危機を乗り越えよう
第八十九話 危機を乗り越えよう
「いやぁ、湯に入れるとはいいもんだな。師匠よ」
ミセコール卿が汗を拭きながら近づいてくる。
「どうじゃ? 自慢の風呂じゃぞ、コニーよ」
師匠と呼ばれているのはガッコフルーグだ。
「コニー、美容にもいいのよ。お肌がつるつるになるの。エステル様も是非ね」
フレヤはミセコール卿の奥さんも連れて来いと言っている。
「うむ。湯浴みが出来るのは一部の貴族だけだ。贅沢だぞ。それより、賊が吐いたぞ。ウンドール公の差し金と言っている」
ミセコール卿の発言で、マーヤレーナが立ち上がる。
「ウンドール公は高潔な人物ではないか!」
「ウンドール?」
俺は良くわからない名前が出たのでゲルを見る。
「ガレンドールの西にある街よ」
「西にある街・・・」
「エージさん、ガレンドール大公国は三公が納める国です。ガレンドール大公、ラグスドール公、ウンドール公。三公の領地を分与する形で各貴族が居るんです」
見かねたエリヤスエーミルが説明してくれる。
「なるほど・・・三すくみ状態が崩れて遠交近攻を行ってきたか・・・本当にウンドールの差し金かわからないですね・・・」
俺のつぶやきにミセコール卿が反応する。
「エージ君、どういう事だ?」
「あの、言いにくいんですけど・・・」
「構いません。教えてください」
俺は言いよどむと、エリヤスエーミルが教えろと言い切った。
「わかりました。詳しい話は聞いていませんが、ガレンドール大公国はガレンドール公を大公とした、共同統治体制と思われます。この形式は、極めて内乱が起きやすいんですよ」
「どうしてです?」
エリヤスエーミルは不思議な顔をする。
「恐らくウンドールは結構大きな街じゃあありませんか?」
「うむ。もしかしたらガレンドールより大きいかもしれん」
ミセコール卿が説明してくれる。大きい街か。
「なるほど。内乱が起きやすい理由はですね、ガレンドール公と同じ兵力を持っているから攻め勝てる可能性があるじゃないですか」
「そんな理由なのか?」
ミセコール卿は良くわかっていないようだ。
「ええ。前に一番強い人物が王だって言いましたよね? もしかしたら俺の方が強いんじゃねって思うじゃないですか。ましてや人口が上だったら。今まではラグスドールが健在でしたので上手く三すくみで兵を出せない状況でしたが、ラグスドールがあっさりと滅亡しましたからね。言葉が悪いですかね。しばらくは兵が出せる状況じゃありませんよね」
「・・・そうか」
ミセコール卿はようやっと理解したようだ。
「でですね、王国とウンドールは同盟を結んでいる可能性がありますね。不味いですね」
「同盟?」
エリヤスエーミルが俺を見る。
「遠交近攻です。遠くと結び、近くを攻める。王国とウンドールの両方から攻められる可能性があります。挟み撃ちです。本当に同時に攻められたら勝ち目はありません」
「そ、そんな」
「もう話が付いているのかもしれません。ガレンドールはウンドールが併合、ラグスドールは王国が併合、と。もしかしたらウンドールまで王国の結界がとどいていないのかな? でないと遠交近攻の結果、ウンドールにとって王国との軍事緩衝地であったガレンドールが消滅したら、ウンドールが攻められますからね」
遠交近攻とは中国の伝統的な戦法である。有名なのは中国の超大国、唐が新羅と結んで百済と高句麗を滅ぼした事だろうな。百済と関係の深かった倭は兵を送るが、白村江の戦いで敗れてしまう。作戦を指揮した天智は行方不明、多分殺されて新羅派の天武が天皇となるわけだ。倭の国軍は白村江の戦いで滅亡し、日本に防人以外の兵が居なくなる。自領の防衛の為に武装したのが武士だ。遠交近攻は日本の歴史に大きく影響してるんだぜ。
「どうすればいいのですか、エージさん」
「答えは一つですよ。ガレンドール以外を小国に分割してガレンドール公に対抗出来なくして統治。強大な王権を有する王の統治への移行です。端的にいうと兵力で上回るように領主を小さくして配置することです。宰相など強大な権力を有する役職は大領主にさせない事です。大公家もしくは親戚等に配置することでしょう」
「といことは・・・」
息を飲むエリヤスエーミル。ミセコール卿も真剣に聴いている。
「攻めるか攻められるか、どちらかでしょうね」
「戦いは避けられないのですか」
「無い事は無いです。ペストを放てばいい。または降伏すればいい。あとの策は難しいでしょう。現実的には、ウンドールと王国を個別に撃破する以外に方法は無いかと」
「うん? エージ君、どういう事?」
フレヤはまだわかっていないようだ。どうやらガッコフルーグも同じだ。
「簡単に言うと、王国が挟み撃ちを仕掛けてきた可能性が高く、本当なら負け確定です」
「なんと! 負けなのじゃな?」
「ええ。ただ・・・」
エリヤスエーミルが身を乗り出してくる。
「ただ? なんです?」
「王国が兵を出すかわからないじゃないですか。しかもペストだし、来られても困る。もしかしたらA級の魔法使いを確保したのかな、と。B級かも知れませんけどね」
話終えた俺はお茶を飲む。皆、黙ってしまった。
「気を落とさないでください。まだ打つ手はありますよ。ウンドールの街に入れない気がしますが、密偵を放って魔法使いの有無を確認しましょう。そしてドワーフに協力をお願いしましょう」
「兵を出して貰うのか?」
「コニー、違うぞ。酒じゃな? 酒をじゃんじゃん作って例の武器を作って貰うんじゃろ? エージよ」
「流石ガッコさん。正解です!」
「あれじゃろ? 大きい蒸留器を頼んだんじゃろ? ワシじゃ小さい蒸留器しか手に入らなかったからの。見たことも無い酒を渡せばドワーフは働くからの」
「え? バカ言わないでよ。お酒で張り切るのはあんただけじゃないの」
フレヤがガッコフルーグに向かっていると、エルランドが近づいて来た。エルランドは温泉宿の支配人である。
「エージさん、ドワーフの長老様が荷物を持って来ています」
俺が顔を上げると、ドワーフの長老が入って来た。
「お、ガッコフルーグもいるな。出来たぞ、大きな蒸留器。今部品を運んでいる。泥炭も運んでいるぞ。で、何処に運べばいい? そして覚えているか。強い酒精の酒だぞ」
「長老、頼みがあるのじゃ」
「どうした、酒を愛する同胞よ」
「近々、この辺りでガレンドールとウンドールが戦になりそうなのじゃ」
「なんと・・・! それではお主の酒蔵も危ないではないか! 防ぐ手立てはないのか、いかんいかん。酒蔵だけは守らないとな。お主の蔵は最先端だ。失うわけにはいかん」
ドワーフの長老も危機を察してくれたようだ。しかし酒の心配か・・・
「実はじゃな、白い葡萄酒が樽一つある。半分を渡しても良いと思っておる」
ミセコール卿が驚いた顔をする。
「白い葡萄酒だと! 今すぐよこせ。なんだ、神々の庭だかって所に行ったんだな。何処にあるんだ、教えろ、そして飲ませろ」
いかん。長老が興奮し始めた。神々の庭とは俺が「戦斧物語」で白い葡萄酒があると書いた場所である。もちろんそれっぽい名前にしただけだ。
「売約済みなのじゃが、仕方がないじゃろう。コニーよ、実はあの本の中では幻と書いたのじゃが、実は作れる見込みがあったのじゃ。グエルターク商会に売る事が決まっておったのじゃが、半分は渡そうと思うのじゃが、いいじゃろうか。葡萄の入手が難しく、これ以上は増産が出来ないのじゃ」
「白い葡萄酒・・・師匠も人が悪い・・・ヘンリッキには私が許可したと言ってください」
「すまん。と言う訳じゃ、長老。白い葡萄酒を半分渡すので、例の鉄砲を急ピッチでお願いしたいのじゃ」
「わかった。数はいくつだ」
「最低三百は欲しい。一丁につき金五払います」
俺はちらっとミセコール卿を見る。
「千五百枚・・・わかりました・・・」
ミセコール卿が苦しい顔をする。頑張って払って欲しい。
「あれだろ、鉄と炉はあるんだろ? エージ殿、お主はどれだけ欲しいのだ?」
「欲しい数は三千です」
「わかった。木材と真鍮、石炭はうち持ちで三千を金千五百枚で請け負う。酒付きだぞ。次回からは一つで金五枚だ。で、ガッコフルーグ、千五百枚も払えるのか」
「長老様、お支払いは我々ではありません。こちらにいらっしゃるのがガレンドール大公御嫡子のエリヤスエーミル様、妹君のマーヤレーナ様。騎士団長のミセコール卿です。お支払いはミセコール卿の担当です」
エリヤスエーミルが立ち上がる。
「ご長老、我々の願いを聞き入れて頂きありがとうございます」
エリヤスエーミルが手を差し出すと、長老と握手をした。
「私はドワーフ族の長老、ガヅソーだ。ガッコフルーグの蔵は宝だ。是非守ってくれ」
とにかく話は進んだ。鉄砲造りと酒造りに精をだそう。俺達は地上の家に移動した。




