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第17話 着いた

「……ト。サート! 起きてください」


 ……誰かが俺の名前を呼んでいる。


 体が小刻みに揺れている。


 決して心地よいとはいえない。


 例えるならば、タイヤに空気をパンパンに入れた自転車で、凸凹道を走っているような感覚だ。


 そうだ、俺は今、鳥車に乗ってクロエのダンジョンへ向かっているんだった。


 眠っていたのか。


 目を開こうとする。


 普段ならば、眩しくていきなり大きくは開けられないのだろうが、


「…………! 近っ!」


 エルナの顔があまりにも近くにあったので、驚きで目尻が裂けそうなほどに大きく開いた。


 エルナが対面の席から身を乗り出して俺の顔を、至近距離で覗き込んでいた。


 どちらかがほんの少しでも動けば、鼻と鼻が触れてしまいそうな距離。


 どうやらエルナの空間認知能力は驚くほどに低いようだ。


「おはようございます! やっと起きてくれました。少しだけ寂しかったんですよ」


「近いぞ。……頼むからもう少し離れてくれないか」


 なぜか毎朝隣に眠っているとはいえ、美少女に改めてまじまじと見つめられると照れくさい。


「はっ! 失礼しました」


 頬を赤らめ、何かを悟ったような顔をするエルナ。


 俺が言わんとすることを理解してくれたようだ。


 エルナは、身体を静かに背もたれに戻して後ろを振り向くと、コソコソと両手の中に息を吹きかける。


 違うんだエルナ……。


 息が臭いから離れろと言ったのではないんだ……。


 けれど、照れくさかったから言ったのだと改めて言うのもまた決まりが悪いので、ここは何も知らないふりをしておこう。


 町を出て鳥車に揺られること三時間ほど……だろうか。


 まさか初めての鳥車で眠ってしまおうとは。


 異世界で初めて乗る鳥車を楽しみにしていただけあって、損した気分だ。


「見えてきましたよサト。恐らくあれが、数年前に突として出現したとされる難攻不落のダンジョン――クロエのダンジョンです」


 エルナが、何事も無かったかのように、見渡す限り緑が広がる平原地帯でそこだけ不自然に盛り上がった岩場を指さした。


「サト、ここで降りましょう」


「……ああ。すみませーん! ここで降ろしてくださーい!」


「さーい!」


 客車の窓から顔を出し、御者に聞こえるよう声を張る。


 乾いた爽やかな風が、寝起きの頬を撫ぜる。


 こんな経験は初めてだから、胸がかなり高鳴っている。


「あいよー!」


 間もなくして鳥車は減速をはじめ、身体に進行方向と同じ向きに力がかかる。


「ありがとうございましたー」


「ましたー」


 客車から降り、御者に運賃を手渡す。


 その額ちょうど五千ラミー。


 御者の好意で、五百ラミーまけてもらえることになった。


 痛い出費だが、背に腹は代えられない。


 いくら節約したいからといっても、ここまで歩いてくるのは愚策といえよう。


「あい、ちょうどだね。君たち、あのダンジョンに挑戦するんだよな。頑張れよ! 俺は応援してるぞ。それじゃあ、今後ともごひいきに」


 言い残して、手綱を振り下ろして来た道を帰ってゆく。


「ありがとうございましたー!」


「さようならー! またお話しましょうねー!」


 エルナも俺に続く。


 俺が眠っている間に御者とどんな話をしていたのだろう。


 御者の後ろ姿に手を振り終えると、辺りを見回す。


 一面緑の平原の中に不自然に盛り上がった岩場があるのが見える。


 さっきエルナが指さした場所だ。


 そして、その岩場に関して対称に、天幕が二つの群を成して林立している。


 見たところ、全部で数十張りはありそうだ。


「あの天幕たちは何だ? ほら、あそこにいっぱい建ってる」


「あれはコルネリアス王国とエルラルド連邦、それぞれのダンジョン攻略隊の活動拠点のようです」


 そういえば、クロエのダンジョンはちょうどエルラルド連邦との国境の辺りにあると聞いたことがある。


 屈強な冒険者たちの注目をあびながら、天幕の間を縫うようにして歩き、それと思しき場所に近づいて見てみると、確かにこれはダンジョンの入口のようだ。


「『ダンジョン入口はこちら。見事最下層までたどり着いた方には、物凄いお宝を差し上げましょう』ですって」


 エルナが入口に立てられた看板を読み上げる。


 随分と丁寧だ。


 そして何だか胡散うさん臭い。


 本当にここが難攻不落のダンジョンなのか?


 入口には、石レンガが器用にアーチ状に積み重ねられていて、その先には地下へ向かって幅広い階段が伸びている。


 できてからそれほど時間が経っていないというだけあって、外見からは小綺麗な印象を受ける。


 そして入口の両端には、見張りと思しき男がそれぞれ一人づつ立っている。


 コルネリアス王国側には革の胸当てに所々に錆が見られる切れ味の悪そうな剣を携えた兵士が、エルラルド連邦側にはプレートアーマーを身にまとい煌々《こうこう》ときらめく剣を腰に差した兵士が立っている。


 なるほどこの二人を見比べるだけでも、コルネリアス王国の困窮っぷりがよく分かる。


 ただでさえ少ない国費の大半を難攻不落のダンジョンの攻略につぎ込むなんて、コルネリアス王国の国王はとんだ勝負師だ。


 何せ国家の存亡がかかっているのだから。


 一体、自国の冒険者にどれほどの信頼を寄せているのだろう。


「こんなとこでグズグズしているのも何だし、とりあえず中に入ってみよう」


「そっ……そうですね。何だか緊張してきました」


 そう言って、二人で一歩踏みだ……


「おい! お前ら、何を勝手に入ろうとしている!」


 ……せなかった。


「許可証を発行されていない者はこれから先に入ることはできんぞ。そもそもお前たちが入った所で何になる。全く、ここは子どもが遊びに来るようなところではない。さあ、帰った帰った!」


 ダンジョンに足を踏み入れようとする俺たちを静止したのはコルネリアス王国側の見張りだった。


 それを聞いたエルナは、もの言いたげに頬を膨らませると、胸元から昨日ギルドで取得しておいた許可証を乱雑に取り出して、勢いよく見張り人の眼前に突き出す。


「許可なら貰っています。さあ、私たちを通してください」


 この騒ぎを聞きつけたのだろうか、いつの間にか俺たちの周りには屈強な冒険者達で人集りができていた。


 エルナから許可証を奪い取るように受け取るなり見張りは、それを一瞥した。


「ふっ、こいつら低レベル冒険者だぞ。特にこの男、まだレベル8だとよ。笑わせてくれる。そのちんけなショートソード一本で、魔法使いのお友達と仲良くダンジョンを、それも難攻不落のクロエのダンジョンを攻略だなんて、冗談も休み休み言えってもんだ」


 見張り人の言葉とともに、周囲で一斉に笑いがおこった。


「冒険者ごっこか?」


「せいぜい死ぬなよ、小さな冒険者さんたち」


「あれ、エルナじゃないか? まだ冒険者やれてたのか。奇蹟だな」


「あの男とのパーティ解消も時間の問題だろうな」


「まだ気づかないのか。馬鹿な男だ」


 辺りから聞こえるのは俺たちを嘲笑う声ばかりだった。


 それにあいつ、俺のことを馬鹿だとか罵りやがった。


 でも強そうだから今回は見逃しておいてやろう。


 それにしても、普段は寛容な俺でもこれはかなりムカつく。


 エルナも色々言われているようだし。


 寛容というよりかは、単に他人に興味がないだけなんじゃないの――と以前妹に図星を指されたことがあるが……今はそんなことどうでもいい。


 この見張りの男め、さっさと俺たちを通してくれれば良いものを。


 悔やんでも悔やみきれないほどに後悔させてやるんだから!


「清冽たる水よ、我が手掌より奔出せよ。【湧水】!」


「ちべたっ!」


 見張りの股間のあたりに水を放つと、そいつが怯んだ隙に許可証を奪取する。


「行くぞ、エルナ!」


そのまま、エルナの手を引いてダンジョンへ駆け込む。


「はっ、はい!」

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