第65話:雷炎の魔境と、難易度上昇に歓喜する美食家たち
###第65話:雷炎の魔境と、難易度上昇に歓喜する美食家たち
『悠久の大迷宮』第20階層――『天海の水鏡』。
大ボスである天海の神鯨を完璧に捌き、神話級設備『時空の豊穣農園&生簀』を手に入れた『悠久の踏破者』たちは、拠点での祝の宴を終え、いよいよ未知なる領域である第21階層への扉の前に立っていた。
「ここから先は、ギルドの過去の文献にも一切記録がない。文字通りの『完全未踏の深層』だ」
トウヤが、これまでの扉よりも一回り大きく、禍々しい装飾が施された黒曜石の扉を見上げて言った。
「第20階層までの敵は、俺たちの異常なレベルと装備でサクサク狩れたが……迷宮の法則上、ここから先は敵の強さが『理不尽』な次元に跳ね上がるはずだ。油断するなよ」
「ガッハッハ! 望むところだ! どんなバケモノが来ようと、俺の『獄炎の竜盾』が全部弾き返してやる!」
「私の『聖樹の純白法衣』とペンダントの魔力も万全です! 皆さんの鮮度(HP)は絶対に守り抜きます!」
ガレスとマリアが頼もしく頷き、他のメンバーも各々の神話級装備を鳴らして闘志を高めた。
「よし、行くぞ!」
ギギギギギギギギ……ッ!!
地響きのような重低音と共に扉が開いた瞬間。
「うおっ!?」
「きゃあっ!?」
扉の先から吹き付けてきたのは、息をするだけで肺が焼け焦げそうになるほどの『超高温の熱風』と、髪の毛が逆立つほどの『強烈な雷の魔力嵐』であった。
第21階層――『紅蓮の火山と雷鳴の魔境』。
そこは、見渡す限り黒焦げた大地が広がり、至る所で煮えたぎるマグマの川が流れていた。空は分厚い暗雲に覆われ、数秒おきに紫色の極大の雷が大地に向かって降り注いでいる。
これまでの「過酷だが美しい自然」といった環境とは次元が違う、純粋な『殺意』だけで構成されたような地獄の風景だった。
「リル! すぐに温度と環境を調節してくれ!」
「ピュイィィッ!」
トウヤの肩に乗ったスライムのリルが、全魔力を振り絞って【温度調節】と【流体バリア】を展開する。それでもなお、バリアの表面がジリジリと焦げる音が響いていた。
「……信じられない環境ですね。立っているだけでも体力を削られそうです」
ルミナが『星天の魔杖』を構え、周囲の熱を相殺するように冷気を纏う。
ズドォォォォンッ!!
目の前のマグマの川から、凄まじい爆発と共に巨大な影が飛び出した。
体長十メートルを超える、全身が溶岩の装甲で覆われた巨大な蟹『マグマ・エンペラークラブ』。
さらに、黒焦げの大地を揺らして現れたのは、紫電を纏った二本の巨大な角を持つ、体長八メートルの巨大牛『ライトニング・ブル』の大群であった。
「…………!!」
ジンが【気配察知】と【直感回避】のスキルをフル稼働させ、額に冷や汗を浮かべた。
「トウヤの兄貴……。こいつら、昨日までの魔物と基礎ステータスが違いすぎる。ただ歩くだけで空気がビリビリ震えてやがるぜ。さすがにこれは……」
普通の冒険者(あるいはこれまでの彼ら)であれば、一歩引いて陣形を組み直すほどのプレッシャー。
しかし。トウヤの【神眼の指揮】は、そのプレッシャーの奥にある『真理』を完璧に見抜いていた。
「おい、お前らァァァッ!!」
過酷な魔境の雷鳴すら掻き消す、トウヤの絶叫が響いた。
「あいつら、ただの化け物じゃないぞ! あの溶岩蟹、極限の高熱と高圧の環境で育ったせいで、殻の中の身が信じられないくらい『超・高密度』に引き締まってやがる! 普通のカニの百倍の旨味が凝縮された『究極の濃厚カニミソ』が詰まってるぞ!!」
「なっ……!」エリスの目の色が変わる。
「そしてあの雷牛! 常に雷の魔力を筋肉に流して活動してるおかげで、全身が『奇跡の赤身肉』だ! 霜降りとは違う、噛めば噛むほど肉の旨味とピリッとした雷の刺激が爆発する、極上のスパイスステーキ肉だァァァッ!!」
「「「極上の、スパイスステーキ肉ッ!!?」」」
地獄の環境に対する恐怖など、彼らの脳内から一瞬で消し飛んだ。
「ガッハッハ! 雷の牛だと!? ビールに合わないわけがないだろうが!!」
「カニミソ! 濃厚なカニミソですわ! バゲットに塗って焼いたら絶対に美味しいです!」
「だが気をつけろ! こいつらは今までみたいに5秒で瞬殺とはいかない! 殻は鋼鉄より硬く、動きは雷のように速い! 肉を傷つけないように、全員の連携をフル稼働させて『極上のコース料理』を仕上げるぞ!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
タガが外れた美食家たちが、魔境の大地を蹴った。
「ブルモォォォォォッ!!」
ライトニング・ブルが、紫電を纏った超音速の突進を仕掛けてくる。
「速えっ!? だが、受け止める! 【魔力城塞・極】!」
ガレスが竜盾を構えるが、牛の突進を受けた瞬間、ガレスの巨体が「ズザザザッ!」と数メートルも後退した。今までどんな攻撃も片手で弾いていたガレスの盾が、初めて軋みを上げたのだ。
「ガッハッハ! 効くぜ! こいつは骨があるな!」
「ガレスさん、私が支えます! 【絶対結界・多重防壁】!」
マリアがすかさず結界を重ね掛けし、雷の衝撃を完全にシャットアウトする。
「カニの殻、硬すぎますわ! 私の一撃でもヒビしか入りません!」
エリスが『竜殺しの重剣』でマグマ・クラブの関節を叩き斬るが、超高密度の溶岩殻に阻まれ、一撃での【装甲剥がし】が通じない。
「エリス、俺が隙間を作る! 【直感回避・神速】!」
ジンが空中の雷をすり抜けながら、カニの関節のヒビに短剣をねじ込み、強引に隙間をこじ開ける。
「そこです! 冷却して脆くします! 【アブソリュート・ゼロ】!」
ルミナがその隙間に絶対零度の魔法を撃ち込み、急激な温度変化によってカニの溶岩殻を内側から崩壊させた。
「よし、完璧なパスだ!!」
最後はトウヤが『神斬りの業物』を抜き放ち、【空間斬り】で無防備になった雷牛の極上赤身肉と、溶岩蟹の濃厚なミソだけを美しく切り出す。
「……ふぅ! やったぞ!」
息を弾ませながら、トウヤがアイテムボックスに食材を収納する。
これまでの階層のように「見つけ次第瞬殺の乱獲」とはいかない。敵の動きを見切り、防御を固め、全員のスキルを噛み合わせてようやく「一つの食材」を無傷で狩ることができる難易度。
だが、トウヤの顔には、疲労よりも『狂喜』の笑みが浮かんでいた。
「最高だ……! 敵が硬くて速いからこそ、俺たちの連携をさらに上の次元に引き上げられる! 何より、苦労して手に入れた分、この肉の味は絶対に格別だぞ!!」
「ヒャッハー! 違いないぜ! トウヤの兄貴がそこまで言うなら、狩りがいがあるってもんだ!」
「ええ! 私の大剣も、もっともっと鋭く研ぎ澄ませてみせますわ!」
難易度が上がったことで、彼らの「キャンパーとしての闘争心(食欲)」にさらに火がついたのだ。
***
その日から、彼らの第21階層での『過酷で美味しいスローライフ』が始まった。
これまでは一日で階層を駆け抜け、乱獲してカンストさせていたが、今回は違う。
一日中、雷とマグマの降り注ぐ魔境で死闘(食材調達)を繰り広げ、ギリギリの連携を少しずつ洗練させていく。
そして夜になれば、【星の箱庭】の快適な豪邸に戻り、その日に採れた最高の食材で極上の晩餐を開くのだ。
「さあ食え! 今夜は『ライトニング・ブルの超厚切りスパイシーステーキ』と、『マグマ・エンペラークラブの特濃ビスクスープ』だ!!」
ジュワァァァァァァッ!!
トウヤが鉄板で焼き上げた雷牛のステーキは、口に入れた瞬間、凝縮された赤身の圧倒的な旨味が爆発し、同時に雷の魔力による「ピリッ!」とした心地よい刺激が舌を駆け抜ける。
「んんんんッ!! なにこれ、噛めば噛むほどお肉の味が濃くなります! 雷のビリビリが最高の胡椒みたいになって、永遠に食べ続けられますぅ!」
マリアが白飯を片手に感動の涙を流す。
「ガッハッハ! カニのビスクもとんでもないぞ! 今までのカニミソが霞むくらい、味が暴力的に濃い! バゲット一本じゃ足りねえ!!」
ガレスが鍋ごと抱え込みそうな勢いでスープを飲み干す。
さらに、彼らには第20階層で手に入れた『時空の豊穣農園&生簀』がある。
「よし、この雷牛の赤身細胞と、溶岩蟹の足を農園の培養プールにセットしておいたぞ。これで明日には、拠点の中でもこの極上食材が勝手に育つようになる」
「「「神の設備バンザイッ!!」」」
過酷な戦闘をこなし、最高の飯を食い、拠点設備で食材を無限増殖させる。
数日後。
雷鳴とマグマが荒れ狂う第21階層で、ライトニング・ブルの大群を前に、彼らはもはや焦ることなく、笑い合いながら完璧な陣形を組んでいた。
「ガレスさん、右から三頭来ます!」
「おう! 俺がまとめて受け止める! エリス、ジン、殻割りは任せたぞ!」
「ルミナ、マリア! 鮮度保持の準備だ!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
大迷宮の真の深層、真の地獄。
しかし、『悠久の踏破者』たちにとって、そこは「少し歯ごたえのある、極上の高級食材の狩り場」へと変貌していた。
難易度が上がれば上がるほど連携が研ぎ澄まされ、手に入る食材の質が上がり、農園が豊かになっていく。
最強の拠点と底なしの食欲を持つ彼らの迷宮スローライフは、もはや迷宮の法則すらねじ伏せ、どこまでも美味しく、そして熱く続いていくのであった。




