特殊個体メイルストロム その1
赤の宝玉を体に取り込んだ特殊個体クラーケン、冒険者ギルドによってメイルストロムという呼称が付けれた。
宝玉を取り戻すにはこのメイルストロムを退治する必要がある。戦おうと大見得を切ってしまったが、水流を操る海の魔物と戦う方法など思いもつかなかった。
「という訳で!皆の意見を求む!!」
俺のその宣言を聞いてレイアが真っ先にため息をついた。
「やっぱり何の考えもなかったのね…」
「うっ、それはそうだけど」
「助けなくちゃって思ったんでしょ?分かってるわよそれくらい」
「でも実際どうしましょうか?海はメイルストロムのホームです。私達は圧倒的に不利な状況なまま、水流を操る魔物と戦わなければなりません」
アンジュの指摘は完璧なもので、まったく隙がない。ずーんと重い空気の中、カイトが手を上げた。
「それについてだがな、ちょっと気になる事がある」
「どんな事?」
「どうして控えの船団は逃げ切れたんだ?メイルストロムは船より速く泳げるだろうし、水流を操れるんだからもっと速くなりそうじゃあないか?何で取り逃がした?」
「それは…」
「言われてみると確かにそうね」
気性が荒いメイルストロムが逃げ出した船を見逃すのは確かに不自然な気もする。今まで散々痛めつけられていたというのに、敢えて取り逃がしたりするだろうか。
「それどころじゃなかったとか?」
「流石にそれは説得力に欠けるかなあ、まあ俺も分かって言ってる訳じゃあないけどさ」
全員で一頻りうーんと唸り声を上げた後、レイアがパンと手のひらを打ってから言った。
「手分けしましょう」
「手分けですか?」
「私はアンジュと一緒にメイルストロムについての情報を集めてくるわ。アーデンとカイトは、実際に海に出た人達から話を聞いてきて。ここで悩んでいても何も分からないわ、足で稼ぐわよ足で」
レイアの言う事は尤もだった。同意した俺達はそれぞれに行動を始める事にした。だけど俺は部屋を出る前にこっそりアンジュを呼び止めた。
「どうしたんですアーデンさん?」
「レイアはああ言ってるけど、多分人前で堂々とはしてられない。アンジュ、頼んだぞ」
「…そう言えばそうでしたね。分かりました。出来る限りフォローします」
思うに最近人と関わらなくてもいい事ばかりだったから気が大きくなっているのだ、絶対にレイアは緊張してボロが出てしまうだろう、アンジュがついていれば大丈夫だとは思うが念には念を入れた。
俺とカイトはもう一度王城を訪れていた。暫く待っていると馴染みのある声が聞こえてきた。
「カイト、それにアーデン君、待たせたね」
「いいって、パットさんも今忙しいだろ?」
対応してくれるのはパットさんだった。港で仕事をしているパットさんは、今回の事もよく知っているみたいだ。
「それでさ、事前に言っておいたあれどうなった?」
「あの時逃げられた船に乗っていた人の話を聞きたいだったか」
「聞けそうですか?」
パットさんは困った顔をして額を掻いた。
「皆精神的なショックが大きくてね、何人か話してもいいという人は名乗り出てくれたが、あまり刺激するような話はやめて上げてほしいんだ。時間も経っていないからね」
「それは約束します。な、カイト」
「俺達は傷跡をほじくり返しにきた訳じゃあない。メイルストロムを倒す為に必要な情報を聞きにきたんだ。パットさん、あんたも協力してくれ」
俺達の言葉を聞いたパットさんは深く頷いた後「こっちだ」と言って話をしてくれる人の元へ案内してくれた。
その人は毛布にくるまっていた。しかし寒気か怖気か、体の震えが収まる様子はない。恐ろしい思いをしたのだろう。
「こんにちは、俺はアーデンって言います。こっちはカイト。話を伺ってもいいですか?」
「あ、ああ、お、俺の話が、や、役に立つんだろう?」
「間違いなく役に立つ。それは俺達が保証する」
「わ、分かった。お、お、俺はジャック、よろしく」
体と声を震わせながらも、ジャックさんの目は怯えを見せなかった。気持ちを強く保っているのだろう、すごい人だと俺は思った。
「ジャックさん、俺達は逃げた時のメイルストロムの様子が聞きたいんです。辛くならない範囲でいいので話してもらえませんか?」
「に、逃げた時?」
「メイルストロムは船を追いかけて来なかったか?」
カイトの問いかけに、ジャックさんはその時の事を思い出そうとした。額に手を当てて考え込み、ようやく口を開く。
「あ、あの時は逃げるのに夢中だった。だ、だけど、も、もし救助出来そうな人がいたらと思って俺は襲われていた船の方を見たんだ。メ、メイルストロムを見た。奴は化け物だ」
姿を思い出してしまったのか、またガタガタと体を震わせ始めた。ジャックさんを落ち着ける為に俺とカイトは声をかける。
「大丈夫です。一度深呼吸しましょう、ね?」
「ゆっくり、ゆっくりだぞ。吸って吐く、それだけに集中してみな」
ジャックさんは俺達に言われて何度か深呼吸を繰り返した。落ち着きを取り戻したのか、体の震えは収まってきた。
「す、すまない。話が脱線してしまって…」
「無理もないです。続きを聞いてもいいですか?」
「も、勿論だ。そ、それでメイルストロムを見たんだが、奴は何だか、暴れるというよりももがいているように見えた。しょ、触手を海に叩きつける度に海は荒れて波が高くなった。そ、それでメイルストロムに近づけなくなったんだ」
「じゃあ暴れるだけ暴れて、船を追いかけては来なかったんだな?」
「そ、そうだ。その場で留まっていた。り、理由は分からないが、俺達はそれで逃げ出せたんだ」
俺はカイトと顔を見合わせた。とても貴重な情報を聞く事が出来たと思い同時に頷く。
「ジャックさん、ありがとうございました」
「ゆっくり休みなよ。そんでまた元気になったら会おうぜ」
それだけ告げて俺とカイトは立ち去ろうとした。その時、ジャックさんが俺達を呼び止めた。
「ま、待ってくれ!」
振り返るとジャックさんは立ち上がっていた。足は震えていたが、顔を上げ俺達の顔をちゃんと見据えて言った。
「た、頼む。仇を打ってくれ。沈められた船には俺の親友が乗っていた。も、もうすぐ俺の妹と結婚する予定だったんだ。頼む、仇を打ってくれ…っ!」
振り絞るような言葉を聞いて、俺とカイトは頷いた。必ず勝てるとは言えない、だけど想いを無駄にはしないとそう誓った。
王城を立ち去るカイトに俺は言った。
「何となくだけど見えてきたな」
「ああ、恐らくだがメイルストロムは宝玉の力をコントロール出来ていない。偶然手に入れた力が暴走しているんだ」
「それだけでも十分脅威的だけど、操りきれない力なら付け入る隙はある筈だ。レイアとアンジュに合流して、今聞いた事を伝えよう」
俺は先を急ごうとした。しかしカイトがついてきていない事に気がつく、足を止めて振り返るといつものような表情や穏やかな雰囲気はなく、何やら真剣な表情で遠くを見つめていた。
「カイト、どうかしたか?」
「ん?ああ、いや、ちょっと考え事していた」
「どんな?」
「…晩飯どうしようかなって」
がくっと力が抜けた。いつになく真剣な表情をしていたかと思ったら、そんな事を考えていたのか。
「それ今じゃなきゃ駄目か?」
「悪い悪い、唐突に思っちゃったんだよ。アー坊にもそんな経験あるだろ?」
「あるかもしれないけどさぁ、もう少し緊張感持っていこうよ」
「まったくもってその通りだ。本当に悪かったな、急いでお嬢達と合流しよう」
カイトは俺の肩をぽんと叩くと、いつものように豪快に笑ってみせた。何だか様子がおかしいなとも思うが、カイトだからなあとも思う自分がいた。結局答えが出ず、俺はカイトの背を追いかけて走り出した。




