第33話:水晶サソリの極上バター焼きと、深層への切符、そして届かぬ追跡者
第33話:水晶サソリの極上バター焼きと、深層への切符、そして届かぬ追跡者
『悠久の大迷宮』第8階層――幻惑の水晶洞窟。
空間の歪みと魔力の乱反射が支配するこのデッドラインに足を踏み入れてから、数日が経過していた。
「クー、右上の空間の歪みからスパイダーが来るぞ! ジンは左のサソリの群れを牽制!」
「ピィィッ!!(任せて!)」
「あいよっ! 【直感回避】からの罠解除式・急所突きだ!」
クーが【重力嵐】を放って空間転移の出口ごとフェイズ・スパイダーを押し潰し、ジンが滑らかなステップでクリスタル・スコーピオンの関節を破壊して動きを止める。
すかさず、ガレスの【魔力城塞】が乱反射する魔力光線を完全にシャットアウトし、ルミナの【精霊共鳴】による氷槍がサソリの群れを次々と氷漬けにしていく。
「ワォンッ!」
クロが【次元影跳躍】で空間を無視して飛び回り、凍ったサソリの装甲を砕く。
そして、トウヤの『幻影の解体短剣』から放たれる【空間斬り】が、残った魔物たちを一太刀で次元ごと両断した。
パキィィィィンッ……!!
美しいガラスが割れるような音と共に、第8階層の凶悪な魔物たちは、ただの「光る極上食材」へと姿を変えた。
「よし、お疲れ! 新スキルが完全に馴染んできたな。空間の歪みも、もう誰も気にしてないだろ」
トウヤが短剣をクルリと回して鞘に納めると、ジンが呆れたように肩をすくめた。
「そりゃあな。俺の【直感回避】とクーの索敵が合わされば、どこから奇襲が来ようがスローモーションにしか見えねえよ」
「ガッハッハ! 全く、あの理不尽な環境デバフが、今じゃただのキラキラしたイルミネーションだな!」
ガレスの言う通りだった。
第8階層の異常環境は、トウヤたちにとっては初日の戦闘で新スキルを引き出すための「踏み台」でしかなく、その後はひたすら連携を磨きながら『水晶サソリの肉』や『クリスタル岩塩』を乱獲するだけのボーナスステージと化していたのである。
***
「よし、今日の収穫祭だ! 水晶サソリの極太ハサミ肉を、たっぷりのバターとクリスタル岩塩で豪快に焼き上げるぞ!」
安全な空間の歪みのない場所にテントを張り、トウヤは魔力コンロの火力を全開にした。
巨大なスキレットに、迷宮牛の特濃バターをひとかけらどころか「一塊」丸ごと放り込む。ジュワァァァァッ! とバターが溶けて黄金色の海ができたところに、殻を剥いた『水晶サソリのハサミ肉』――一つが丸太のように太く、透き通るような白身肉――を次々と投下した。
バチバチバチッ!!
テント内に、甲殻類特有の暴力的な香ばしさと、バターの芳醇な香りが爆発する。
「クゥゥゥン……」「ピルルッ……」
クロとクーがコンロの前にへばりつき、涎を垂らしながら尻尾と羽をパタパタと振っている。
トウヤは肉の表面がほんのりと桜色に色づいたところで、白ワインを回しかけてフランベし、アルコールを飛ばす。仕上げに、この階層で採れたばかりの『クリスタル岩塩』をパラパラと振りかけた。
「完成だ! 『水晶サソリの極太肉・濃厚ガリバタ焼き 〜クリスタル岩塩仕立て〜』! 熱いうちに食えよ!」
皿にドンッと盛られた、特大のカニ肉(サソリ肉)。
ルミナは両手でフォークを握りしめ、大きく切り分けた肉を口へと放り込んだ。
「――――あふっ、ほふっ……んんんんんッ!!」
ルミナの長い耳が、ピーン! と垂直に跳ね上がった。
プリップリを通り越して「ブリンッ!」と弾ける凄まじい弾力。噛みちぎった瞬間、極上のシーフードの甘みが、濃厚なバターのコクと共に口内を暴れ回る。そして何より、クリスタル岩塩の角のないまろやかな塩気が、サソリ肉の旨味を限界のその先まで引き上げているのだ。
「お、美味しい……! 第3階層のカニさんも最高でしたけど、この水晶サソリさんの弾力と旨味は別次元です!! クセが全くなくて、無限に食べられちゃいます!」
「うめぇぇぇッ!! 白ワインの風味が肉の甘みを引き立ててやがる! バターと塩だけのシンプルな味付けなのに、なんでこんなに深い味がするんだ!?」
ジンも感動の涙を流しながら肉を貪り、ガレスは無言で白飯に肉を乗せ、特大の「サソリ丼」にして掻き込んでいる。
「ははっ、クリスタル岩塩のミネラルが凄いからな。食材の味を底上げしてくれるんだ」
トウヤも自作の絶品サソリ肉を頬張り、その完璧な美味さに満足げに頷いた。
***
食後の優雅なコーヒータイム。
トウヤはマグカップを片手に、空中に青白いステータスボードを展開した。
「さて、連日の乱獲も一段落したし。全員のステータスと経験値の具合を見ておくか」
「頼むぜリーダー。俺の【罠解除】も、もうこれ以上上がらねえ気がする」
トウヤが指をスライドさせると、六人の『簡易ステータス』が並んで表示された。
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【トウヤ】 Lv.26 / 空間斬り Lv.3 / 神眼の指揮 Lv.3
【ガレス】 Lv.35 / 魔力城塞 Lv.4 / 鉄壁・極 Lv.2
【ルミナ】 Lv.29 / 精霊共鳴 Lv.4 / 無詠唱極大魔法 Lv.2
【ジン 】 Lv.28 / 直感回避 Lv.4 / 罠解除 Lv.MAX
【クロ 】 Lv.30 / 次元影跳躍 Lv.3 / 料理狂信 Lv.MAX
【クー 】 Lv.31 / 重力嵐 Lv.3 / 甘味狂信 Lv.MAX
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「……うん、見事に全員、この階層で上がるレベルの限界に達してるな。新スキルも数日でレベル3〜4まで育ってる」
トウヤがボードを眺めて言うと、ジンが顔を引きつらせた。
「あのな、トウヤの兄貴。まだこの第8階層に来て、数日しか経ってないんだぞ? 普通の冒険者なら、空間の歪みに慣れるだけで一ヶ月はかかる。それを数日で連携を完璧に仕上げて、経験値まで吸い尽くすなんて……俺たちのパーティー、本当に迷宮の生態系をぶっ壊してねえか?」
「ガッハッハ! 今更だろうジン。俺たちは『悠久の踏破者』だ。この圧倒的な暴力(連携)こそが、スロー踏破の絶対条件だからな!」
ガレスが腹を叩いて豪快に笑う。
「そういうことだ。……連携も完璧に仕上がったし、サソリ肉も岩塩もアイテムボックスに一生分ストックできた」
トウヤはステータスボードを閉じ、全員の顔を見回した。
「明日、俺たちはこの水晶洞窟を抜けて、未知なる『第9階層』へと進む」
その宣言に、一瞬だけテントの空気が引き締まった。
第9階層。数十年間、王国の歴史において誰一人として到達したことのない、完全なる前人未到の領域。そこから先は、ギルドの資料すら存在しない「真の暗黒」だ。
「……第9階層、ですか」
ルミナが、手元のマグカップをギュッと握りしめた。その表情には、恐怖よりも深い「安堵」が浮かんでいた。
「どうしたルミナ? 怖いか?」
トウヤが優しく尋ねると、ルミナはブンブンと首を横に振った。
「違います。その……すごく、嬉しいんです。お父様が差し向けた追跡隊も、この第8階層の魔力異常で、私の追跡魔法の痕跡を完全に失っているはずです。でも、もし彼らが意地になってこの階層をウロウロしていたら……万が一、出くわしてしまうかもしれないって、心のどこかで少しだけ不安でした」
ルミナはそこでふわりと笑い、トウヤの目を真っ直ぐに見つめた。
「でも、私たちが明日、第9階層へ降りてしまえば。……それはもう、エルフの追跡隊にとって『完全に手出し不可能な領域』へ消えることを意味します。お父様たちのような、プライドが高くて環境に適応できないエルフには、第9階層の扉を開くことすら絶対に不可能ですから」
「なるほどな。第9階層への突入が、結果的にエルフの追手に対する『完全なる牽制(という名のガン無視)』になるってわけか」
ジンがニヤリと笑う。
「そういうことだ。俺たちが深層へ行けば行くほど、君を縛り付けていた過去は、絶対に届かない場所へと置き去りにできる。ルミナ、お前はもう完全に自由だ。これからは、美味い飯のことだけ考えてればいい」
トウヤの力強く、そして温かい言葉に、ルミナの目からポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「はいっ……! トウヤさん、ガレスさん、ジンさん……クロちゃんにクーちゃんも! 私、皆さんと一緒にどこまでも行きます! 美味しいご飯のためなら、未知の階層の魔物なんて、全部燃やし尽くしてみせます!」
「おいおい、頼もしい後衛サマだぜ」
笑い合う仲間たち。
過去の追跡者たちは、もはや彼らの影すら踏むことはできない。
常識外れのスピードで成長を遂げた『悠久の踏破者』の六人は、絶対的な連携と、底なしの食欲、そして温かい絆を胸に秘め――明日、いよいよ誰も見たことのない真の深層、第9階層の扉を開け放つ。




