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竜人朱貴伝  作者: 霜月 幽
第3部 朱貴発動
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十二の二 瑛林の戦い――百狐の百妥

「掛かれっ」


 百妥が命じた。男達は身も軽く宙を跳んで、一斉に攻撃してきた。それをぎ払うように叩き斬り、斬り伏せる。それでも、次々と雲霞うんかのように後から後から切り込んでくる。


 欣珪きんけいも善戦したが、圧倒的多数の敵に幾重も刃を受けてついに倒れた。玲爽も応戦するが、しょせん非力な文官、嵐のような矢継ぎ早の猛攻を支えきれない。剣を払われ、けぶる枯葉の中に倒れた。切り裂かれた服の破片が落ち葉とともに舞う。

 幾本もの刃が閃いた。


「玲爽っ!」


 朱貴が、ばっと覆い被さる。匕首が幾つも、朱貴の背に突きたてられた。


「朱貴様! 止めてくださいっ!」


 玲爽が絶叫した。だが、朱貴は玲爽を庇い続ける。


「止めてっ! 止めてっ! お願い……、止めて…ください……」


 幾十もの刃を受けて耐える朱貴を見上げて、玲爽の目から涙が溢れる。


「心配するな。俺は……死なぬ」


 朱貴がにやりと壮絶な笑いを浮かべた。

 百妥はそれを眺め、


「ほほほ、それほどその小姓が愛しいかえ。そんなに望むなら二人一緒にあの世に送ってやろうよ」


 と、欣珪の長剣を拾うと、手下に渡して命じる。


「止めを刺しておしまいっ」


 剣の刃が冷たい光を放って、朱貴の上に振りかざされた。


「朱貴様……」


 玲爽が目を閉じる。だが、朱貴はぎりっと奥歯を食い縛った。黒い髪が逆立ち、裂けていく口から牙が伸びた。竜触角が鋼のように硬くなり、全身に銀色の硬い鱗がびっしりと生えていく。

 その背に唸りを上げて刃が走った時、重い矢が風を切って飛来し、剣を跳ね飛ばした。

 

「なにっ?」


 と、目を向ける先に、趙翼が煙を掻き分けて現れた。その横には、強弩を構えた冷舟。


「またしても、趙翼。よくも邪魔してくれるわ」


 百妥はばりばりと歯を噛み鳴らした。


「俺達もいるぞ」


 背後に掛かった声に、はっと振り返る。ぱちぱちと爆ぜる木立ちの間から、虎勇、龍蘭が落ち葉を踏み鳴らして出てきた。


 輜重隊しちょうたいを護っていた虎勇は、戦っていた眷属達が指笛の合図で姿を消した時、その意味を悟ったのだ。同行の武将に輜重隊を任せ、彼は単身、森の奥へと走り出し、途中、同様に駆けつける龍蘭と合流したのである。


「悪あがきはやめておけ、百妥。お前の悪行もここまでだ」


 言い放つ趙翼に、


「お前達、みんなまとめてやっておしまいっ」


 と、百妥が叫ぶ。


 狐顔の眷属は新手の男達に向かって、匕首を閃かせて襲い掛かった。龍蘭達はこれまでの戦闘の疲れもみせず、ばったばったと斬り伏せ、切り裂き、叩き潰す。竜人に変貌した朱貴も背中の傷など忘れたように、玲爽を庇いながら群がる敵を蹴散らした。


 狐男が何十人掛かろうとものともしない豪傑達に、形勢を逆転された百妥は悔しさにぶるぶると身を震わせた。


「こうなったら、我が眷属もろとも道連れに、皆殺しにしてくれる」


 百妥はかっと口を大きく開いた。凄まじい毒臭が口内から噴き出してくる。

 趙翼が顔色を変えた。


 百狐の体内には、長い時を掛けて溜められた禍々しい毒素が特殊な臓器の中で熟成発酵されている。ひとたび放たれれば、人も動物も、木も草も死に絶える究極の猛毒である。汚染された地上は、広範囲にわたって死の大地と化すという。


 百妥自身も、それが臓器から出た瞬間に死ぬ。しかし、毒素は百妥の身体を通して空中へと拡散し、ここにいる全員を悶死させ、なおも森中の生きとし生ける全ての命を奪い続けるだろう。


 瞬時、黒い風が走った。趙翼はひとっ跳びで百妥に駆け寄るや、一刀のもとに斬り下ろす。信じられないかのように驚愕に歪んだ顔が二つに割れ、百妥はついにここで絶命した。


***


 百妥の眷属達もことごとく討ち取られて、朱貴達は無事、燃え上がる森から脱出した。瑛林寺の広い境内を借りて陣営を張る。


 分散した分隊も徐々に集まってきた。夜になると、境内に赤々と篝火かがりびを焚いて、たどり着く仲間を迎える。まだ全員揃ってはいないが、朱貴の隊以外は、ほぼみんな無事であることが判ってきた。

 百妥は朱貴に焦点を絞って攻撃を組んだのだ。寺の住職は、俳県の県主の善政に感服していたので、快く協力し疲れ果てて来る兵士等を篤くもてなしてくれた。


 借り受けた本堂の一室で、朱貴の衣服を解いた玲爽は背中の無残な傷跡に目を見張った。竜人の力なのか、もうその傷は塞がりかけ血も止まっているが、幾十もの匕首の傷は、深く抉るように肉を貫いていた。

 玲爽はそっと傷に指をわせる。自分を庇って敵の刃を受けるなど……。思い出すたび、今でも胸が震えてならない。


「朱貴様……。もう、二度と、決して、こんなことはなさらないでください。でないと、私は……、私は……」


 言葉にならず、朱貴の広い背中に顔を押し付けてぽろぽろ涙を零した。その手を優しく引いて、朱貴は玲爽を胸に抱きとめた。


「泣くな。何だかお前は、近頃、泣いてばかりいるようだな。見ただろう。私は強い。あんなものぐらいでやられたりはせん。お前が私を大事に想ってくれるように、私はお前が大事なのだ。いや、お前が想う以上に、私には大切な者なのだ。だから、私はお前を護る。なにがあっても、私の命に代えても、お前を護る。それに、お前を必要としているのは、私ばかりではない。この世のみんなにとっても必要なんだ。だから、玲爽、危険な事は全て私に任せていてくれ。私だけではない。龍蘭も、虎勇も、趙翼も、みんながお前を護ってくれる」


 朱貴は、玲爽の顔を両手で挟んで、じっと見つめた。


「お前は、死んではならない。いいか、絶対に死に急ぐな。誓ってくれ。どんなことがあっても、決して死なないと。絶対、自ら死なぬと」


 朱貴は思いつめた真剣な顔で、玲爽に請うた

 彼は心を打たれ、感激に声を震わせて誓う。


「ええ、きっと。私は死にません。決して、自害致しません。何がこの身に起ころうと、どんなことがあろうとも。例え、遠く離れてしまっても、私は貴方を待っています。貴方が死ねと、私にお命じになるまで、私は死にません」


 朱貴はぎょっと顔色を変えた。


「とんでもない。お前に死ねなどど言うわけがない。言えるはずがない。ああ、もう止めよう。死ぬなどと縁起でもない言葉だ。こんなことを言い出すなんて、私もどうかしている」


 気持ちを切り替えようと、朱貴は玲爽を両手に抱きかかえた。

 そのまま、寝台へ運ぶつもりであったが、玲爽の切り替えはもっと早かった。

 素早く腕から降りると、卓の上に地図を広げる。


「それでは、今後の軍の動きを説明します。これをご覧ください」


 軍師に戻ってしまった玲爽を、朱貴は恨めしそうに見た。

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