22.強制執行
それからしばらく,ガルドにとってはいつもどおりの日々が続いた.たまに探し屋の副業がてら外出する以外は宿の維持管理の毎日だ.ラゼルトとフェルーザも自分たちの仕事で忙しそうにしている.
しかし,問題を見て見ぬふりをしたとて,それが消えるわけではない.ある日の午後,ロウェンが文官風の男を連れだって宿を訪れた.
それはギルド設立申請に対応したクレインという男だった.その日もそうだったように,クレインは事務的にガルドへ要件を告げた.内容はガルドの予想どおり.宿の強制退去だ.
その様子を,応接スペースからラゼルトとフェルーザが見ている.常連客のひとりとなにやら打ち合わせていたようだ.カウンターにいたティオがひらりと飛び降り,そちらへ移動する.
しばらくして,クレインがひととおり説明を終えた.すると脇に控えていたロウェンがカウンターの上に書類を広げ指を置いた.
「というわけなので,早急に宿を返してもらえるかな.ご覧のとおり,これは正当な公的な手続きのうえでの強制執行だ」無言でうなずくクレインを確認するとロウェンが続ける.「猶予は十分に与えたはずだし,出ていく準備はできていますよね」
そこまで言ったところで,応接スペースのラゼルトが立ち上がった.
「いやちょっと待ってくれ.こっちはここをギルドの拠点として許可してもらったばかりだぜ.事情は知らんがいきなり困るってもんだ」大げさに腕を広げて抗議する.
しかし,ロウェンは動じることもなくそちらへ振り向く.
「それはすまなかったね.……ただ,それはおかしい」ロウェンはゆっくりとその場にいる者の顔を見てから続けた.「クレインさんに確認したのだが,君たちがギルドの設立申請をしたのは私がガルドさんへ明渡請求通知を送ったあとだそうじゃないか」
ラゼルトがロウェンの背後のガルドへ視線を送るとガルドは首を振った.否定の意味ではない.これはダメな流れだという意味だ.ラゼルトは片手で頭を抱える.
「ってーと,もしかしてギルドの設立自体が遡って無効ってことか?」
クレインが手元の書類で何かを確認した.
「ロウェンさんの申し出で確認したところ,そもそもガルドさんにこの宿の所有権はありませんでした」ぱたりと手帳を閉じてラゼルトに向かって言う.「申請のタイミング以前の問題です」
一瞬,沈黙がロビーを支配するが,ラゼルトの抵抗は終わらない.
「いやでもよ,もうギルドに登録してる人だっているんだぜ,なぁ」
応接スペースの常連客へ水を向けると,彼は短く名乗り,自分はすでにギルドを利用していると述べた.
クレインは手元の書類に目を落とす.「たしかに一致します」
その発言を受けてラゼルトが畳みかける.
「だろ,もう動き始めた組織をつぶすってのは穏やかじゃねぇよな」
「そっすね.それにたしか,第三者の利益発生は所有権移転の対抗要件になるはずっすよね」
ガルドが視線で合図を送るとフェルーザも援護射撃を放った.
ロウェンは顎を引き,そのまま俯いて黙った.だが,それも続くクレインの言葉で打ち消された.
「とはいえ,この程度であればロウェンさんの個別補償で対処できるかと」
クレインが首を向けると,ロウェンが顔を上げた.
「あ,あぁ,そうですね.十分な補償を約束できますよ」
ガルドは黙って天を仰いだ.ラゼルトも頭を振って短く息を吐く.ロビーにいる誰しもが口をつぐみ沈黙が訪れる.
だが,ガルドは大きく息を飲むと前を向き,ここで割って入った.
「少し待ってもらえますか.こちらにもまだ言い分があります」
沈黙を破ったガルドの声に一同の注目が集まった.
とは言ったものの,実はガルドに秘策などなかった.ガルドの発言は,ただここで引き下がるわけにはいかないというそれだけの理由から発せられたものだった.次にガルドの口から何が発せられるのか,期待と不安のまなざしが集まる.
そのとき,応接スペースで静かに座っていたティオが動いた.わざわざガルドの足先を少しかすめて気を引くと,そのまま宿の入り口前に陣取ってガルドを見つめる.
すると猫型だったティオの輪郭が少しずつ大きくなり始めた.
ティオが見えていない人々もなにかしらの気配だけは感じられたのか入り口前に視線が移る.やがて,小さな猫だったティオは少女のかたちへと変貌した.そして,その手はドアを指さしていた.
一拍おいて,つられるようにガルドが動き宿のドアを開けた.
開け放たれたドアから午後の陽光が差し込み,つかの間,ガルドの目が眩む.思わずかざした手を退けると,宿の前に大勢の人々が集まっているのが見えた.そして,呆気に取られ言葉を失うガルドに一斉に視線が注がれた.
しかし,呆気に取られているのはガルドだけではなかった.ラゼルト,フェルーザ,ロウェンにクレインもそうだが,集まった当人たちもわけが分からないといった表情だ.
彼らは何日にもわたってガルドたちが苦労して集めたギルド登録者たちだった.その中には加護管理局の申請書に記載した人物も含まれている.貧民街でガルドが勧誘した少女も友人たちを連れている.
「誰かに呼ばれた気がした」「自分は動物を追いかけてきた」「用事を思い出した」など,口々に理由を述べているが,いずれにせよなんとなく宿に足を運んだというのだ.
人々の騒めきとともに,暖かな午後の外気が宿の中へと流れ込むのが感じられた.これを好機とガルドはクレインに向き直り言い放った.
「言い分というのはこれです.彼らもギルド登録者です.ロウェンさん,個別補償は可能でしょうか?」
クレインは何も言わなかったが,ただロウェンのほうを向いた.
ロウェンは首を振り「できないことはないが……」と言い淀んだ.そして,次には肩をすくめると黙って宿を出て行った.
クレインはその姿を見送ると,ガルドたちに一礼し,そのあとをついていった.
ガルドは集まった人々を宿の中へ招き入れるとラゼルトの背中を押した.
「せっかくだから,何か言ったらどうだ.ギルド長」
ラゼルトはガルドの脇腹を小突くと人々に向けて宣言した.
「ようこそ,弱小零細ギルドへ!意地張ってもたいした徳はねぇ.変なプライドは捨てて弱者どうし助け合っていこうぜ」
歓声は上がらなかった.
だが,苦笑しつつも,集まった人々どうし声を掛け合い,かすかな交流が始まったようだった.人々には見えてこそいないが,輪の中には少女姿のティオもいる.
裏方のガルドは文字どおりバックヤードへ引っ込むと,あらためて胸をなでおろした.
一応,危機は去ったとみてよさそうだ.ただ,クレイン曰くこれは「強制執行の保留」にすぎないとのこと.ロウェンが取り下げなければ執行継続の方向で再開するし,はっきりとは言わなかったがロウェンの申し立てとはまた別の理由もあるそうだ.
とはいえ,そこは自信をもって解決できる.ガルドは滞納している税を早急に支払うことを心に決めた.




