150話 目があああああああああ!
本日は久しぶりにギルドへと依頼を探しにやって来た次郎衛門達。
厳戒態勢に入ったんじゃないのかよ、と思うかも知れないが一般の住民には悟られないように隠している。
次郎衛門達が露骨に厳戒態勢など取っていようものなら、何の為に隠したのか分からなくなる。そんな訳で次郎衛門達の極力普段と同じ様な行動をとっていたりするのだ。
そんな次郎衛門達の耳に悲鳴にも似た絶叫が飛び込んで来る。
「目がああああああ! 目が腐るうううううううう!」
受付の前では数名の冒険者らしき者達が顔面を押さえのた打ち回っていた。
そして受付のカウンターには見慣れた人物が見慣れない格好で佇んでいた。
「うお! パンダのおっさん!? 何て格好してやがるんだよ! 新手の精神攻撃か何かかよ!」
「げ!? ジロー!? 何でお前がこんな所に!?」
次郎衛門の言葉通りそこに居たのはパンダロンだった。
ただし、その格好が普通ではない。
何故かパンダロンは女性職員用の制服を着ていたのだ。
最近は多少やつれ気味とは言え全身を無駄なく鍛え上げられたおっさんの女装姿。
当然の様に無駄毛の処理なんぞしている筈もない。
スネ毛ボンバボンのおっさんが醸し出す破壊力は筆舌にしがたいものがある。
普段からパンダロンに対して何の容赦も見せないアイリィですら嫌そうな顔をして若干後ずさっている程だなのだ。その破壊力推して知るべしといったところだろう。
「決めたわジロー。私はこの世界を滅ぼす事に」
「ちょ!? いきなり何言いだしちゃってんの!? 一体何処のデス○サロだよ! 今のフィリアたんなら出来るかも知れんけども! 俺達どっちかと言えば世界を守る方向で動いて筈だろ!? ちょっと小汚いもの見せられたからって先走るなって! でもフィリアたんがお望みなら俺の先走り汁はプレゼントするぞ!」
フィリアは我儘でこそあるが年齢や容姿といった事以外に関しては割と寛容な部分もある。
その事は未だに次郎衛門に愛想を尽かさずに共に行動している事からも伺う事が出来る。
そのフィリアが視界にパンダロンを捉えた瞬間にこの結論である。
相当イラっとしたのだろう。
そして次郎衛門も何とかフィリアを宥めようとしているものの、焦り過ぎたのか最後の方はただのセクハラになってしまっていた。
「うっさい! 何時私があんたの汁なんて欲しがったのよ!」
「あ痛! 暴力反対! 先走りで不満なら本気…… 痛! ご、ごめ! 悪かったって!」
「マスター! 私はマスターの本気汁を希望します!」
「うるせぇよ! 俺の汁はフィリアたん専用だっての!」
「パパー! アイリィも欲しい!」
「お、おおう? アイリィたんにはまだちょっと早いかなぁ」
「うっさいわ! いい加減に汁の話から離れなさいよ!」
結局は止めていた筈の次郎衛門の方がフィリアよりも暴走し始め、最終的にフィリアが引っ叩いて何とか次郎衛門の暴走を止める。
これがフィリアを冷静にさせる為の次郎衛門の策であるならば大した物なのだが、多分次郎衛門はそんな深い事まで考えてはいない気がする。
「んで、おっさんは何で受付嬢なんてやってんだよ」
「俺だって好き好んでこんな事してる訳じゃねぇよ!」
そう言ってパンダロンは溜息交じりに語り出す。
元々の発端はパンダロンがメアリーと共に行方不明になった事でギルドが人手不足となったらしい。
それでも普段から世話になっているパンダロンとメアリーの分までサラが頑張っていたらしい。
ところがそのサラさえも次郎衛門が海での水着要員として拉致ってしまったのである。
これによって致命的に人手不足となり、支部長までもが受付に立つ羽目になったようだ。
ここで就業規則が支部長に襲いかかる。
受付に立つ者はギルドの職員用の制服を着用する事が義務付けられていたのだ。
しかし普段は割とフォーマルな服でふんぞり返っている支部長は制服など持ってなかった上に元A級冒険者のゴツイ体格を誇る支部長の体に合う男性用の制服など在庫がなかったのだ。
だが何故か支部長にジャストフィットするサイズの女性用の制服はあったのだ。
そんな物を一体誰が準備していたのかと思わなくもないが、これが支部長にとって最大の悲劇だった。
後の流れは何となく察して貰えるだろうか。
男性用がないならなくても良いかとそのままの格好で受付に立とうとしたところ、ここぞとばかりに職員達が猛反発、職員達の迫力に押し切られ結局支部長は女性用の制服姿で受付に立たされたらしい。
その姿は何故か今のパンダロンの様に見た者の精神を破壊するといった様な事はなく、今は亡き支部長の妻のエカテリーナさんの若い頃を彷彿させる程素晴らしいものだったらしい。
ぶっちゃけ彷彿させるというよりエカテリーナさんそのものという証言もあるので、ひょっとしたら以前に支部長を迎えに来たままずっと傍で見守っている可能性も無きにしも非ずだ。
結局パンダロンが保護されるまで支部長は受付に立ち続けたらしい。
その事を根に持った支部長は「お前達の所為でこんな目にあったんだからお前もやれ!」と、パンダロンに対して強権を発動、これを何故か職員達がノリノリで賛成という後押しをした結果、受付に訪れる全ての者に平等にトラウマを植えつける恐るべき中年の女装男死が爆誕したという訳だ。
「そんな訳でこのざまだ」
非常に苦々しい表情でぼやくパンダロン。
旦那がこんな有様で嫁のメアリーは平気なのかと次郎衛門が視線を巡らせてその姿を探してみれば……
居た。むしろニコニコと満面の笑みでこちらの様子を伺いながらもテキパキと仕事をこなしているようだ。
どうやらメアリー的にはパンダロンの女装は全然有りのようである。
これもきっと愛の成せる業なのだろう。
「まぁ、何というかあれだな。どんまい」
「うるせぇよ! 元々はお前がサラを拉致らなかったらこんな事にはなってなかったんだよ! 新婚旅行から帰った途端に女装させられる羽目になった俺の身にも――――― ごはあああああ!」
若干涙目で必死に辛さを主張していたパンダロンは最後までその台詞を言う事が出来なかった。
フィリアの拳が顔面を捉えたからだ。
「事情は分かったわ。でもね。女神たる私に不浄な物を見せつけた罪は償って貰うわよ」
そう言い放つとフィリアは無情にも再びパンダロンの顔面へとその拳を突き刺した。
それは次郎衛門が介入する間もない程に早技だった。
こうしてパンダロンは両目の周りに青痣を作る事となり、久しぶりにパンダっぽい見た目になったのであった。




