表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/169

●53

 次の休みの日、ぼくは朝から近くのスーパーマーケットを訪れ、粒の細かい歯磨き粉と洗車用のファイバータオルを買った。賑やかな朝だった。冬の間、姿をいずこかへ消していた鳥たちが街に戻ってきて、けたたましい鳴き声をあげながら黒い電線の上にずらりと並んでいた。一羽が飛び立つと群れもつづけて舞いあがり、空の一面を翼の影で覆った。あちらこちらの木々に成っていた赤い木の実は彼らの好物らしく、開けた道路にはピンク色の糞が音を立てて落ちた。


 ホテルの駐車場に戻り、隅に停めていたぼくのバイクのカバーを剥がした。その横には寮から借りてきた、水の張ったプラスチックのバケツ。ぼくの手には歯磨き粉のチューブと洗車用のタオル。昼ご飯の時間までには一区切りつけたい。


 チューブを圧迫して、ほんの少量をタオルの上に垂らす。ブレーキレバーやハンドルの錆びた部分を擦ると、思った以上に錆が落ちた。ある程度、作業を進めてから軽く水拭きをし、その上から乾拭きした。すぐに夢中になって、時間を忘れた。手先に集中する作業をはじめるといつもこうだ。


 ふと顔を上げ、ぼくが昼休みに過ごす場所や、灯台のある方向を見た。防波堤は乾き、釣り人たちが戻ってきていた。それは日常であって、あるべき姿のはずだった。けれどもそこにはぼくが欠けていた。ついでに霧のように細かい雨も。ほかにも欠けているものがあるような気がした。それがなにかはよくわからないし、わからないことがとても悲しい。この日以降、昼休みや休日の朝にこの景色が視界に入るたび、ぼくの目は防波堤の付け根から灯台の建つ先端まで、その欠けたなにかを求めてさまようことになる。それはぼくを構成するパーツのひとつでもあって、埋めこまれた深い喪失感と引きかえに、その場所のどこかに、いまでも置き去りにされたままでいる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ