149話 馬鹿ね!?
ここはジロー商会の本拠地とも言える次郎衛門の屋敷の一室だ。
今この場には次郎衛門の呼び掛けによって関係者一同が集っている。
「どうしたのよ? わざわざ商会の主だった連中を全員集めるだなんて」
フィリアが次郎衛門へと訝しげに問いかける。
この場には次郎衛門を始めとしてフィリア、アイリィ、ピコ、パンダロン、アイラといったパーティーメンバーだけではなくジロー商会のメルやエリザベート達エージェント、そして最近従業員となったタコさん人魚ちゃん姉妹まで揃っているのだ。
商売は今の所順調で特に問題もない筈である。
それにも関わらず次郎衛門は本日の全ての業務を停止してまで全員の召集を掛けたのだ。
疑問に思わない方がおかしいだろう。
「なぁ。何で俺は呼び出されているんだ? 別にジローのところの従業員って訳じゃなんだが」
何時の間にかラスクの街へと帰還していたパンダロンは困惑した表情だった。
さり気なく次郎衛門の身内として扱われている事に不安を隠す事なく醸し出している。
ちなみにパンダロンと嫁のメアリーが帰還した際にはパンダロンは即身仏のようにやせ衰え、逆にメアリーは妙にツヤッツヤであったらしい。
どうやら行方不明中に女盛りであるメアリーさんにがっつり絞り取られ過ぎたのだ。
このままでは死ぬとパンダロンは助けを求め命からがら何とかラスクの街に辿りついたというのが彼等の帰還の真相だったようだ。
まぁ、ラスクに帰還して無事に保護されたとは言え彼等は現役続行中の夫婦である為、問題の根本的な解決には至っていないのだろう。
今日もパンダロンは目の下にクマを作ってやつれ気味だとか言ってみる…… 白熊だけに。
「何アホな事言ってるんだよ。おっさんはもう俺達のパーティーメンバーの一員だろ?」
どうやら修行パート前に宣言していたパーティー入りの話は本気だったっぽい。
まぁ、パンダロンも修行のお陰で白熊モードに移行すればエージェント達を凌駕する位の実力はある。
次郎衛門の足を露骨に引っ張るという事はないだろう。
「お、俺がSランクパーティーの一員に?」
「おう! 何時か生れて来る子に誇れる親父になるんだろ? 行く行くはおっさんもSランクになっちまおうぜ!」
「そうか…… そうだよな! 俺はやるぞ!」
結構あっさり説得されるパンダロン。
そんなんだから何時も次郎衛門に振りまわされるのだと思わなくもない。
まぁ、本人がやる気を出しているっぽいのでこれはこれで良いのだろう。
「さて、本題に移るぞ。皆に集まって貰ったのは他でもない。どうやら街には不審者が増えているみたいなんだよな」
「みたいってなんなのよ?」
「それなんだけどなぁ」
そして次郎衛門は語り出す。
連日大繁盛中なタコさん人魚ちゃん姉妹の公演なのだが、どうやらその中に見知らぬ者達が増えていると気が付いたらしい。
次郎衛門に見覚えがないからといって何故それが不審者と言えるのかについては誰も疑問を口にしない。
そういった面においての次郎衛門への信頼度は絶大なものがあるっぽい。
次郎衛門がはっきりと断言しない理由はその不審者とやら達は特に何をするでもなくタコさんと人魚ちゃん姉妹のステージに熱狂しているだけの今のところは貴重なお客さんであるからだ。
まぁ、この世界では浸透していない衣服である作務衣を常に愛用しており見るからに不審者な次郎衛門に不審者扱いはされたくないとは思うが。
「私達の所為でジロー様にご迷惑を?」
次郎衛門の言葉を聞きタコさんが露骨に落ち込む。
人魚ちゃんはともかくタコさんは次郎衛門の為に毎日頑張って営業しているのだ。
それがむしろ次郎衛門を困らせてしまったとなればタコさんでなくても落ち込むだろう。
「ああ、悪い。別にタコさんを責めている訳じゃないんだ。というかあるタコさんのお手柄なんだ」
「どういう事よ?」
別に次郎衛門はタコさんを慰めようと言っている訳ではない。
元々ラスク近郊には邪竜の信徒らしき連中がうろうろしているという話はあったのだ。
それらはわざと派手に行動して辺境伯達の目を引きつける為の囮で本命は魔王の持っている最後の鍵を狙っているのではないかと予想をしていたのだ。
だが、囮と思われる連中が激増している影で決して目立たずに地味に工作を行っている者達もいたようなのだが…… そういった連中ですらタコさん人魚ちゃん姉妹の公演に夢中になってしまっているらしい。
邪竜の復活は連中にとっては600年来の宿願である筈だ。
それなのにほったらかしで若い女の子達に夢中になっているっぽい。
「何というか…… 馬鹿ね」
フィリアが溜息交じりに呟く。
「ああ。馬鹿だよなぁ」
次郎衛門も同意する。
まぁ、実際に邪竜が猛威を奮ったのは600年も昔の事なのだ。
その当時の信徒達にとっては救世主だったのだろう。
だが、既に多くの信徒達にとっては御伽噺の中のお話に近い感覚でいまいち現実感がないのかも知れない。
「しかし放置しておく訳にもいかんだろ。という事でエージェント連中は、通常業務をしばらく停止して奴等の監視をしてくれ」
「了解しましたわ」
次郎衛門の指示に素直にエリザベートが返事をし、他のエージェント達も文句を言う事無く頷く。
エージェント達の業務を停止すればジロー商会としての利益はそれなりに減る。
それにも関わらず誰も文句を言わないのはエージェント達の目的が金銭ではないからだ。
街の気の良い便利屋さん的なポジションを築きあげた彼等が活動休止となれば今まで頼りにしていた街の住民は困るだろう。
ひょっとしたら苦情が出るかも知れない。
だが事が事だけに事情の説明も出来ない。
信頼を築くのは大変だ。
しかし失うのは簡単だ。
そして失われた信頼を取り戻すのは築くよりも大変な事だ。
それでも尚、エージェント達は迷わない。
暗闇の中から救い出してくれた次郎衛門への恩に報いる為に。
人の魂を持ちながらも人在らざる者へと成り果てた自分達。
そんな自分達を気持ちよくを受け入れてくれた街の人々の為に。
例え人々に嫌われようとも。
とまぁ、散々エージェント達の想いを代弁するかのように書き連ねて来た訳ではあるが、ここいらで一つ謝らなければならない事がある。
実はエージェント達が迷わない云々という話は嘘だという事を。
これだけ引っ張っておいて嘘なのかよ! と、思ったかもしれない。
申し訳ない。
彼等がそれっぽい雰囲気を醸し出しつつ演技していたので思わず釣られてしまったようだ。
一応全部が嘘という訳ではない。
そういった理由も確かにあるにはある。
しかし主な理由は何だか面白そうだからこっちの方が楽しめそうだというものだったりする。
彼等は死んでから200年もの間、暗闇の中でスケルトンに成り果てて、それでも尚、次郎衛門との邂逅時にもポジティブにふざけまくっていたのだから。
高々半年程度、人と共に暮らしたからといってそんなに簡単に変わったりはしないようだ。
さて、話を戻すとしよう。
「それでも人員は全然足りないんじゃないの?」
「そうなんだよな。基本的にうちの連中は少数精鋭だからなぁ」
フィリアの問いかけに頭を悩ませている次郎衛門。
単純な命令ならばマンドラゴーレムでも可能なのだが、今回の様な臨機応変に対応しなければならない場合にはマンドラゴーレムでは厳しいものがあると言える。
そこで一人のおっさんが立ち上がる。
妙に張り切った様子で立ち上がる。
「となるとここは俺の出番のようだな」
その声の主はパンダロンであった。
「おお? おっさん何か良いアイディアあったりするのか?」
「ああ。こんな時に役立ててこその冒険者だろ? 俺はこの街の冒険者達には顔が効く。口の堅い連中を見繕って雇えば対応出来るだろうよ」
「おお…… おっさんが頼もしく見える……」
次郎衛門の所為で散々な目に遭い続けてパンダロンだが、その実力は世間的に見れば超一流だ。
基本的には面倒見も良くこの街の冒険者達の良き兄貴分的存在でもあるのだ。
ラスクの冒険者ギルドの次期支部長候補でもある。
そんなパンダロンならば今回の件に丁度良い冒険者を選別するのに適任だろう。
「良し! んじゃ、人選はおっさんに一任するぞ。冒険者達への依頼料に関しては街の、いや、世界の一大事な訳だし辺境伯か王様から分捕って来てやるから心配しなくて良いからな!」
こうしてジロー商会主導の元、ラスクの街は密かに厳戒態勢に突入していくのであった。




