お茶を造ろう
第十三話 お茶を造ろう
俺は今小麦粉を練っている。ちなみに早朝だ。これからパンを焼いて朝食にするためだ。何故か家の外にはヤギがいて、めぇーと鳴きながら草を食っている。ヤギ、フレヤさんの所に帰った方がいいうような気がするけど、もちろんヤギに言ってもめぇーと言われるだけだった。
パンを膨らませるには二つの方法があって、発酵させる方法と膨らまし粉を使う方法だ。膨らまし粉は重曹が主成分で、加熱すると二酸化炭素を放出して膨らんでいくんだな。ホットケーキとか、ケーキ、蒸しパンは膨らまし粉だ。もちろん重曹など手に入らないぞ。俺のダンジョンから産出しないかなぁ。
二つ目の方法は発酵させる方法。普通はドライイーストを生地に混ぜるよね。ドライイーストはイースト菌、つまり酵母の事だ。酵母とは糖分を食べて発酵させる細菌の総称だね。ワインやビールも酵母が糖分を元にアルコールを造る発酵現象だ。ビールはホップが無いから今は造れない。ホップは寒いところの植物なので、南国ガレンドールでは自生していないだろうな。
もちろん、乾燥したイースト菌、ドライイーストが売っている訳無いので、空気中にいる酵母を使ってパンを発酵させる。空気中には沢山の菌が住んでいるんだよ。ダンジョンで入手した腐れ石を使うと、あっという間に発酵が終わる。これはスゴイよね。これから、パンを発酵させよう。
鍋に練り終わったパン生地を入れ、蓋をして腐れ石を置く。腐れ石とは言い方が酷い気がする。醸し石と呼ぼう。飾ってある大地の女神様に祈ると醸し石は白く光る。一次発酵終わり。生地を小さく切り、形を整えて鍋に入れ、醸し石を載せて大地の女神に祈ると再び光り、二次発酵が終了する。
あとは釜できつね色になるまで焼くとパンの完成だ。今日も美味しくパンが焼けた。もちろん大地の女神様にお供えする。コッソリ食べてください。
「おーい、エアドール殿、干し肉を焼いておるぞい。パンを持ってくるんじゃ」
パンを冷やしていたらドワーフのガッコフルーグがやって来た。朝飯のお誘いだ。お誘いじゃないな。強制に近い。
「はいはい、行きます行きます」
俺はヤギと共にフレアの家に行く。まだ三日目なのに、この二人とかなり馴染んだ気がする。
「エージ君おはよう。今日は干し肉を焼いたわよ。座って。今日も美味しそうなパンね。うふふ」
俺は挨拶して庭のテーブルに座る。フレヤの家は、海が非常によく見える。今日も良く晴れていて、空が青い。遠くで小鳥が鳴いている。海の向こうには入道雲が見える。風が気持ちいい。フレヤがここに住んだ理由の一つはこの景色かも知れないな。
「今日はね、干し肉とゆで卵を用意したわよ。ゆで卵はどうするの? このままパンに挟むの?」
やはりフレヤは基本、料理が出来ない人っぽい。
「あ、バター有ります? ゆで卵はスライスして、っと」
俺はパンを二つに割り、バターを塗る。干し肉を挟み、スライスしたゆで卵も挟む。
「おお、エアドール殿のパンをよこせ。うむ。旨い。エアドール殿は天才じゃな」
ガッコフルーグは俺からサンドイッチを奪うと、モリモリと食べ始める。フレヤはちらちらと俺を見るので、俺はひたすらサンドイッチを造った。俺の食べる分、二個ほどよけておく。パンは鍋一個分、多分一斤くらい食べてしまった。
俺はやっとサンドイッチを食べ始める。フレヤさんはお茶を淹れてくれた。微かに日本茶の香りがするが、草臭い。でも久しぶりのお茶なので旨い。
「フレヤさん、これ、何処で入手できるんですか?」
お茶の葉に間違い無いと思う。俺の舌は誤魔化せない。レモングラスでも、笹でもない。お茶の葉だ。
「ああ、そうね。そうだわね。ちょっと待っててね」
フレヤは袋に植物で満杯の袋を持ってきた。
「エージ君の山で薬草が採れるのよ。あたいは回復薬を造って街に卸しているのよ」
「ああ、別にフレヤさんだったら自由に採ってくださいよ。で、先ほどのお茶の葉はあるんですかね・・・」
俺は袋の中身を見る。
「あ、オレガノだ。ローズマリーも。お茶もある。え、まさか」
俺は手が震えて独特の香りを放つ香草を持つ。
「どうした? エアドール殿」
「コリアンダー? 間違い無い、コリアンダーだ。コリアンダー! コリアンダーですよ、フレヤさん! コリアンダー!」
俺はうれしさの余りがっしりとフレヤの手を握る。
「ありがとう、フレヤさん。嬉しい。凄く嬉しいです」
「お、おい。泣くなよ。回復の魔法薬の材料なんだ。そんなに回復薬が嬉しいのかい。そりゃダンジョン攻略には必需品だけど、落ち着いて、エージ君」
俺は深呼吸をする。まさかコリアンダーがあるなんて。コリアンダーは胡椒と同じく、手に入らないと思っていたけど違うようだ。コリアンダーの実は、カレーの主要なスパイスだ。コリアンダーを三、ターメリックを一、唐辛子一、他にクミン、シナモンの皮、カルダモン、ローリエ等をお好みで少々加えたのがカレーのスパイスだ。いつか、カレーが食える日が来るかも知れないな。なんだか希望が見えてきた。
「すみません、取り乱しました。故郷の食い物の材料の一つがコリアンダーの実なんです」
「そうなのか。エアドール殿が作れるなら食って見たいのう」
「いつか絶対に作ります。でもまだ材料が全然足りないんですよ。まだまだです。それより、お茶の葉がありますよ。これだけでも凄く嬉しいです」
俺はお茶の葉を手に取る。ちょうど生乾きだ。俺はお茶の葉を手で揉んでいく。クシャクシャ。こうすることで葉の繊維が壊れ、葉の中にある酵素が発酵を開始する。紅茶の発酵時間は結構短けど、俺には強い味方がいる。醸し石だ。お茶を発酵させたもの、紅茶が出来る。欧米人に日本茶は苦いと聞くので、紅茶の方がいい気がする。
「エージ君、入れ物代わりに鍋でいい?」
俺が何か始めたので、フレヤは気を利かせて鍋を持って来てくれた。
「ありがとうございます。蓋もあります?」
俺は揉み終わった茶葉を鍋に入れる。蓋をして腐れ石改名、醸し石を蓋に置く。
「大地の女神様、美味しい紅茶に変えてください」
俺が祈ると醸し石は白く光る。俺はドキドキしながら蓋を外す。茶葉は綺麗な茶色に変わっている。相変わらず良い仕事をするな、醸し石よ。
「それって腐れ石よね? 腐ったの? 腐った葉をどうするの?」
フレアは不思議そうな顔を俺に向ける。フレアは中年、初老にさしかかっているがチャーミングだな。長年の仲間であるガッコフルーグが惚れるのもわかるな。
「フレアさん。暖炉借りて良いですか? 火がまだ熾きてます?」
「ああ。まだ燃えているから使っていいわよ」
俺は家に入ると、火に鍋を掛けて茶葉を炒る。火を加えることで乾燥させながら発酵を止める。水分が完全に抜けると、俺は茶葉を火から降ろす。香りを嗅ぐ。紅茶の香りだ。爽やかな甘い香り。紅茶だ。紅茶が出来た。今日から紅茶が飲める。嬉しい。
俺が庭に戻ると、二人に向かって言い放つ。
「お茶の時間にしましょう」
決まったな。
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