次なる目標
「……頭が痛い」
『当たり前だ。お前、どれだけ飲んでいたんだ?』
俺はあの後、都市全体に向かい、『何時まではしゃいでいるっ!!』と宴を終了させた。
無論、急にお開きに、というのは難しいと考えたので、“今日まで”という括りを設け翌日からは平常運転を厳命した。
……まぁ、もっとも。五日間も飲めや踊れを繰り広げていたのだ。
そう簡単に平常に戻ることは無いだろう。
『そう、思ってたんだがなぁ』
「いたっ……急に声出さないで下さい。頭に響く……」
宿屋から起きだして来たミア。
その視界を経由して目にした光景に、俺は少し驚かされる。
行きかう人々に、商品が少ないながらも開いている店舗。
更には、外周区にある農園へと向かうのだろう、荷馬車が走っていた。
二日酔い状態のミアをの事は完全に無視するとして、俺の目の前にはおそらく、戦争が起こる前には繰り広げられていただろう。フラクペネイトの日常光景が広がっていた。
『獣人は……ウワバミでもあるのか?』
「ネ、ネクさん……お願い……もっと小さい声で……」
俺はそんな言葉しか出せず、頭を抱えているミアを一瞥すると、周囲を観察し始めた。
終戦の報は近隣にも伝わっているはず。
今は行商など、極端に減ってしまっているだけで、次第に活気を取り戻すだろう。
だが、俺はこの地で一つ、やらねばならない会談がある。
それを行うには、ベオかウルス当たりを交えて話をしないといけないのだが……。
ウルスと視界を共有しようにも、本人はまだ寝ているようだし、ベオは何処にいるのやら。
まぁ、ネーネも昨日の様子を見る限りダウンしてるだろう。
他には……。
『レクスとカウスか、あの二人はどうしているのか。流石にここの馬鹿みたいな醜態は晒してないはずだが……?』
「いや、ネクさん。流石にミアみたいな無茶はしてませんよ」
俺のつぶやきに反応してか、宿屋から二人が出てきた。
鎧などは着こんで居ないが、既にちゃんと目が覚めており、何時でも旅に出かけられる体調のようだ。
『やっぱり、こいつ無茶していたのか?』
「ええ……まぁ、少し不安な事が有ったようで。それも合わせて宴会ではかなり飲んでいたようですから」
こいつが不安?
一体何か心配事でもあるのか?
『おい、ミア。何か思うことが有るのか?』
「……え?? ……あぁぁ~? 何でしたっけ?」
ダメだ、コイツ。
そんなミアに、俺を含めた三人の残念そうな視線が刺さる。
まぁ、いい。何か問題が有ればいつか思い出して、言い出すだろう。
『まぁ、ミアはグダグダだが。ネーネも起きてこない。仕方ないのでこのメンバーだけでいい。代表者のもとへ行くぞ』
「何か有るのですか?」
俺の指示にレクスが当惑するが、カウスは解っている、と言わんばかりに頷くと、そんなレクスへ理由を説明する。
「ほら、結局移民の話はそのままだし、オーレアの件も説明しないといけないだろ?」
「ああ、なるほど。でも、ネクさん。危機は去った以上、移民はどういう立ち位置になるんですか?」
こいつ等はちゃんと理解できているようだ。
そう、あくまでも移民は危機的状況だから出てきた話だ。
しかし、獣人にとって、俺が直接に住まう都市である以上、希望者は多いだろう。
と、すればだ
どこかで管理しないと、一気にこの都市の人口が激減する恐れもあるわけだ。
『まぁ、その辺も踏まえてだな。あと、あの国はオーレアじゃない。すでに別の名前に変わっている』
「それはまた……。地図の刷新とか大変じゃないですか?」
「いや、流通している地図には国名は未記載だから、そこは問題では無いだろう」
気になるのはそこなんだな、こいつ等。
この人界において、本や地図など、印刷技術を持つ国は少ない。
殆どの国が印刷物を輸入に頼っており、技術を持っていないのだ。
持っていたとしても、規制も多く見受けられる。
それゆえ、地図の刷新など可能な国家は少ないのだ。
『そもそも、正式な地図は軍事機密に相当するからな。商工会などが作成した簡易版が一般的だろうし。それよりも、先ずは今後の話しだろう。ほら、ミア、立て。行くぞ』
「うぅぅ……解りました……解りましたから……声を小さく……」
まったく締まらない。
俺達はそんなミアを引っ張りながら、長老達のもとへと脚を運ぶのだった。
「おおっ! これはミア殿、それにレクス殿にカウス殿も。宴は楽しまれましたかな?」
その集会所では、長老をはじめとした族長達がこちらへと挨拶をする。
彼らは朝から集まりなにやら会議を行っているようだ。
『会議中だったか、それはスマナイな。だが、こちらも少し話しておくことが有ってな。いいか?』
一言、断りを入れて、彼らに今後の話しを投げかけようとする。
だが、急に聞こえた俺の声に驚きを隠せない。
しかし、その声の主が俺だと気がつくと、彼らは頭を下げ、急に崇めだす。
「これはネク様! わざわざお越しくださるとは、光栄にこざいます」
長老は仰々しくもそう言いながら頭を下げる。
『頭を上げろ、俺はそう恭しくされるのが苦手だ。普通してくれ』
俺はそういいながら彼らに頭を上げさせると、今後の話しを行うことにした。
『先ず、当初出ていた移住の件だが、そこから話そうか』
未だ二日酔いで頭を抱えるミアに水を与えると、俺は周囲の獣人へと言葉を投げかけた。
獣人たちは会議の手を一旦止め。俺の話しに耳を傾けている。
『移住を許可する。希望者から順次向こうへ赴くと事にはなるが……』
俺の言葉に喜ぶ族長たち。
だがまて、まだ話が終わっていない。
『そう焦るな、移住だが、そもそも向こうの町に全員を受け入れるだけの余裕が無い』
「よ、余裕がない……とは?」
順次移住し、いずれは全員が向こうで生活することを考えていたのだろう。
だが、俺の迷宮には都市部……といえるものは有るものの、その広さはたかが知れている。
それほどに、都市規模の差が有るのだ。
それに、あそこは地下型の迷宮。
下水処理など出来なくも無いが、大勢の住民が生活できるほど……と考えると大規模な施設工事を行わなければならない。
俺は一通り、現在の迷宮都市の状況。そしてこの都市との差を説明する。
そして、何よりも、言わなくてはならないことがある。
『まぁ、何よりも。あそこは秘境といっても過言ではない。一応転移門は設置しているが、陸路での交商は成り立たないと思ってくれ』
「そ、そこまでの所なにですか……!?」
「いや、しかし、転移門が設置されているのならソレを経由すれば……」
彼らは俺が提示した都市情報に驚きながらも、今後どうやればいいかを模索しようとする。
だが、まだまだ話しはこれからだ。
『転移門だが、起動条件は俺から直接許可を受けたものに限定される。一応、こいつらの誰かがいれば現状起動は出来るが、それ以外の者は一度向こうの迷宮都市で俺から許可を得てからになる」
「え、お待ちください。という事は?」
『ああ。今の時点でお前達が都市に移住するためにはこいつ等と共に来る必要がある。そういう事だ』
俺の言葉を聞いてざわめきが起こる。
まぁ、そうだ。
こいつ等は何だかんだ言いながら冒険者。一箇所に定住することはそうそう無い。
だから、それも踏まえ、俺がはミア達にも、族長達にも提案をする。
『そこでだ。レクス、地図を出せ』
「え、あ、はい」
急に話しを振られ、大慌てでレクスは地図を取り出し、広げる。
俺はそれを眺めながら、族長達に移住についての説明を行う。
『此処から転移門を目指す場合、西にあるものが一番近いだろう」
「これですな。オーレアを経由しておよそ半月ほどですか。これならば……」
そういう長老にふと、俺は思い出したようにあの事を告げる。
『ああ、そうそう。オーレアだが、都市名が変わってな、今では都市国家アーレスになっている』
「っ!? アーレス……ですか?」
この名に反応したのはレクスとカウスの二名のみ。
他は名前が変わったことに驚いたのだが、その名の意味までは解らないようだった。
『ああ、ある兄妹の名からとっている。……いいな名だろ?』
「……ええ。ネクさん、ありがとうございます」
二人とも、やはり思うことが有るのか。
名前だけでもこの名が残ることに喜んでいるようだ。
『まぁ、そういう訳で、だ。先発の移民は最大でも千名。人員の選定と準備まかせていいか?』
「はい、それはお任せください」
長老はそういいながら胸をはる。
俺はそれを確認すると、準備期間について説明を開始した。
『期間だが……まぁ慌てなくていい。最低限の準備でなく、最大限の準備を行ってくれ。そして移住開始だが……レクス、俺が言ったこと、覚えているか?』
「え? 一体なんのことですか?」
レクスは俺が何を言っているのか、わかって居ないよううだ。
カウスは……解っているのだろう。「仕方ないな……」と言わんばかりにため息を付き、視線を下に向けている。
『俺が出した課題だ。クラン:黄金の林檎へ指令を出す。ウォッドベーカーを攻略後、獣人の移民団を護衛しつつ、拠点まで戻ってくること。以上だ』
その言葉で思い出したのか、レクスは天を仰ぐ。
だが、聞いた話通りでは、ウォッドベーカーを攻略は骨が折れるだろう。
『もしも、全体的な実力不足なら、近隣の迷宮を先に攻略して、あそこを目指すべきだろう。いいな?』
「……はい。解りました」
まぁ、無理して俺のいう事を聞かなくても善いのだが、本人達にはリベンジも兼ねてある。
それに、なにより。今のところ、目的という物も無いのだ。
己の腕を磨きなおすのにはちょうどいいだろう。
そして、この話しに一切入って来ないミアはというと……。
「……うぅ……話しは終わりましたか……気分が……」
今だ二日様でダウンしていたようだ。
かくして、彼らの当面の目標が定まった。
俺は俺でやらねばならない事がある。
こうして、新しい旅路がはじまるのである。




