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ミサキの憂鬱

今回から第二章となります。

ミサキ視点です。

第四十一話 ミサキの憂鬱


 ミサキは一心不乱に神へ祈りを捧げる。ミサキが異世界から召還魂された理由であった。ミサキはエージと共に召還魂の秘技によって魂だけ連れて来られた召還者である。


 ミサキに託された仕事は王宮の最奥、最深の迷宮にて祈りを捧げることだ。祈る対象は太陽神エスルート。大陸に命を芽吹かせ、光を与え魔を払うとされている。


 「太陽神エスルートよ、大いなる太陽よ、見果てぬ力よ、全ての父親よ、王国に光をもたらし、秩序を与え、魔を払い給え。御身のお力にて糧をあたえ、民を救い給え。御身を裏切る者には報いを、御身をないがしろにする者には報いを」


 ミサキが分厚い、古い文様が書かれた巨大な扉に両手を当て、魔力を流す。扉は無数の魔方陣が浮かび上がる。いくつもの、いくつもの魔方陣。魔方陣がいくつも重なり合い、最早読むことは出来なかった。


 「はぁ、はぁ、はぁ」


 まだ目眩がする。私は十五才。日本から異世界に召還魂され、王宮魔道師となっている。私は魔力が大きいらしい。生きている魔道師では最大クラスだと、筆頭魔道師であるバルブロが言っていた。


 召還魂者は魔力が大きいらしい。異世界を突き抜ける際に巨大な魔力を必要とするからだ。よって、大きな魔力が欲しければ手っ取り早く召還魂を行えばいい。気がかりなのは召還魂には依り代が必要で、生身の人間が必要だった。用意されたのは二名。召還魂の依り代は必ず二名用意される。巻き込まれが出るからだという。実際、ミサキの召還魂にエージが巻き込まれている。巻き込まれ魔力は人並みらしい。ただ、エージは魔力が全く無かった。


 可哀想なひと。


 ミサキは一人呟いた。ミサキは中学生だった。中学三年生。高校受験を前にして、突然勉強が手に着かなくなった。手が震え、目眩がし、動悸がして胸が痛くなった。それでも歯を食いしばって学校へ行き、勉強をしたが日に日に顔は青白くなり、体が痩けていった。夜、寝ると何かが呼んだ声がした。毎日毎日、何かに呼ばれ続けた。最後は眠れなくなった。母からはもう良い、勉強なんかしなくてもいい。そう言われ、病院へ入院となった。


 入院しても何物かの声は途切れず、益々体重は減って行った。入院して二ヶ月目、いきなり脳内がクリヤになった。行かなくてはならない。強迫観念に似た確信がミサキの中を突き抜けた。


 この日から食事が取れるようになり、目眩が消え、胸は痛くなくなり、眠れるようになった。母と父は泣いて喜んだ。体重もすっかり元通りになり、ミサキは退院した。体も軽く、気分も澄み渡った。


 使命も徐々に感じられるようになった。大いなる者を感じ始める。寝ているときも、熾きているときも、地球上にある全ての命よりも大いなる存在。ミサキは実際に見えない存在を感じられるようになった。はっきりと感じた瞬間、大いなる者の側へ行かなくてはと強く思うようになった。


 どうやって行くのか。体を捨て去ればよい。確信があった。体を捨て去れば、魂が大いなる者の側へ行く事ができる。ミサキは学校に行くと言って駅へ行った。電車が来て、飛び降りれば魂は大いなる者の側へ行ける。


 電車があと五分で到着する。使命を果たすのみだったが、体が拒否反応を起こした。生命が死から逃れようと懸命にあがき始めた。ミサキは怖くなった。電車が来て飛び降りると死んでしまう。大いなる者の側へ行く保証が無かった。


 電車が見えてきた。朝のホームは混んでいる。ミサキは隣に立ち、缶コーヒーを飲んでいる男性が目に入った。疲れた顔の、背広を着た中年のサラリーマン。ミサキにはこのサラリーマンがミサキ以上に価値があるとは思えなかった。いや、ウジ虫に見えた。


 電車が着た。頭の中で誰かが叫ぶ。その男を突き飛ばせ。ミサキは頭の声に従った。サラリーマンは驚いた顔でホームへ落ちていった。サラリーマンの手がミサキを掴む。ミサキもホームへ落ちた。


 「あ」


 思わず声が出た。


 目を空けると見知らぬ場所だった。横には見知らぬ若い男が横たわっている。ミサキにはわかった。横の男はサラリーマンであり、ここは異世界だと言うことが。


 ミサキの体は見知らぬ体だったが、体の奥から沸き起こる力、沸騰するように沸き上がる力に酔いしれた。


 ミサキは勝ったのだ。友達も居なく、ただ教科書を開き、帰る生活から抜け出したのだ。


 横の元サラリーマンも起き上がると、現状を悟ったらしかった。


 エージと名乗った元サラリーマンには魔力が全く無く、スキルも全く無かった。ミサキはエージをゴミだと思った。ミサキの頭からゴミのことは直ぐに消え失せた。ゴミは死んで当然だからだ。罪悪感は全く無かった。なぜならミサキは審判者だからだ。太陽神エスルートに代わり、全てを審判する事が出来る。太陽神エスルートの加護と、強力な審判者というスキルが付いていた。


 スキル。王国に住むものは必ずスキルが付くという。スキルは普段は見えないが、神殿に行くと教えてくれる。王国は五才になると神殿に行き、自らのスキルを知るのだ。戦闘、魔法は無論、料理、農業、商業、鍛冶、木こり、どぶさらい、掃除、薪割り、洗濯。


 様々なスキルがある。与えられたスキルがその後の人生を決める。戦闘スキルの持ち主は兵や騎士、冒険者へ。魔法のスキルも冒険者や宮廷魔法使いへ。


 与えられたスキル以外には行動してはいけないことになっている。破ると天罰が来て命が無くなると言われている。

 だいたいの人は洗濯や掃除、薪割りとなどの生活に必要なスキルを持っているが、かなりの割合で生活必需スキルを持っていない人がいる。そのような人はスキルを持った人と結婚するか、掃除や、薪や、洗濯やに仕事を頼む事になる。ミサキは殺人や盗賊等のスキルを持った人間はどうなるのだろうと気になった。


 ミサキはおかしかった。一緒に召還魂されたエージはスキルがゼロで合ったという。おかしくて堪らなかった。生きて行けない。ゴミにふさわしい末路だと思った。


 審判者ミサキは王の如き力を手に入れた。ミサキに命じることが出来るのは王のみ。王子や王女であってもミサキの言葉に逆らえなかった。唯一審判者のスキルが効かないのは王者のスキルを持つ王のみであった。


 王からは毎日、太陽神エスルートに祈るよう言われている。それさえ行っていれば、特にする事はなかった。王になった、成功の人生を掴んだとミサキは思ったのだが、ひもじい国だった。人口が多い割には土地が狭い。さらに農業スキル所持者は一定数いるものの、需要を満たすことは出来ず、農作物は足りていない。その代わり魔物を食べる。コボルド、ゴブリン、オークだ。


 魔物の肉は信じられないほど不味かった。味付けは塩を入れるのみだ。デザートなど無い。若干甘い堅いパンがあるだけだった。信じられなかったが、受け入れざるを得なかった。ミサキ以外は魔物の肉を旨そうに食べている。オークの肉が上等らしいのだが堅くてアンモニア臭くて食えたものでは無かった。それ以上に、人型の肉を食べるのが非常に抵抗があった。


 娯楽など無い。テレビやスマホなどはもちろん無い。たまに演劇を見たり、本を読む程度だ。本は神話集しかない。


 折角異世界へ来て、神の如き力を手に入れたのに憂鬱だった。やることは無いし、努力も必要なかった。まずは神々のことを調べ始めた。手始めに太陽神エスルートからだ。


 ミサキは祈りの後、宮殿の奥、エスルートが鎮座する大扉を開けようと力を込めた。いかなる者も開ける事は出来ないと言われていた扉が少し開いた。


 ミサキは全身から汗が噴き出て、直ぐに扉を閉めた。


 「まだ開けるのは早いわ。いろいろ調べましょう。この世界は何があるかわからないから」


 ミサキは心が軽くなり、居室へ戻っていった。もう一度、神話集を読んで見る事にする。時を同じくして、エージも神話集を開いていたのは果たして偶然なのだろうか。

お読み頂きありがとうございます。

次回から再び通常に戻ります。

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