112話 人をゴキブリかお化けみたい言うなっての!?
ここは辺境伯の屋敷にある様々な打ち合わせ等に使われている会議室だ。
今この場にはラスク辺境伯であるグロリアス、冒険者ギルドの支部長であるガイアス、そしてジロー商会の責任者を任されているメルが打ち合わせを行っていた。
打ち合わせの内容はジロー発案で作る事が決定した冒険者育成の為の新学校についてだ。
既に校舎の施工は始まっている。
300人超えるドワーフの職人達が春までには校舎を完成させる予定だ。
作るのは校舎だけではない。王国中から集まる生徒達を住まわせる寮も必要だし、それらの生徒を対象にした店なども合わせて建設している。もはやその規模は単なる学校の新設などという規模に収まるものではなくラスクの街の大拡張とも言える一大事業にまで発展しているのである。
次郎衛門の計画では30名のエージェント達で面倒見切れる程度の生徒数で人数も1学年100名程度といった規模を想定していたのだ。
それがどうみても1学年だけでも軽く1000名を超えそうな大袈裟な事態にまで発展していれば流石の次郎衛門も「何これ!?」 と叫び出すのも仕方がないといえるだろう。
そして現在の議題は雇用する教師の選定である。
才能に溢れる者達を集めた特別クラスはエージェント達に任せるとして、問題はそれ以外の一般クラスを任せる教師だ。
何故ならリストアップされている教師候補者達はいずれも元Bランク以上の冒険者なのだが彼等は貴族と同等かそれに準ずる地位を認められており冒険者としての成功者達だ。
特別クラスならまだしも一般クラスの教師など嫌だとごねる者が続出しており選定作業が遅々として進まないのだ。
そんな重苦しい空気の中で次郎衛門帰還の報がもたらされた。
「馬鹿な! もう戻ってきただと!?」
支部長の表情に焦りが生まれる。それもその筈で次郎衛門達が戻って来るのまでに半年近い時間が掛かると予想していた。その間に様々な案件を片付けるつもりだったのだ。
それが三月経たないうちに戻って来るとは思ってもみなかった。
「そうか、空間魔法か……」
辺境伯が次郎衛門達が想像以上に早く戻った理由を看破する。
次郎衛門の規格外っぷりをまだ甘く見積もっていた事を痛感する辺境伯。
「どどどどどどどうしましょう!?」
既にパニックに陥っているメル。ジョ○ョの背景かハーレーダヴィッ○ソンかといった有様だ。
「どうもこうもあるまい。どうせいつかはジロー殿の知るところになるのだ。慌てても仕方あるまいよ」
そんな事を言っている辺境伯自体もやはり相当に動揺しているらしくまだ冬だというのに尋常ではない量の汗が噴き出していた。偉そうな事を言っててもやっぱ怖いものは怖いようだ。
「ほむ。俺を出し抜くとは中々良い度胸してるなぁ」
不意に会議室に響き渡る声。
辺境伯達が声のした方に思わず視線を送ってみれば窓の向こうに次郎衛門が立っていた。
「「ぎゃああああ! 出たああああ!」」
メルと支部長は同時に絶叫し一気に壁際にまで後ずさる。
辺境伯は辛うじて踏みとどまったが明らかに顔色は悪くなっている。
「出たあああ! じゃねーよ! 人をゴキブリかお化けみたい言うなっての」
そう言いながらも空間魔法で手だけを転移させて窓の鍵を開くとひょいっと室内に入って来る次郎衛門。
彼等にとってはゴキブリやお化けの方がまだ良かったことだろう。
ちなみに会議室があるのは3階なので窓の向こうに人が立っていたらそれが次郎衛門以外の人物だったとしても驚く気がする。むしろ次郎衛門だからこそ頭の片隅でそれもあり得るかなどと納得してしまいこの程度のリアクションで済んだのとも言えるかもしれない。
それと同時に会議室の扉も開きフィリアや他のメンバー達も入ってくる。
無理やりに連れて来られたパンダロンも今回は自分が酷い目にあうターンではないのだと認識したのか比較的素直についてきていた。それでも何時自分に被害が出るか分からないのでなるべく次郎衛門の視界に入らない様にささやかな努力を怠ってはいないが。
「さて、どういう事かキリキリ話して貰おうか。ちなみに俺が嘘だと判断した暁には例えそれが真実だったとしても全身の毛を永久脱毛の刑に処すからな」
次郎衛門の宣告にビクリと肩を振るわせる3人。
特にメルの怯えっぷりは半端ない。
まぁ、そんな事態に陥ったらヅラ生活待ったなしであるからして、もう既に初老の域に差し掛かっている支部長や中年である辺境伯はまだしも、うら若き乙女であるメルには人生お疲れさまでしたフラグと言っても過言ではないだろう。
「今更嘘など言わん。全て話すので永久脱毛は勘弁して欲しい」
そう言って辺境伯はこれまでの経緯を語り出した。
次郎衛門が冒険者学校を作れば辺境伯が経営している高校を続ける意味が無くなってしまう事。
Sランク冒険者のネームバリュー効果で冒険者学校がラスクの街の重要な産業になり得る事。
この国を背負って立つ若者を次郎衛門に任せきるのはどうにも不安だった事。
いつも振りまわされてばかりだったのでちょっとしたサプライズで次郎衛門を驚かせたかった事。
ジロー商会と辺境伯と冒険者ギルドの3者による共同経営にしたい事。
規模を大きくしてみたものの教師陣の選定が上手く進んでいない事。
といった様な事を包み隠さずに全て白状する辺境伯なのであった。




