☀️27
耳からイヤホンを抜きとり、膝の上に置いてため息をつく。つぶやきが口から漏れた。それは言語という形をとるまでもなく、行き場のない靄となって消えた。ベンチの背もたれに体重を預け、暮れてゆく空を眺めた。雲は素早く空を横切り、瞬く間に形を変えながら駆け抜ける。地上のわたしには目もくれない。ここはそういう世界。わたしなんかに。わたしごときに。
中庭ではわたしの半分くらいの背丈しかない子供たちが、黄色い声ではしゃぎまわっていた。彼らは飛び跳ねるように走り、そのたびに土のついた足の裏をはっきりと見ることができた。レンガ道脇の花壇にはマーガレットの白い花弁が咲き乱れ、風に揺れている。花壇は遊歩道の果てまでつづき、花々はひとつひとつまで丁寧に手入れされていた。わたしは自分の病室の窓を見上げ、もうひとつため息をついた。しばらくしてから重たい腰を上げて立ち上がり、薄暗く澱んだ空気の籠った屋内へと向かった。
病室に入り、扉に背中をつけて一息ついた。部屋のなかに人影はない。窓は開け放たれたままで、細かい塵が足元で舞い踊っていた。部屋の奥へと進み、視線を上げると、小田原城の天守が窓の四角い輪郭に収まっていた。城から工事用の幌が取り去られて久しい。工事がつづけられていた間のことは印象に残っている。あの公園は部活動のランニングで週に何回かは訪れていたし、学校からの帰りに同級生と立ち寄ることもあった。思えばこの病院の営みと無関係とは言えない距離だったのだ。
ノックの音が室内に響き、返事をすると、なかに入ってきたのは律子さんだった。わたしは立ったまま彼女と向かいあった。
「みんなもう帰ったわよ」律子さんは言った。
わたしは頷いた。先ほどまで居座っていた人影はいなくなっていた。だからこそここへ戻ってきたのだ。そんなわたしを律子さんはじっと見つめていた。
「会わなくてよかったの? 涼ちゃんの友達なんでしょう?」
わたしは頷いた。「いいの。いまのあたしは弱っていて、とてもあの子たちが望む殻を被っていられそうにないから」
わたしは顔を伏せていたけど、律子さんに見られているのはわかった。わたしは自分の顔が赤くなるのを感じた。
「そう。みんな涼ちゃんに会えなくて残念がっていた。でも会いたくないなら仕方ないわね」




