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英語の勉強です(牧彦目線)

洋楽はお好きですか?私は二十歳前に第二次中二病が勃発して洋楽にはまりました。

秋もどんどんと更けていき、木の葉も落ちていく季節になった。


「よくおいで下さいました」

里菜子は家まで来た牧彦を家の前で待ち構え、そしてどうぞと家の中に招き入れた。


今日は学校建立記念日で休校だ。


牧彦は以前里菜子を家の前まで送ったことがあるので家の場所は知っているが、家の中に入るというのは初めてだ。


それも女子の家に招かれるということは、わりと心を許されているのでは、もしかして里菜子は自分を好いているのでは、と妙に落ち着かない気持ちになりながら、

「お邪魔します」

とモゴモゴと言いながら家に上がった。


「リビングにどうぞ」

てっきり里菜子の部屋に通されると思っていたので少なからずガッカリした。


そんな期待を裏切られたという気持ちと、部屋に通すほど仲良くないって事かと落ち込む気持ちが同時に襲ってくる。


片付けられたリビングには低い木製のテーブルにソファー、そしてカーペットでほとんど埋まっているような小ぢんまりとしたリビングだ。


「家族もいないので地べたに座ってくつろいでいいですよ」

家族もいない、の所で先ほど落ち込んだ気持ちが消えうせ、何か期待できるかもしれない、という高揚感が牧彦を襲う。


里菜子はリビングの向こうのキッチンの冷蔵庫を開けて、

「コーヒーでも飲みます?」

と聞いてくるので、

「お、おう…」

と妙に落ち着かなくなりながら返事をする。砂糖とミルクは、と聞いてくるので要らないと答えた。


そして里菜子は目の前にカップを置いて牧彦の隣に座る。


対面ではなく隣に座ったという事は、やはり何か期待してもいいのかと思っていると、里菜子はスッとテーブルの端に置いてあった何かを引き寄せて自分の目の前に置いた。


「今日は英語の勉強です。が、まずは英語を好きになる取っ掛かりを持っていただこうかと思いまして」

目の前に置かれたのは洋楽のCDだ。


「…」

だよなぁ、と思いながら牧彦は沈んでいく気持ちを抱えながら軽くうなずいた。


里菜子にそんなことを期待した自分が馬鹿だった。


そこまで考えて牧彦はふと思う。


しかし自分は本当に里菜子相手にそんなことしたいと思っているんだろうか?まあ興味がないと言えば嘘になるが、そこまで好きという恋愛感情を持ってもいない…。


いやでもそんな事が期待できないとなったら妙にガッカリしたし、部屋に入れてもらえないと分かった時もガッカリした。そして家に二人きりと分かり、里菜子がテーブルの向かいではなく隣に座ったことに対してもテンションが上がった。


…もしや自分が思ってる以上に俺は好きなのだろうか?里菜子のことを…。


今のところ皆既月食の時より構えることなく普通に話す間柄になっているし、前ほどいいように動かされているとも思わなくなってきた。


何より里菜子の話を聞いていると楽しい。


そして自分の知らないことが分かったと一つ賢くなったような気分になるし、その知識を話している時の里菜子はとても楽しそうで、その時の顔を見るのが好きだ。


…やっぱり俺は里菜子が好きなのか…?


チラと改めて里菜子を見ると、休みだというのにいつも通りの三つ編みおさげにいつもの眼鏡、服なんて上下同じ色の灰色のスウェットで、肌寒いのか上にちょっとモコモコのマントみたいなものを肩に羽織っている。


田舎の婆さんがよくこんなふうにして外を歩いてるのを思い出し、改めて里菜子の色気の無さを思い知らされる。


男を招き入れてるのにこんな服してんだから、里菜子は俺に対してなんも思っちゃいねえなこりゃ、と牧彦は里菜子から視線を逸らした。


「それで英語に興味を持つためなんですけど」

何とも言えない虚無感を味わっている牧彦に里菜子は容赦なく声をかけてくるので牧彦は里菜子にゆっくり目を戻す。


「自分の好きな外国のアーティストを作るのが第一だと思うんです。

けど音楽って趣味に合わないのを延々と聞くと苦痛ですから、とりあえず今回は英語が聞き取りやすく超有名なアーティストのCDを用意しました。それがこれです」


「クイーンな」

クイーンなら牧彦だって知ってる。アメリカの歌手だ。


「ええ、イギリスのロックバンドです」

里菜子の言葉に牧彦は驚いて思わず、

「えっ、アメリカじゃねえの」

と聞き返す。


「イギリスですよぉ」

と言いながら里菜子はパソコンを机の下から取り出して起動させ、そしてCDディスクを開けてその中に挿入する。


「とりあえずこの曲が一番分かりやすいと思うんです、同じ単語が繰り返し出てきますし、小・中学校の時に習った英語もポンポン出てくるので」

と言いながら里菜子はCDパッケージから歌詞カードを取り出して広げた。


「I Was Born To Love You。さあこれを直訳すると?」


「えーと…」

牧彦は頭の中で英単語を日本語に直して、

「私はあなたを愛している…」

そこまで言って、今自分はとてもこっ恥ずかしいセリフを口にしたと気づいて、牧彦は表面上何事もない顔をしているが頭の中で頭を抱え、「あーーー!」と叫んだ。


「Born To、の部分がごっそり抜けてますね」


しかし里菜子はそんな牧彦の心の内を悟ることなく淡々と間違いを指摘し、

「I Was、は過去形、私は~したということ。Born、は生まれた。ToはLove You、にかかっています。さてこのことから直訳すると?」


そこまで言われたらこのタイトルの直訳など分かったも同然だが、それを口にするとなると非常に勇気がいる。なにより里菜子がガッツリ自分を見ているのでその前でその言葉を口に出すのが恥ずかしい。


「さん、はい」

と言いながら里菜子は牧彦に手の平を見せて口に出すことを促してくる。


こいつは何だ、わざとか?俺を困らせて何か楽しんでやがるのか?


しかし答えを口に出すまではしつこく聞いてくるというのはここしばらく勉強を教わっているうえで分かり切っていることだ。言わなければ次のステップには進まない。


「わ、私は…あなたを、愛するために生まれた…」


クッ


牧彦は思わず里菜子から視線を逸らして頭を押さえた。


何でこんな言葉を口に出さないといけない!クソ、クイーンめ、こんなこっ恥ずかしい曲作りやがって!そのせいで俺は今こんな苦痛を味わってるんだぞクソ。


牧彦はそう心の中で逆切れしていると、里菜子は歌詞カードを目の前にスッと用意し、曲を流した。

「曲を聞きながら目で歌詞を追ってください」


I Was Born To Love Youの曲が始まり、流れていく。


「…」

クッ、と牧彦は唇を噛んだ。


いい曲だなクソ…!


何だかんだ逆ギレしたが聞いていればいい曲だ。

それに耳で聞いて目で歌詞を追っていると確かに小・中学校の頃に習ったかのような簡単な単語が耳からも目からも入ってくる。


それに里菜子の言う通り学校の教科書を読みあげるリスニングの音声よりかなり英語が聞き取りやすい。


所々分からない英単語も出てくるが、それでも全体的には分かりやすく聞けたし、なにより曲がいいので苦も無く最後まで聞ける。


「次は歌詞カードの後ろにある日本訳を見ながらこの曲をもう一度聞いてみてください。そうすれば英語で聞き取れなかった所、読めなかった所がなんという意味なのかが分かります」


なるほど、と思いながら牧彦は日本語訳のページを開くと里菜子は同じ曲を最初からリピートする。


すると、ああ、ここはこんな事言ってたんだ、と思うのと同時に、この今聞いている曲がかなり熱烈に愛しているという言葉の連続なのが分かった。

英語の歌詞を見ている時は曲に置いて行かれないよう、歌詞を目と指で追っている感じだったが、日本語訳を曲と一緒に見ていくと段々とこっ恥ずかしい気分になって来る。


「ついでに口に出して一緒に歌うと英語の発音も真似できるので段々と流暢な発音になりますし、歌うと気分もいいです」


牧彦は里菜子を見た。


まさか歌えと言うんじゃなかろうな、この女、という目だったのが分かったのか、里菜子はフフ、と笑い、

「さすがに歌えだなんて言いませんよぉ。そこは自分一人でも出来るでしょ」

と言いながらベシッと腕を叩いて来る。


だよな…とホッとしつつ、日本語訳を見ていて、お、と手を止めた。


「俺これ好きだな、We Will Rock You」

「ああこれいいですよね。私も好き。ついでに聞きましょう」


牧彦は歌詞カードをめくって英語の歌詞に移動する。


しかしI Was Born To Love Youと比べるとよく分からない単語が多い。

それに曲が流れたので歌詞を目と指で追うが、歌詞を目で追うとなるとテンポが速いし、気づいた瞬間にどこを歌っているのか分からなくなる。


「…日本語訳見ながら聞いてみましょうか」


里菜子はそう言いながら最初からリピートする。それでもやはりテンポが速いし、そもそも今はどの部分を歌っているのかと追いつけなくなる。


「…」

そんな困惑し固まっている牧彦を見て、里菜子はフッとどこか自嘲的に笑った。


「We Will Rock Youはね、私も苦戦しましたよ…。このDayの部分が何度聞いても『ガッ』としか聞こえないんですもん。それに声に出してみると、Will Rockの部分がなんと言いにくいことか!」


里菜子は手をワキワキと動かしながら牧彦に向き直った。


「日本人はLとRの発音の違いが上手く言えません!それなのにWill Rock、とLとRが続けてあるんです!いじめか!日本人いじめか!」


キィッとわめく里菜子を見て、ああ、こいつでもそういう事でヒステリー起こしたりするのな、と牧彦は思い、楽しいので黙って見つめる。


「で、この発音結局できるようになったのか?里菜子は」

牧彦が聞くと里菜子はううーん、と難しい顔をして、

「とりあえず、Willのところはウェーイ!って感じでウェーゥ、Rockのところはゥルォックみたいな感じで言えばそれっぽくは聞こえると思うんですが…。

本場の人が聞いたら『アーハン?』って感じでしょうね、多分」


聞いてるこっちの方が、アーハン?って感じだけどな、と思ったが牧彦は黙っておいた。無駄に挑発しておいて実際に発音してみろと言われても困るからだ。


「ああそう言えば、江戸時代だったか明治初めだったか、それくらいの時代の人が外国のお医者さんに自分の容態を伝える時どんな英語使ってたと思います?」


いきなり話が切り替わったので牧彦は里菜子に目を向ける。

「…アウチ?」

牧彦は全く分からないのでそう言うと、里菜子は自分のお腹を押さえた。

「私のお腹、シックシックです」


「…?」

牧彦は意味が分からないという顔で里菜子を見ると、

「シック…英語だとsick、病気って意味です。お腹がシクシク痛む、と英語のsickをかけてる、ダジャレみたいだけど本当に使ってたという事例です。案外とこれでも通じてたみたいですよ」


「へぇー」

そんな言葉でも通じるもんなのか、と牧彦は思った。それと比べるとまだ小学の頃から英語を習っている自分の方がまだ話せるんじゃないかというかすかな自信が湧いてくる。


とりあえず、今のところ英語では目標ができた。We Will Rock Youの英語の歌詞を全部覚えてスラスラと言えるようになることだ。


「このCD、借りていいか?音楽落としたら返す」

「ああけどそれ、兄ちゃんのだから…。兄ちゃんに聞いてからね」


里菜子には兄貴がいる、という情報を頭の中にインプットしつつ、うん、と頷くと、玄関の方からガチャ、というとが開く音と共に、

「ただいまー」

という男の声が聞こえてきた。

クイーンの「ドンストッピンナーウ!」というテンポの速い歌をカラオケで歌おうと思ったらカタカナのルビが振ってなくて絶望したことがあります。

「ウィーアザワールド」も歌おうとしたらカタカナのルビが振ってなくて絶望したことがあります。

「アンタイヒーロー」も歌おうとしたらついて行けなくて絶望したことがあります。

なにより私は歌が下手なので聞いてる方が絶望してたと思います。

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