20.教会本部
翌日,ガルドは港湾部にある教会本部へと赴いた.ラゼルトとフェルーザは留守番だ.
教会本部は治水・水運の権益も持っていることから,海沿いに本部を構えていた.町はずれの宿から港湾部へ辿り着くまでには,ガルドの足でも半日ほど掛かった.
潮風に吹かれながらガルドは教会本部を見上げる.道中どこかへ消えていたティオもいつの間にかガルドの脇に陣取って上を見ている.
教会本部は継ぎ目のない石造りでできた立方体の巨大な建造物だった.ガルドは灰を混ぜて作る人工の石の話をどこかで聞いた記憶があるが,それでできているのだろう.これは加護によるものではないが,極めて特殊な技術だ.
馬車が下れるように緩いスロープになった坂を下ると大きな門が見えた.どういう作りになっているのかは分からないが,扉に取っ手はなく,スライドして開く仕組みになっている.
屋内に入るとやはり四方が継ぎ目のない石の壁で埋め尽くされており,正面に受付と思しきカウンターがあった.
ガルドがカウンターの前に立つとどこからか声が聞こえた.こちらは明らかに加護の力だ.教会の持つ加護の力を誇示しようという狙いなのかもしれない.
「こんにちは,今日はどういったご用件で?」
細いがよく通る声の主はおそらく女性だ.目の前に人はいないがガルドは軽く頭を下げてから切り出した.
「はい,今回は公共放送の加護の利用申請に参りました」
そこまで言ってガルドは受付の声も同じ加護の応用なのかと気づいた.
「ではまず利用目的をおっしゃってください」
「はい,放送を通じてギルド開設の告知を考えています.ギルドは神の事業の個人受託者向けに特化したものを設立しました」
「承知しました.その目的でしたら利用料の減免申請も可能です」
「それは良かった.ではこれから具体的な手続きはどのようにしたら」
思いのほか淡々と手続きが進みガルドは安堵しかけたが,そう簡単な話ではなかった.
「まずは利用者の審査が必要です.お客様も加護持ちでしょうか」
「はい」
「では加護の利用許可証を上に置いてください」
するとガルドの前のカウンターがわずかに動き,卓上に窪みが表れた.
ガルドは懐から許可証を取り出し窪みにはめ込む.なにも変化は感じられなかったが,しばらくするとふたたび頭上から声が響いた.
「申し訳ございませんが,お客様の資格情報では利用が認められませんでした」
「具体的にはどこが駄目だったんでしょうか」そこにはいないが,ガルドは頭上に向けて言った.
「信用スコアが不足しています」
また信用スコアか,とガルドは唇を噛んだ.しかし,食い下がってどうなるわけでもないと考えたガルドはいったんカウンターを離れ外に出た.
とはいえ,半日も掛けて来たことを考えるとこのままおめおめと帰るのも気に入らない.どうにかならないかと思案を巡らせていると妙案が閃いた.
ガルドはふたたび教会へ入るとカウンターへ赴き口を開いた.
「自分の資格情報で遠隔会話の加護の一時利用は可能でしょうか」
「はい,それでしたら」
「では,お願いします.対象はアラゼルント・カルヴィット.今は居住区の外れの宿にいるはずです」
「かしこまりました.しばらくお待ちください.対象の位置を特定します」
沈黙のなかガルドはただ待つ.
「繋がりました」
沈黙を破って騒々しい声が響いた.
「おいおい,いきなりなんだよ.いま飯食ってたところだぜ」
そこまで驚いた様子もない.ラゼルトは通話の加護を利用したことがあるのだろう.
「急にすまない.いま教会に来てるんだが,実は困ったことになってて,ラゼルトさんに力を貸してほしいんだ」
「あぁ?面倒なことじゃねぇだろうな……おい,フェル.そりゃ俺んだぞ」
なにかを飲み込む音がした.どうやら本当に食事の邪魔をしてしまったらしい.
「全然面倒じゃない.ただ,ここまで来てもらう必要がある」
「まぁまぁ面倒じゃねぇか.……まぁ,乗りかかった船だ.いいぜ」
「恩に着る.落日の鐘の時間に現地集合でいいだろうか」
少しの咀嚼音のあとラゼルトが答えた.
「いや?そこまで待たなくていい.一刻もあれば着く.そのまま待ってろ」
通話の加護を終えると,ガルドは無人の受け付けへ礼を述べた.そして,さすがにカウンターで待つわけにはいかないと考えたガルドは外へ出てラゼルトを待つことにした.
潮風の吹く広場でガルドは長椅子に腰かけて港を眺めていた.ゆっくりと日が傾いていく.待てないほどではないが手持無沙汰だ.しかし,頼みごとをした手前,待たないわけにもいかない.
仕方なくガルドがティオの尻尾で戯れていると,ほどなくしてラゼルトが到着した.予想以上に早い.
興味を持ったガルドは遠慮なく聞いた.
「だいぶ早いが,それも加護か」
「あぁ,早駆けの加護だ.事業内容も言っとくか?」
「いやいい」
ラゼルトのことだからどうせ実体のない事業で詐取した加護に決まっている.力を貸してもらっているとはいえ聞けば面白くない.
ガルドは手早くラゼルトへ事情を説明すると,二人で三度教会へ入った.
「こんにちは,本日はどういったご用件で」
頭上の声が若い男性のものに変わっている.どうやら担当者が変わったようだったが,ガルドにとっては好都合だった.ガルドが合図を送ると,ラゼルトは手筈どおりに公共放送の加護申請を進めた.
「……以上で手続きは完了です.このあと別室で実際の放送内容を記録しますが,準備はよろしいでしょうか」
ガルドは胸をなでおろした.
しかし,地道に宿を経営しているガルドとは違い,ラゼルトの信用スコアは架空の事業で積み上げられたものだ.ガルドは複雑な心境のまま,ラゼルトとともに別室へと進んだ.
別室もまた受付とさほど変わらない光景だった.ただ,継ぎ目のない四方に囲まれた中央に大きな石が屹立している.その石を相対してガルドとラゼルトが立つ.
今回,申請者はラゼルトのためガルドはただの付き添いにすぎないが,放送内容は事前にラゼルトへ申し送りしてある.
――町はずれの宿にギルド新設!どんな加護でも大歓迎.まずは宿のご利用がてら見学からどうぞ.いつでもお待ちしています――
事前に文章をしたためた紙も渡してある.目で合図を送るとラゼルトがにやりと笑って頷く.
頭上から声が響く.「ではいつでもどうぞ」
ラゼルトが大きく息を吸うと手に持った紙を握りつぶした.
「錆の世代に告ぐ.町はずれの宿へ来い!そのまま燻ってたいやつは好きにしろ!」
ガルドが止める間もなく一息に言い放つと,ラゼルトが歯をむき出しにして笑った.
ガルドはしばらく放心していたが,気を取り戻すとラゼルトに言った.
「お前なにしてくれてるんだ……が,まぁこれでいいか」
ガルドは呆れていたが,不思議と悪い気はしなかった.ふだん感じていた胸の重さが一瞬軽くなった気さえした.
あとは公共放送が実施されるのを待つのみ.放送を聞いて来訪者があれば,宿に詰めているフェルーザが対応する手筈だ.
すでに日も暮れていたが,二人は帰路に就いた.道中,ラゼルトは早駆けの加護を使わず,ガルドに付き合ってくれた.




