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特殊個体メイルストロム その2

 アーデンとカイト、二人と手分けして情報を集める為に、レイアとアンジュはシーアライドの冒険者ギルドを訪れていた。


 冒険者ギルドでも多数の被害を出していて、王城内と同じく忙しそうに職員は走り回っていた。討伐目標であるクラーケンの特殊個体、名称メイルストロムの情報は一番目立つ場所に貼り出されている。


 ギルド職員が忙しくしているということは、何度も経験しているように普段の機能効率が落ちているという事だった。したがって冒険者達の各種手続きは滞り、自然と混雑する形となる。


 なんとかギルドの建物へと入れたものの、レイアはすぐに限界を迎えていた。目をぐるぐると回し、今にも倒れてしまいそうだった。


「レイアさん大丈夫ですか?私一人で話を聞いてきましょうか?」

「だ、大丈夫。だけどちょっと背中と肩を貸して」

「それはいくらでもどうぞ」


 レイアは自分より身長の低いアンジュの背に隠れ、肩に掴まって歩いた。姿を隠せてはいないのだが、それでも幾分ましだと判断したようだった。


 アンジュはレイアを背中にくっつけながら人混みをかき分けた。適当なギルド職員に声をかけてつかまえると、自分の登録タグを見せて身分を明かした。


「ああ、王城よりお話は伺っています。こちらへどうぞ」


 事前に情報が聞けるようにとオリガ女王が手を回していた。一室に通されて待っていると、ギルド職員の一人が中へ入ってきた。


「どうも、お待たせして申し訳ありません。色々と立て込んでおりまして。あ、私はダグと申します。メイルストロム案件の情報統括を行っています」

「いいえ、こちらこそお忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます」


 アンジュは立ち上がってダグと握手を交わした。続いてレイアも握手を交わして挨拶をする。


「それでメイルストロムについてお聞きしたいのですが」

「はい。こちらで用意させていただいた資料を御覧ください」


 レイアとアンジュはダグから資料の束を手渡された。ページを捲りながらダグが説明を始める。


「ご存知かと思いますが、メイルストロムは海の魔物クラーケンの特殊個体です。クラーケン自体も強力で厄介な魔物なのですが、兎に角こいつは賢くてですね。仕留め切られる気配を察知すると深海へと即潜行し、追撃を躱すという特異性を持っていました」

「概要は聞きました。体力の回復を待ってまた海路へ出現するんですよね?」

「そうです。再生力も高く、触手を二、三本切り落とされてもすぐに生やして戻ってきます。当初からただ暴れる事を目的としていたようで、海域を通る船や生物を襲っては殺し、破壊し、そのまま放置して去っていくんです」


 嫌がらせの塊のような存在だとアンジュは思った。ダグも苦々しい顔で頭を抱えて言う。


「これまで何度も追い詰めていたんです。しかしその度奴はこちらをあざ笑うかのように逃げる。逃さないように策を巡らせるも、やはりそれを掻い潜ってくる。最初期はまだこちらも相手を計りかねていて犠牲者も多く出してしまいました」

「だけど最後の討伐作戦は違った。そうですね?」


 資料を先に読み進めていたレイアが口を開いた。


「最後の作戦は敢えて何度かメイルストロムを逃がす作戦を取った。しかしその度に追跡をし、魔法を使って相手を刺激挑発し海から引きずり出す。元来の気性の荒さからメイルストロムは挑発を受けると出てこざるを得ない。追い詰め過ぎないよう調節しながらじわじわと囲んでいった」

「ええ、奴は一定以上ダメージが蓄積すると逃げに徹してしまいます。そこを見極めながら追い込みました。本当にトドメを刺せるまで追い詰めていたんです…」


 だがそうはならなかった。宝玉という予測不可能な要素により、メイルストロムは劇的な進化を遂げてしまう。


 あまりにも理不尽、あまりにも無情、ダグはその思いを隠す事が出来ずに拳をギュウと握りしめた。爪が食い込み血が滲むほどに強く握りしめた。


「メイルストロムが取り込んだ赤玉は、体のどこに埋め込まれているんですか?」

「目と目の間です。水流を操る時はそこが光るようになっています」

「成る程、そうですか…」


 それだけ聞くとレイアは資料を見つめて考え黙り込んだ。ダグが訝しむようにレイアを見るも、アンジュがその間に入った。


「あの!私も聞いていいですか?」

「ええ勿論」

「このメイルストロム、話を聞く限りでも相当凶暴だと思うんです。でも逃げ出す船を追いかけてこなかった。これは不自然な行動だと思います」

「確かにそれについては私共の間でも意見が割れていますね」

「これは私の推測に過ぎないのですが、もしかしてメイルストロムが操れる水流の範囲はそう広いものじゃあないのでは?」


 アンジュの指摘にダグは考え込んだ。アンジュはそれに構わず話を続けた。


「海の上という圧倒的地の利、それに加え水流を操るという海において絶対的有利な能力、それらを考えると敢えて悪い言い方をしますが、被害が控えめに思えるんです」

「そ、それは」

「ごめんなさい。多くの方が被害に遭われているのにこんな言い方をして」

「あっ、いえ。それは大丈夫です。悪意を持っての発言ではないと分かっています。それよりその指摘については考察していませんでした。違和感を覚えていたのは確かなのですが、どうもメイルストロムの脅威に目がいってしまっていて…」


 当事者ならば無理もない事だろうとアンジュは思った。自分たちと違い、メイルストロムの脅威を目の当たりにしているのだ。実害も受けている。能力についての考察にまでまだ頭が回っていなかったのだろうとアンジュは思った。


「確かに能力の効果範囲については調査の必要があります。シーアライド海軍にも提案して調査にあたろうと思います」

「お願いします」


 アンジュとダグがそんな会話を交わしていると、レイアが無言ですっと手を上げた。読み終えた資料から顔を上げている。


「どうしたんですレイアさん?」

「その調査に役立つ物があります。私に協力させてください」


 レイアはそう言うと、バッグの中からフライングモを取り出した。


「これは?」

「フライングモ…、えっと、名前はともかくこの子に手を加えれば離れた場所からでも能力の計測が出来るようになります。数揃えて持ち込むので、待っていてください。では私はこれで」


 フライングモを仕舞って立ち上がるレイアは、早く改良しなければと足早にその場を立ち去ろうとした。呆気にとられているダグにアンジュは言った。


「あ、あの!絶対に損はさせません!レイアさんはやると言ったらやります!えっと、ま、待っていてください!失礼します!」


 アンジュはレイアの後を追った。ぽかんと口を開けてそれを見送ったダグは、ぽつりと呟いた。


「な、何だったんだ一体…」


 しかしいつまでも呆けてはいられない。ハッと我に返り立ち上がり、話し合いの中で見つけた課題の洗い出しをしなければと自分の仕事へと戻っていった。




「レイアさん!待ってください!」


 アンジュがそう声をかけると、レイアはピタッと足を止めた。そんなに急に止まると思っていなかったアンジュは、勢い余ってレイアの背中に顔をぶつけた。


「わぷっ!ま、待ってとは言いましたけど…」

「アンジュ」

「はい?」

「本当にごめん。だけどもう限界…」


 痩せ我慢を続けていたレイアの体がぐらりと揺れた。アンジュは咄嗟にレイアの体を支えると、そのまま腕を肩に回して体を支え、レイアを連れて冒険者ギルドを出るのだった。

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