経営の話をしよう
第三十九話 経営の話をしよう
今日は朝からグエルターク商会に来ている。算盤教室だ。ワイヴァーンアックス商会からは俺とゲル。どうしてゲルといるかというと単純に俺がゲルと一緒にいたいからだ。終わったら二人でデートをしようと思っている。
グエルターク商会からヘンリッキ、セリーリア、エーギルという丁稚。エーギルは何回か俺の家に荷物を届けてくれている男の子だ。いつもセリーリアの事を熱い眼差しで見ている。わかる。美人だし胸は大きいしね。
まずは加算の復習。俺はデカイ算盤で一桁の計算、繰り上がりの計算、二桁の計算をやって見せている。小さい算盤は出来上がっていた。思っていたよりは大きかった。算盤の高さが記憶にある長さより倍あるが、十分許容サイズであろう。
今回から参加したエーギルはなかなか覚えが良い。既に足し算は習得している。次は三桁。基本的に二桁と同じである。三桁目、二桁目、一桁目と計算していく。
今日は新たに減算を行う。割り算とかけ算が出来るみたいだが、わからないし、手で計算した方が早いであろう。引き算も基本的に足し算と同じである。五を使う引き算。6−3とかだ。五を戻し、五から三を引いた残り二を一桁目に足すと三になる。次は繰り下がり。16−8とかだ。最初に二桁目の十を引き、十から八を引いた残り二を一桁目に足す。すると八になる。
ここまで出来ると三桁、四桁の計算が出来る。多数の桁は、一番大きい桁から計算していく。これで算盤が自由に使えるようになる。加減算ができれば良いだろ。
「これで、基本的な加減算は終わりです。あとは練習を繰り返すしかありません」
エーギルは驚いた顔で算盤を見ている。期待のホープなのだろう。
「じゃぁ皆さん算盤の理解が出来ましたので、俺が言った計算をお願いします」
俺は口頭で適当に問題を出していく。皆で答えを合わせて確認していく。ゲルは全く間違えない。セリーリア、ヘンリッキ、エーギルの順で間違いが増えて行く。後はひたすら問題を解いて体で覚えるしかないのだろう。有るのかも知れないが、そこまで覚えていないのだ。良いところで俺は問題を出すのを切り上げる。あとはグエルターク商会の中で鍛錬を積んで欲しい。
「エージ君、良くわかりました。今後は三人で時間を見つけて算盤を覚えます」
「帳簿を付けるのでしたよね。それならば、部門別に帳簿を付けると良いですよ。宇層部門、食品部門、衣料部門とかですね。どの部門が赤字なのか、黒字なのかわかるようになりますから」
社内カンパニーとか部門別採算性と言う奴である。
「部門別ですか? 全て一緒でもいいでしょう?」
ヘンリッキは不思議な顔をする。言い分はわかる。俺は技術者だったのだが、財務的な研修に良く行かされたのだ。
「黒字に隠れた赤字の部門がわかるのですよ。その分だけ手を打つのが早くなります。撤退するとか、逆に売り込みを掛けるとか」
「確かに、わかりますね。考えて見ますよ」
「ああ、そうそう。エーギル君に問題です。ウチが、グエルターク商会にお酒を卸します。一樽金貨一枚。これを、グエルターク商会は金貨三枚で販売します。十樽販売しました。良いですか? 売り上げは金貨三十枚、一方、倉庫を造りました。金貨百枚です。長い目で見て、五年で元を取ろうと考えます。一年当たり金貨二十枚。セリーリアにお給料を払います。金貨五枚。贅沢してるのでお給料が沢山必要なんです。さて、これは利益が上がっている状態でしょうか」
「私そこまで贅沢なんて・・・」
俺は石版に問題を書く。
一樽金貨一枚で仕入れ、三枚で売る。
一年間に十樽売りたい。
倉庫は一年間に金貨二十枚。
セリーリアに金貨五枚。
「ええと、利益が三十枚出ていますので、倉庫に二十枚、お嬢様に五枚ですので五枚の利益が出ています」
エーギル君は自信を持って答える。
「セリーリアは?」
「ええと、同じじゃないかしら」
「ヘンリッキさんは?」
「いや、赤字でしょう。セリーリアをただ働きさせてようやくとんとんでしょう」
「はいヘンリッキさん流石です。正解です」
「あれ?」
セリーリアは不思議そうな顔をする。
「販売に掛かる費用は、倉庫の二十枚とお給料の五枚。合計二十五枚。これで良いですね?」
セリーリアとエーギルは頷く。
「問題なのは、売り上げと利益を混同しています。売り上げの中にはウチが貰う十枚が含まれています。これを除いた二十枚がグエルターク商会の利益です」
二人は頷いている。
「利益二十枚、かかる費用は二十五枚、五枚の赤字です」
「あ!」
セリーリアは声を上げる。
「何が言いたいかというと、実際に物を売るとき、仕入れ価格を忘れがちになります。売り上げから仕入れを引いた金額と、かかる費用を比べて考える必要があると言う事です。比べるのは売り上げでは無く、あくまでも利益なんです。利益と経費を比べると、利益が出ているのか出ていないのか、はっきりします。」
「あ、はい」
エーギル君はようやっと理解したようだ。
「この場合、セリーリアをただ働きさせたらとんとんになりますね。この状態で考えると、金貨三枚という単価が限界です。実際には三枚以上でないと儲からないと言うことです。これが限界の一樽の単価です。限界単価といいます」
セリーリアとエーギルは頷く。
「じゃぁもう一つ。セリーリアはただ働きで頑張ります。二年後にライバルが出そうです。そこまでに売り切ってしまいたい。じゃぁ幾らで売れば良いでしょうか、はいエーギル君」
「ええと、倉庫が五十枚かかります。十樽だから利益が一樽当たり五枚。仕入れに一樽一枚掛かりますから、一樽当たり六枚以上で売らないと駄目です。だから、限界単価は六枚です」
「ご名答! これが物の売り方の基本です。仕入れ価格と掛かっている費用を抑えておかないと物は売れないと言うことです。値引きの限界もわかるでしょう。グエルターク商会にいつもお世話になっているのでサービスです。人材教育はワイヴァーンアックス商会にお任せ下さい、なんちゃって」
元居た世界で流行りつつあるMQ経営とか言われている考え方だ。量販店だと、販売員は仕入れを教えられていない。高額商品を値引きして売っても、本当に儲かっているかわからないということだ。
「改めて言われると成る程と言う感じです。エージ君ありがとう。エーギル、ちゃんと羊皮紙に書いておいて下さい」
ヘンリッキは成る程という感じで頷いている。
「やっとお父様が言われていた利益のことがわかりました。流石エージ様です。あ、もうエージ様でいちいち驚くのは止めました。今回もどうして知っているのか不思議ですが、エージ様ですしね」
セリーリアが納得した顔で俺を見る。うん? やり過ぎたか?
「そうですね。かなり高度な商知識ですが、どうやって覚えたのかもう聞く気もありません。どんどん教えて貰いましょう」
ヘンリッキも驚かない。やってしまったようだ。少し大人しくしないと駄目かな?
「じゃ、帰ります。ヘンリッキさん、算盤はこれで終わりということで。算盤は二つ、持って帰ります。大きい算盤はウチは要らないので置いていって良いです?」
「いいですよ。エージ君。教育用に活用します。あと、また持っている商知識を話していただいて良いですか?」
「え? あ、はい。良いですよ。明日は家庭教師なので明後日来ますか? 精算は済みませんがフレヤさんとお願いします」
「エージ様! とうとう紅茶の道具セットが出来ました! 見ていって下さい!」
エーギルが部屋をでて、木箱を持ってきた。小さい木箱と大きい木箱。装飾の掘られた立派な木箱だ。
小さい木箱を開けると紅茶カップ二個、皿二枚、ポット、ストレーナー、ティーコジー。砂時計。ティーコジーとは紅茶を蒸らしているときに冷えないように被せる保温カバーだ。砂時計は全てガラスで出来ている。うん、カッコイイセットだ。大きい箱はカップが五個入っている。
「うわぁ、素敵!」
算盤や利益の話をしていたときは死んだ蛙みたいな顔をしていたゲルが、ようやっと声を上げた。
「明日、エステル様にお見せする予定です。エージ様、クレープの焼き方を教えていただく事は出来るでしょうか?」
「セリーリア、エージ君の料理を無料で教えて貰うわけには行きませんよ。あとでフレヤ殿とすりあわせておきます」
「完全な譲渡でなくて、ウチでも焼けるのなら他のレシピも渡してもいい気がしますけど・・・じゃぁ焼きますか」
皆でキッチンに移動する。俺は小麦粉を溶いて、フライパンでさっと焼く。一度火から下ろして、布巾などでフライパンを冷ましてから生地を伸ばすのがコツだ。
「やっぱりエージ様って上手ですよね。じゃぁ焼いてみます」
セリーリアは最初は破けた。二回目は分厚い。三枚目は薄すぎた。
「セリーリアにも弱点が・・・お嬢様だからですね」
ゲルは破れたクレープもどきを手に取ってくすくす笑っている。
「エージ君、明日の家庭教師の帰り、クレープを焼いてくれると助かります」
「あ、お父様、私を信じていない・・・」
「わかりました。明日の家庭教師のおやつもクレープにしましょう」
明日、俺はクレープを焼いてから家庭教師だ。
お読みいただいてありがとうございます。
じわじわとPVも増えて来ました。
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