第四十話
セバスチャンに連れられてやって来たのは、高級ホテルのロイヤルスイートだった。
冒険者の使う宿とは宿泊料が文字通り桁違いだ。
セバスチャンの主は、ここの最上階のワンフロアを借り切っているという。
バララエフは露骨に面倒くさそうな顔をしている。
フェリシアは静かに考え込んでいるし、リーリエは何も考えていないように見える。
タチアナとエルミーヌは相手が上位貴族かなにかだと思ってやや緊張ぎみ。
セバスチャンによって扉が開かれ――好奇心旺盛なその目をランランと輝かせて、その少女は椅子に腰掛けて俺たちを迎えた。
フェリシアが息を呑み、しずしずと膝を折り顔を伏せた。
ハイ正解。
僕もフェリシアと同様に跪く。
バララエフとリーリエ、タチアナとエルミーヌも僕たちに習ってみな跪いた。
「楽にして構いません。呼びつけたのはこちらですし、ここへはお忍びで来ています」
じゃあ、と俺は立ち上がる。
目がバッチリと合った。
ヒロインのひとり、間違いない面影がある。
セバスチャンを側に控えさせている辺りで確定しているが、改めて確信する。
「私の名は――」
お忍びで来ているので名乗るに名乗れないのだろう。
小首を傾げて固まってしまった。
仕方がないので先を続けてやる。
「お初にお目にかかります、シャルロッテ王女」
「あ、お忍び……」
「しかしこの場には貴族の子が僕を含めてふたりいます。私はご尊顔を拝見するのは初めてですが、フェリシアとはお会いしたことがあるのでは?」
観念した様子で、シャルロッテ王女はフェリシアに向き直る。
「ええと、はい。お久しぶりです、フェリシア」
「お久しぶりでございます、シャルロッテ王女」
「でもでも、身分のことは本当に気にしないでください。お忍びなのは本当ですし、是非とも忌憚のない話を聞きたくてお呼びしたので」
それは本当のことだろう。
シャルロッテの母親は魔族に殺されている。
同い年の僕が魔族をふたり斬り殺していると聞いて、いても立ってもいられず時間を作ってこのような場を設けたのだろう。
「私は同じ歳の少年が魔族と斬り結び、あまつさえ二体の魔族を討ち果たしたと聞いて驚いたのです。どうしてそのような歳で強くなれたのですか? 才能や努力はもちろんあるのでしょうけど、それにしてもあまりに異質です」
「それについてはある特別な修行方法を取り入れています。僕が強いのはそのお陰。もし王女様が強くなりたいと望むのならば、私の側にいることでその訓練を受けることができます」
「その特別な修行方法とは?」
「申し訳ありませんが、説明が非常に難しいのです。こればかりは実際に体験していただくしかありません。それとこの修行方法を受けていることは他言しないように言い含めております」
「そうなのですか……」
シャルロッテ王女がうなだれる。
反対にバララエフが興味深そうに口を開いた。
「ロイク、その修行方法とやらは一体、どのようなものだ?」
「実はフェリシアとリーリエには施しています。が、具体的なことは秘密です」
「なるほど。リーリエの剣の伸びが良いと思っていたが……そうか、ロイクが一枚噛んでいたか」
納得した、といった風情でうなずくバララエフ。
シャルロッテ王女は意を決して僕を見た。
真っ直ぐな瞳は、彼女の強い決意の現れだろうか。
「分かりました。私は自由の効く身分ではありませんが、ひとつだけ自由にできることがあります」
知っている。
メインストーリー通りならば、その手札を切ってくるはずだ。
「未来の伴侶を選ぶ権利。政略結婚の駒となるのが本来の王族の責務ですが、私は父からそれを免除されています。ロイク、私の伴侶となってくださいますか?」
「……その前にお伝えしておかなければならないことがあります。実はこのフェリシアとリーリエとは婚約関係にあるのです」
「!! ではそこに私が割って入ると……」
「はい。シャルロッテ王女を第一夫人として迎え、フェリシアを第二夫人、リーリエを第三夫人として序列を並び替える必要ができます」
シャルロッテ王女は伺うようにフェリシアを見る。
フェリシアは邪気のない笑顔で言った。
「もちろん歓迎いたします、シャルロッテ王女。私は第二夫人となっても構いません」
リーリエも「私は妾でも構わないのです!!」と言い切った。
シャルロッテ王女はふたりの言葉にうなずきを返し、再び僕を見た。
「では私はこれよりロイク・ルークエンデの婚約者です。婚約者なのですから、一緒にいることは不自然ではありませんよね?」
「はい。シャルロッテ王女がお望みでしたら」
「セバスチャン。そういう仕儀となりました。父には使いをやってください。私はこのままロイクと一緒にルークエンデ領に向かいます」
「はっ」
第三のヒロイン、シャルロッテ王女。
最も接触するのが難しく、最も今の僕たちに必要なタンク要員。
彼女を得たのは大きい。




