火のサラマンドラ その2
サラマンドラを前にして俺はその存在感に圧倒されていた。言葉を失うとはこの事か。
「む、貴様何か懐かしい匂いがするな。我の知る匂いに似ているような」
サラマンドラが首を伸ばして顔を近づけてきた。近くで見るともっと圧倒的な存在感だ、サラマンドラが興味深そうにクンクンと匂いを嗅ぐような仕草をしていると、俺の両隣にレイアとアンジュが現れた。
「あっ!アーデン!勝手に行動するな…」
「ちょっ!!レイアさん!レイアさん!」
「何よ!私は今アーデンに…」
俺を叱りつけようとしたレイアは、アンジュに声をかけられようやくサラマンドラの存在に気がついたようだ。アンジュの指さした先を見て言葉を止めた。
「遅かったな、中々来ないのでやきもきしていたぞ」
「ひょあっ!?」
「先程こやつには挨拶したが、そろったところでもう一度挨拶するとしよう。我が四竜が一翼、火のサラマンドラである」
レイアもアンジュも黙ったまま固まっていた。そりゃそうなるよなと、客観視出来てようやく気持ちが落ち着いてきた。
「これはどうしたことだ?何故止まっている?」
「あー、えっと、サラマンドラ…さん?」
「敬称など要らぬ。で、何だ?」
「二人は突然ここに飛ばされて突然サラマンドラに出会ったから驚いているんですよ。かくいう俺もさっきまで同じでした」
「成る程。初対面故致し方なしというところだな」
俺はレイアとアンジュの肩を揺さぶった。
「おーい、しっかりしろ二人共」
「ハッ!!アーデン、今私夢見てたわ。サラマンドラを見る夢」
「夢じゃないです!!レイアさん、夢じゃないですぅ!!」
「すみません。二人を落ち着けるまで少々待っててください」
まだ現実を受け入れきれていない二人を落ち着ける為、俺はサラマンドラに一言断ってから二人の介抱をした。
「どうだ?落ち着いたか?」
「ええまあ。取り乱してごめんなさい」
「そのような事謝られる程のものではない」
「何か少しイメージと違いますね」
落ち着きを取り戻したレイアとアンジュはもう普通にサラマンドラと会話をしていた。取り乱すのも落ち着くのも早い。
「そうだ、あなたは自己紹介してくれたのに私達はまだだったわね。私はレイア・ハート」
レイアが堂々と自己紹介をする、相変わらず一度腹を決めると大胆だな。
「あ、では私も。アンジュ・シーカーと申します。サンデレ魔法大学校所属の魔法使いです」
「俺はアーデン・シルバー。レイアと一緒に冒険者をやってるんだ」
俺が名前を口にした時、サラマンドラはぴくりと反応した。そしてまた顔をこちらに近づけてくる、もう一度クンクンと俺の匂いを嗅ぐと大きく頷いて見せた。
「成る程得心がいった。貴様はブラックの息子だな」
「父さんを知ってるの!?」
「ああ勿論知っているとも。ブラックは我々四竜と縁深い存在だからな」
父さんの存在と竜が繋がった。他ならぬ四竜のサラマンドラの口によって。俺はレイアと顔を見合わせるとサラマンドラに聞いた。
「あの!父さんは今どこにいるのか知っていますか?」
「…悪いがそれは答えられない」
「なっ!どうしてよ!」
「ブラックと互いに交わした約束なのだ。我はそれを守る義務がある、悪いが答える事は出来ないな」
「約束が何よ!こっちは…」
今にも食って掛かりに行きそうなレイアを俺は止めた。サラマンドラは互いに交わした約束だと言った。父さんは守れない約束はしない男だ。ならばと俺はサラマンドラに聞いた。
「父さんは生きている。そうですね?」
「それについて口止めはされていない。ブラックはまだ生きているぞ」
やっぱりそうだ。そうだと思っていた。信じていた。信じていたけれど、改めて俺は拳を握りしめた。
「それが聞けただけでも十分過ぎます。俺は、俺の冒険心を信じて行きます」
「…その目、貴様は本当にブラックと似ている。いい目だ、強い意志を感じる」
サラマンドラの表情は分からない、だけどその時、ほんの少しだけどサラマンドラは微笑んだような気がした。俺の気のせいかもしれないけど、喜びの感情を見せたような気がした。
「久方ぶりの語らいは実に愉快なものだ。しかし、そろそろ本題に入るべきであろうな。四竜が一翼、火のサラマンドラ。我に至りし者共よ、何がために竜を探す?」
サラマンドラの問いかけに対して、俺達は色々な事を話した。冒険を始めた目的やそれぞれの夢、その夢の為に伝説の地を探している事を伝えた。そしてその手がかりを追っていく内に父が残した手記と、手がかりを見つける度それに記されていく四竜の存在を知った事を話した。
「…という訳で、俺達伝説の地を目指しているんです。手記にはサランドラや他の四竜がそれを知っていると書いてありましたが」
「そうだ。我ら四竜が伝説の地への鍵を握っている」
「鍵って?」
「そう急くなレイアよ。ふむ、そうだな。アンジュ」
「は、はい?」
名を呼ばれたアンジュはビクッと体を震わせてから返事をした。
「そう緊張する事はない。アンジュ、貴様からは濃いマナの匂いを感じる。どうやらそれは生まれついてのものだな」
「マナの匂いですか?」
「我は魔物ではないが、存在は魔物と近い。だからマナを感じ取る事が出来るのだ。その力、持て余す事もあったであろう」
力を持て余す。サラマンドラが言っているのはきっとアンジュの過去の話だろう。
「はい、確かに今まではこの力と上手く向き合えませんでした」
「ならばその力、我が調整してやる事も出来る」
「調整?」
「そうだ。今ある力はそのままに、より効率よく魔法を行使する力を与えてやれる」
「そんな事が可能なのですか?」
「無論だ」
サラマンドラはそうアンジュに提案した。俺もレイアも、アンジュはどう答えるのだろうかと成り行きを見守った。
ちょっとだけアンジュは考えるような仕草をした。しかしすぐにそれを止め、きっぱりと言い放った。
「申し出は嬉しいですがお断りします」
「ほう、それは何故だ?」
「私に魔法を教えてくれた人は言いました。正しい知識とひたむきな研鑽が私を救うと。私は最近、やっとこの言葉の意味を理解しました。私の持つ力は確かに身に余るものかもしれない、だけどそれを理解し、どう使うのかを学んでいく事こそに意味がある。他の誰かに与えられる答えではなく、私が私の答えを見つけるべきなんです」
アンジュはサラマンドラの提案を拒否した。でも、なんともアンジュらしいものいいだと思うし、それでこそと俺は思った。
答えを聞いたサラマンドラはアンジュに言った。
「よき答えだ。我が印を授けるに相応しい。右手を前に差し出しなさい」
言われた通りアンジュは右手を前に差し出した。サラマンドラが顔を近づけると吐息を右手に吹きかけた。
アンジュの右手の周りにキラキラと光が輝き、美しい文様が浮かび上がった。竜と火を象った赤く光り輝くそれはサラマンドラが離れるとスッと消えた。
「それは竜の印、我が司る叡智の印だ。我が力と知識の一部であり、伝説の地へ至る鍵でもある。気高き探求者よ、その志努々忘れるな」
「これを私に?」
「そうだ」
「あ、え、で、でも私っ」
「どうした?」
俺もレイアも同時に「あっ」と声を上げた。そして顔を見合わせると、アンジュが一時的な協力者であるという事を説明した。
「ふうむ成る程、そういう事情であったか。いやすまないな、あまりにも密な間柄に見えたのでてっきり旅の仲間かと勘違いしてしまった」
「いや、俺達も忘れてた…というか考えないようにしてたから」
「…そうね。私もアーデンと一緒」
「アーデンさん、レイアさん…」
この冒険の終わりはアンジュとの別れ、それを考えるのが辛くて見ないフリをしていた。だけど、サラマンドラに会えた今、向き合わなきゃならない。
「…ふむ、ではこうしよう。アンジュ、その印は貴様の意志でアーデンかレイアに譲渡する事を認める。扱いをじっくりと考えて答えを出せ。貴様に授けた力と叡智は消えずに残る。しかし伝説の地への鍵としての役割は移す事が出来る」
「それって…」
「これ以上我が口を出すのも無粋というもの。アンジュ、答えは貴様の中にあるだろう」
アンジュは印を授けられた右手をギュッと握りしめ胸の前に置いた。何を思ったのか俺達には分からない、複雑そうな表情をしていた。
「アーデン、レイア。伝説の地に待つ真実を何と心得ている?」
「真実?」
「そうだ、何故そこが伝説の地と呼ばれ、何故四竜によって守られているのか。お前達の望むようなものがそこにあるとは限らない、それでも伝説の地を目指すか?」
サラマンドラの問いかけは、必ずどれも真剣味を帯びていた。重みのある言葉だった。しかしその問いかけは、今までの問いかけよりずっと特別で真剣なものだ。そう思った。
だけど俺もレイアも答えに迷う事はない。ほぼ同時に言葉が揃った。
「分からないよ」
「分からないわ」
俺とレイアは言葉が揃った事に顔を見合わせ、ふっとお互い笑った。考えている事は一緒だ。
「サラマンドラ、分からないから行くんだよ」
「私もアーデンに同意ね。何があるのか分かってたら面白くないわ」
「確かめたいんだ。父さんに会いたいだとか、色々理由もあるけど。一番は俺がそこに行って見てみたい。物語の世界の話じゃあない、その場所にたどり着いた人がいるんだから」
「何があって、どんな理由があって、どうするべきなのかは行ってから決めるわ。私、思いついたら手を動かさずにいられない質なの」
俺達の言葉を聞いたサラマンドラは、暫し黙って俺達をジッと見下ろしていた。聞いた答えに対して何か感情を抱いている様子もなく、ただジッと見ていた。
ようやくゆっくりと首を下ろして顔を近づけてきたかと思うと、サラマンドラは言った。
「レイア、両手を前に出しなさい」
「こう?」
レイアが言われた通りにすると、両手の間に見たことのある炎が浮かび上がった。それはユ・キノ遺跡で見たものだった。
「これって消えずの揺炎!?」
「それを授ける事は必要以上の肩入れになるだろう。しかし我は、この楽しい語らいの対価を貴様らに授けたくなった。それは特別な力だが、アーティファクトの範疇からは外れていない。レイア、貴様ならそれをどう使うか、我はそれを知りたい」
「貰っていいの?」
「よい。存分に腕を振るえ」
「ありがとう!なら遠慮なくいただくわ!」
ニッと満面の笑みを浮かべるレイアにサラマンドラは目を細めた。
「アーデン、ファンタジアロッドを出せ」
俺はロッドを手に取り起動した。サラマンドラは印を授けた時と同じようにロッドに息を吹きかけた。しかしロッドに刻まれたのは竜の印ではなかった。
「今のは?」
「貴様はロッドの変形変性は得意だが、属性の変化だけは苦手だな?」
「分かるのか?」
「ブラックも魔法の類いはまったく駄目だった。そこらの幼子に負けるくらいにな。だがまあ、才能がない訳ではないそれを少し引き出した。試しに火を思い浮かべてみなさい」
言われるがままに火を思い浮かべてみる、するとロッドが赤く発光し、炎の力が宿った。レイアの魔法弾を受けなければ属性変化を出来なかったのに、思い浮かべるだけで簡単に出来た。
「うおお!?」
「属性変化の力、使いこなしてみせよ」
「すげえ!!ありがとうサラマンドラ!」
俺がお礼を言うと、サラマンドラはもう一度目を細めて見せた。柔らかな雰囲気と暖かな眼差し、それがサラマンドラにとっての笑顔だと気がついたのはその時だった。




