4ページ:激戦
1/24、後書きを変更しました。
森の顔が違う。こわい。
(俺の知ってる、あのあったかくてイキイキとした森じゃない)
いつもだったら小鳥やウサギなんかのちいさな動物たちが、俺たちを迎えにひょこっと来てくれるのに。
面影が、どこにもない。
こもれびに輝くあの茂みは色をなくして、子守唄のように優しかった木々のささやきが、鼓動を駆り立てるざわめきみたく、俺の胸をぐっとしめつける。
小さい頃からヒョンキチと、『おーーーいデン、虹色のキノコ見つけたぜっ!』、『ヒョンキチぃ!?キノコってより火の粉、それ喰ったら三日はトぶヤツぅ⋯お腹が大炎上ぅぅうッ!』なんてきのこ狩りや薬の素材採取なんかをしてきた、かおなじみの場所が。
あの男が、(あの男が俺たちの森を、一瞬で魔境に変えてしまったんだ)
俺はグッと拳をにぎりしめながら、やりきれない気持ちと強い怒りを感じていた。すると、
「少年ら、一度ここで息を整えさせておくれ」
マオちゃんはそう言って大樹にもたれかけながら、俺とヒョンキチをそっと地面におろした。
それから深い息をはいて、言葉をつむぐようにして言う。
「かの者の雷も届かぬはず。この、大樹に囲まれた森であれば。
しかしそう時間が稼げるとも思えん。その気になればこの森を焼き尽くすことなど造作もないはずだ。
かの者の力が、伝承通りであれば」
「かの者?それって」
「あの男はいったい何なの?」
マオちゃんが、魔王様が逃げ出すほどの存在だ。
俺は本でしか世界を知らないけど、そんな相手は神様くらいしか思い浮かばない。
だけど、あの男の顔つきは絵本の悪役のそれそのものだった。
ってことは、悪い神様⋯⋯?
なんて、自分でだした結論に(バカげてる)と首を横にふると。
「うむ。“天魔の王”⋯⋯といえばわかるかな」
「「“天魔”!?」」俺とヒョンキチの声が重なった。
「そんな」
「それって物語の中の存在じゃあ」
だけど、確かにいた。
魔王様が逃げ出すほどかはわかんないけど、とびっきり強力な、悪役の中の悪役が。
おとぎばなしをはじめ、数々の物語に出てくる“キャラクター”が。
「うむ。しかし現実に、かの者は実在していた。
なぜなら」
とマオちゃんが何かを言いかけると同時『この“天魔の王”から逃げ通せると思うか女ァァァァア――!』大樹の上から声が、轟々と森の木々を揺さぶる。
俺とヒョンキチは思わず「「ひぃッ」」と頭をかかえてしゃがみこんだ。
すると、マオちゃんは指を一本立てて、深刻そうに言う。
「のう、あの男が“天魔の王”なのじゃ」
「「そうみたいだねぇぇえ」」
いや、あの男のいいぶんを信じるなら、だけれどもだ。
とはいえ、こんなバカげた現象を次々と起こすんだから、こんなのもう信じるしか他ない。
それとうすうす感じてはいたけど⋯⋯この魔王様は、(きっと天然さんだ)
男の声は続く。
『いいか女、俺様は寛大だ。一分くれてやる。
その間に姿を現さねば』
――どうなるかはわかるな――。
瞬間、マオちゃんがギリッと歯をくいしばる音がした。
睨みつけるように、大樹のその上を見るようにして。
どうしよう、と俺とヒョンキチは目を合わす。
森の外にでれば“天魔の雷”の雨が、だけど中にいたって安全なんてもうどこにもない。
それならいっそ――、と妙案に思い立ったとき、
ささやくような吐息が、俺とヒョンキチの耳をくすぐった。
「すまぬ。少年ら、すまぬ」マオちゃんが俺たちふたりの肩に手を回して、ぎゅっと抱き寄せたんだ。
それはふるえる声、だけど力強い声で。
「ここにいるのじゃ。
これは元よりわたしがまいた種。
こわい思いをさせて、子供に、すまなかった」
「「マオちゃん」」
そう言ってマオちゃんは俺たちをやさしく突き放す。
それから、ゆっくりと顔をあげると、やさしくほほえむ。
(⋯⋯⋯かーさんの目だ)
俺が、冒険に出ることを初めて話したときの、かーさんの目に似てる。
どこかさみしげで、それでいて覚悟を決めた目。
とりつくろうことも、フォローの言葉も、何もかも許さない目。
声がノドを通らない。
するとマオちゃんはその表情をいっさい崩すことのないまま、体を横に向けると、森の入り口に向かって足を踏み出そうとする。
その体が前傾姿勢になるそのとき、
そのふるえる手を、俺はいつのまにかギュッとつかんでた。
ヒョンキチが言う。
「待った、待ったマオちゃん! 理由はよくわかんねーけど、アイツはマオちゃんを狙ってんだろ!?」
「そうだ」そのほそめた目は、森の入り口を向いたままだ。
「そんでマオちゃんが隠れたままだと森に被害がおよぶ!
だけど、姿を現したところでマオちゃんが助かるわけじゃねえ、そーなんだろ!?」
「⋯⋯そうだ」
「それなら、んーーならオレらも一緒に連れてってくれやッ!」
「な、何を言い出しておる」
やっと俺たちを見た。
その目は動揺からか、かっぴらくように大きくひらかれてる。
ヒョンキチは何も答えない。
そのまま、無言でこっちを見る。
俺はちょっとだけ頬をゆるめると、「さすが相棒、俺もそー考えてた」目にグッと力がこもるのを感じながら言った。
さっき浮かんだ妙案だ。
アイツ――天魔の王の要求に応えつつ、マオちゃんを魔の手から救う方法。
そんなの普通の人なら、一年前の俺たちだったらなす術もなかった。
だけど、今のヒョンキチなら、ヒョンキチのスキルなら⋯⋯⋯一か八かに賭けてみるだけの価値はある!
それに冒険を決めた時から、いや、その前から決めてたもんね。
「おうよっ」と俺にうなずいたヒョンキチは前を向くと、やっとその質問に答える。
「んなもん聞くなよマオちゃん。
あのな、目の前でつまんねぇ顔してる女くれえ――」
そうだ。たとえ、世界中の人を笑顔にする物語のよーなヒーローにはなれなかったとしても。
「“――ぜんりょくで、笑わしちゃええっ!”ってなあデン!」
「うん! マオちゃん、時間がないから説明ははぶくけど、今はヒョンキチを信じて欲しい!」
「じゃ、じゃがしかし」
「じゃがもいもも言ってる場合かよっ。オレらを信じて、行こうぜマオちゃん!」
タイムリミットまできっともう10秒前後。
だけどあの走りなら、まだじゅーぶんに間に合う距離だ。
「少年ら」
マオちゃんはぐっとマブタを押し込むように強くとじる。
それから、意を決した顔で俺とヒョンキチの後ろ首をつかむと、
「行くぞ⋯⋯頼むぞヒョンキチ、デン!」
「「おっけーーーーーっ!」」
「うむ⋯⋯全力ダッシュじゃぁぁぁぁぁあ!」
「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!」」
視界もろくにとれない暗闇の道を、マオちゃんは疾風のように駆けぬける。
俺とヒョンキチの体を、まるで長すぎたマフラーのように宙ぶらりんにがたがたと揺らしながら。
数秒後、俺たちは荒れ果てた、草原だった場所に立っていた。
すこしはなれた背後には鬱蒼と立ちならぶ大樹の森。
そして冷たいひとつの視線が高みから見くだすなか、マオちゃんは両脇に俺たちをかかえなおす。
『女ァァ⋯⋯覚悟はできたようだなァ』
半裸の男が、天魔の王らしいその翼を持つ男は、マオちゃんの姿を確認するなり頬をゆがめてそう言った。
マオちゃんは口を閉ざして、堂々と立ってまっすぐに男をにらむ。
すると、男が天に向かって手をかかげた。
黒く稲光がはしる空に、男の引きずるような金髪がキラリと光って見える。
そしてその細く引き締められた腕が振り下ろされる――すんぜん、ヒョンキチが声をあらげる。
「待った!待った待った!
なあおにーさん、マオちゃんが、アンタが狙う女が姿を現したんだから! 森には手を加えないんだよな」
『ああ⋯?』男は目をほそめた。
『小粒で目に入らなかったがガキがいたのか。
そうだ小僧、俺様は寛大だ。森には手をつけずにいてやろう』
すると男のその、ガキと小僧呼ばわりにカチンと来たように、ヒョンキチは鼻をふんっと鳴らすと、手のひらをふって悪態をつく。
「よっしゃこら言質はとったかんなこのヤロー。
つーーか“天魔の王”なんざ名乗るなら、約束をやぶるようなマネはすんじゃねぇぞこのクソほそマッチョがあああッ!」
いや、気持ちはわかるけど必要以上に挑発すんなよバカ⋯⋯。
「あとぉぉぉぉ、――誰が小粒じゃぁあ!こんの、物干し竿がぁぁぁぁぁあッ!」
マオちゃんがポカンと口をあんぐりする。
いや、男もまた、口をポカンとあけてあぜんとしている。
そして、
『ク、クソ細マッチョだァ⋯?』ショックを受けた表情で、自分の二の腕を見る“天魔の王”。
『⋯⋯小虫風情が、キサマの身を守る約束はしとらんぞォオオオオオオ――ッ!』
「――ッ!」
ブチギレた男が、その腕を振り下ろしながら「【天魔の火】」と唱えると、まるで火山が噴火したような炎が俺たちの足元から噴き出した。
けど、ここまでは予定通りだ。
ヒョンキチが挑発してアイツがそれにノッてきたら、その瞬間マオちゃんはダッシュで下がる。
「「――走って!マオちゃん」」
そしてここからは、ノンストップで逃げるのみ。
『そう何度も逃すか小虫がァァァ!』
怒り沸騰の【天魔の火】が俺たちに追従するように地中から火柱を次々とあげる。
マオちゃんはよける。ヒョンキチが指示を出す。
右に左にと、あえて遠回りをしながら、ひたすらにその二本の足を回し続ける。
そして、狙いをさとられないように、それでいて俺たちの姿をはっきりととらえられるようにして、森との距離をゆっくりと確実にちぢめていく。
(そろそろ、かな)
森の大樹がほど近くなり、五本目の炎が俺たちの足元の地面からせりあがる寸前、ヒョンキチはもう一度挑発するように声をあらげる。
『おいこら“天魔の細腕”! お遊びはここまでにしといてやらあッ!
んじゃ、
またなッ!」
それと同時、ヒョンキチは男にさとられないように「【透明化】」とつぶやいた。
俺たちの体が景色と同化したとき、天に向かって遡った火柱のその熱が俺たちの背中に切迫する。
そして、
しゅんっ、と擬音が鳴りそうな勢いでマオちゃんは俺たちをかかえて地中にみをかくした。
れいの、魔王様でさえハマった落とし穴。ヒョンキチによる土魔法の、即席バージョンだ。
俺は「【風よ集え】」と風魔法を使って落とし穴の中に風の層を作ると同時、その上に周囲の、雷によって飛び散った土を不自然なくえぐれたように風で運ぶ。
そして火柱がなりをひそめたそのとき、今度は男が声を荒げる。
『女ごと、消え去っただとォ!?ウガアァッ、何をした小虫ィ、クォォォォォどこに姿をくらませたァァァァァァ!』
俺たちは予定通り、一切の動きをふーじて、息の音ひとつもらさないよう地中で息をひそめる。
(おしえないよーだバーカ)
俺とヒョンキチは片手で自分の口を、伸ばしたもう片方の手でマオちゃんの口を重ねるよーにフタする。
マオちゃんはぎゅっと守るように俺たちの顔をその胸に押しつける。
ちょうど土壁に頭を置いてあおむけになったマオちゃんが、俺たちをお腹に乗せて抱きしめるように。
透明化――、それはヒョンキチの持つスキル。
文字通り肉体を透明にする便利な特殊能力。
だけど欠点もふたつある。
ひとつは前にもいったように、足音や、たとえば移動によって巻き起こる砂埃なんかを透明化することはできないこと。
そしてもうひとつが――。
(ばーかとか言いましたけどもぉ!そこは頼むよ“天魔の王”様ぁぁぁ。
広範囲型攻撃魔法とかやめてね!?やつあたりとかなしだからね!?
約束は、守ってくれるんだよねーーーーーーーッ!?)
との俺の心の叫び声がしめすとおり、いくら姿を透明化したところで攻撃魔法が直撃すれば一巻の終わり。
おーまいがーのげーむおーばー。
これが結界魔法や普通のドアなんかだとすり抜けられるんだけど、攻撃魔法を回避することはなぜかできないんだ。
その対策として、森の近くで地中に身を隠したわけなんだけど。
⋯⋯穴のふさぎかた、不自然じゃないよね?いやだいじょーぶ、イタズラの後始末に関しちゃ俺とヒョンキチの横に出るものはいないはずだからっ!
それにあの男がなんらかの魔法やスキルで近くにいる人を見つけることができたとしても、“透明化”の効果でそれはふせげるはず。
なんせ激怒したかーさんや村人たちのヘビのよーに鋭い追跡から、数えきれないほどの奇跡の逃走をものにした、俺たち“悪ガキさくらんぼ”のオハコ技なんだから⋯!
と、言い聞かせるようにして祈ること。体感で数十分。
投げたサイは吉の目を転がした。
『まァいい、次に女が魔法を発動したその時こそが、天魔の王の恐怖を味わう時となるだろう』
――――アッハッハッハ!
男はくるったように高笑いをあげると、指先ですっと空間を裂いた。
そして、その裂け目にその二色の翼をはためかせて消えていく。
針のような空気穴から、マオちゃんはそれを見る。
終わりのときは、思ったよりもあっけなく過ぎた。
だけど、これで一難さったか、と俺はおでこの汗をローブのソデでぬぐう。
――うわっ、あれだけ苦労して手に入れたいっちょうらなのに⋯!泥まみれだし、スソなんて真っ黒だ⋯⋯。
破けてはないよねどこも、ああ⋯⋯よかったあ。
なんて、落ち着きを取り戻したいま、自分たちの置かれていた状況をやっと頭が理解してきた。
そして、
「「ふ、ふぁぁぁぁぁあ!こわかったあああああああ!!!!!」」
落とし穴からマオちゃんが飛び出たしゅんかん、俺とヒョンキチは背中合わせで地面にどさっとすわりこんだ。
俺は言う。
「にしてもさ、普通あの状況であっこまで挑発するかヒョンキチおまえ?まじでバカじゃないのこいつぅっ!って思ったよ俺わ」
「いやいやいや、大活躍したオレ様とおんなじような顔して汗流してるけどよぉデンくん、キミは今回なんの役にも立ってねぇからな?
始まりから終わりまで、おまえの立ち位置は“マオちゃんのワキのお荷物”でしたからぁ――ッ!」
ギャハハハっ!と憎たらしい声で笑うヒョンキチの頭を、俺はばっと振り向いて思いっきりパーでしばく。
こいつ、ひとがひっそりと気にしてることを――!まったく、ズケズケと言いやがって!
「しょ、少年ら?喧嘩はその、よくないのじゃぞ?」
「あーマオちゃん気にしないで、いつものことだから」
「そーそー、デンはすぐに俺の頭をたたく」
プクククッ、と何がおかしいのか、ヒョンキチがツボったよーにふきだした。
それを見て、きょとんっとした顔のマオちゃんも、「そうか」と言って笑った。
ふふふっ、と。
なんだか俺も、おかしくなってきちゃったよ。
暗雲がさった、あったかいお日様の日差しに照らされた草原地帯の真ん中で、俺たちは3人で思う存分息をそろえて笑いあう。
マオちゃんとは今日出会ったばっかだけど、なんだかずーっと前から一緒に冒険してきた仲間のようだなあ。
と、そういえば。
「⋯⋯冒険、かあ。そういや俺たち、ついさっき村を出たような」
「それだぜデン!それそれ。 俺ももうなんかよ、自分が歴戦の冒険者だった気がしてきたぜ!」
「歴戦、かはともかく、わたしたちがいっかいの者では得がたい経験をしたのはたしかじゃろうな。
なにせあの“天魔の王”と正面からあいまみえ、無事生き延びたのじゃから」
マオちゃんが神妙な口ぶりでいう。「ありがとう、少年らのおかげだ」と。
そっか、確かに俺たちはおとぎばなしの中の存在と、まがりなりにも戦ったんだよなあ。
あれが本当に本物の“天魔”なのか。
もしそうなら、どうして今になって姿を現したのか。
そして、マオちゃんは何があってそんな存在に追い回されてたのか。
気になることは山ほどある。
んだけどもまあ、とりあえずいまは。
「ねえマオちゃん、うちの村に来ない?俺もう疲れた」
「オレもだ疲れたや。 いっかいウチに帰ろうぜ」
「う、うむ。よいのか?と言いたいところだが、そうだな。
わたしも正直精魂尽き果てるほどに疲れたのじゃ。
ここはお言葉に甘えたい」
もちろんうぇるかむだよ。むしろ来てくれないと困る。
ひとりでほっとくなんてありえないし、このまま一緒にどこかを目指して歩くなんてのもありえない。
つい数分前まで、魔王様だからって距離を取ってたのがバカと思えるくらい、マオちゃんは俺らの恩人で⋯⋯たぶん仲間なんだから。
それにもーーー歩けないから。もちろん疲れて。
「んじゃ、けーるか」
マオちゃんの同意を得て、ヒョンキチがもっそりと立ち上がると、俺らふたりもそのあとに続く。
そうと決まれば帰路に着くわけだ。けど、誰も喋りたがらないから、さっきまでの喧騒がウソのよーに静か。
俺は下を向きたがる首を無理やりあげて、ちらっと太陽を見る。
村を出たときとおんなじ位置で、らんらんと輝いてる。
――まさか、冒険を初めて十数分で帰宅することになるとわ。
村のみんなになんていおっか。
だけどまあ、物語のような英雄の凱旋とまではいかないけど。
時間のわりには、濃密すぎるほどの“大冒険”になっちゃったもんなあ。
こうして三人はぶじ村に一時帰還し⋯⋯ないようです。
次話はヒョンキチ視点からはじまります。
読んでください!よろしくお願いします!!




