

 お腹から、ずどんと。それはもう、魔力で身体強化した腹筋で踏み潰すように。


 わたしは思った。

(ほらみるのじゃ。よけぬからこうなる)と。


『ナ⋯⋯、マヤカシの⋯陽動のタグイじゃなかったのカ⋯』


 どうやら男は、わたしが動揺を誘った――フェイントのたぐいをしかけたのだと勘違いしたようだった。


 いやじゃから、わたしは、その場を離れるよう要請したはずなのじゃが。


 とはいえ確かにそのような魔法は実在する。

 まぼろしを見せたり、実体を持たぬ分身体を作り出す魔法。

 

 しかし通常の者であればとっさにそのような考えには至らぬはずだが⋯⋯、この男は常日頃から狙われる身にあるのだろうか?


 そういえば先ほど、わずかに聞こえた気がする。


 この男が自らをあの、“天魔の王”と名乗る声が。


『喜べ女ァァァ!俺様は長き眠りより目覚めたばかりで機嫌がいい⋯』


 着地のそのあと、飛ぶようにその場を離れたわたしに、玉座の男はゆっくりと顔を上げてそう言った。


 ちょっとした恐怖心をわきたてるような、しかし笑顔といえば笑顔のような、おそろしいそのニカッとした顔。


 しかし喜べと言っておるし、これは許して貰える流れではないのじゃろうか?とわたしは胸をなでおろす。すると、


『クハッ、この“天魔の王”を足蹴にした褒美をくれてやろうではないか女ァ。

 その体に“天魔の怒り”を染み込ませてクレよォォオオオオオオ』


 ――ぜんっ、ぜん違ったのじゃ!

 男はワイングラスをひゅ、っと床に投げ捨てると、その手をわなわなと持ち上げながら真っ赤な目をさらに血走らせていたのじゃ!


「す、すまなかった、故意ではない⋯⋯⋯⋯“ランダム・テレポ”ォォォォォオ!」


 謝罪を告げる言葉とは裏腹、わたしの口は反射的にスキルの名を唱えていた。

 こんなに恐怖を感じたのはいつぶりだろうか、幼少のころ、お母様愛用のデザート皿で城近所の野良猫にエサをやっていたのが発覚した以来じゃろうか。


 自然と、まぶたがぎゅっとしまる。

 それほど男の発するプレッシャーに気圧されていたのだろう。


 そして目をあけたそのとき、わたしは“黒”と“緑”の髪色をしたふたりの少年が肩を並べて歩くその頭上に、その身を飛ばしていたのだった。

           ――*――


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