☀️33
「今度、街までお出かけしようか」ふいに律子さんが言った。「涼ちゃんも、ずっと屋内にいると気が滅入っちゃうでしょう?」
わたしはうつむいたまま、こくりと頷いた。
「ショッピングモールまでわたしの車で行って、二人でお買い物なんてどう? わたし、涼ちゃんに着せてみたいと思う服がたくさんあるのよ。お人形さんみたいに着せ替えてあげたいわ。きっと似あうと思う」
わたしはふたたび頷いた。
「すぐそこの公園で散歩するのもいいわね。藤の花は散っちゃったけれど、この時期でも手入れされた庭園は見る価値があるわよ。お猿さんたちに挨拶をしてもいいし、お城を訪ねてもいいわね。わたしね、ひょっとすると、あのお城を最後に訪れたのって小学生の頃だったかも」
わたしは足を浮かせてつま先を動かし、スリッパをぱたぱたさせた。
「涼ちゃんがそうしたいなら神社を訪ねて、尊徳さんにお祈りしてもいいわね。はやく体がよくなりますようにって。なにも学問に関するお願いしか聞いてくれないわけでもないでしょうし」
しばらくしてから顔も上げずに尋ねた。「律子さんはこの街が好き?」
律子さんは黙ったままわたしを見た。やがて真剣な思考の末に言葉を紡ぐ。「うーん、どうかしらね」窓辺に歩み寄り、外を眺めながら眉を寄せた。「少なからず気に入ってる部分はあると思うわ。でないと四十年も居つづけていられないもの。大きいショッピングモールやスーパーがあって買い物には困らないし、ひとはそれなりに多いから、その類の寂しさを感じることもあまりない。でもはっきり好きと言えるかどうかとなると微妙なところね。ここでないといけない理由がないから」それから付け足すように言った。「それでもわたしにできることって、与えられた環境で最大限楽しむことくらいだから、好きかどうかはわからないけれど、愛着はあるのかも」
「あたしはね、この街が嫌いなの」下を向きながらわたしは言った。「いい思い出なんてひとつもないもの」
しばらくどちらも無言だった。やがて律子さんが口を開いた。「よかったら聞かせてもらえる? 涼ちゃんがこの街でどんな時間を過ごしてきたか。どんな想いを胸に抱いてきたのか」
わたしは顔を上げ、こちらを見ていた律子さんに尋ねた。「それは一種の治療なの?」