第3話:暗闇に潜む影と、胃袋からの主従契約
第3話:暗闇に潜む影と、胃袋からの主従契約
迷宮探索も数日が経過し、トウヤは第2階層の探索を順調に進めていた。
この日も午前中からホーンラビットやマタンゴを危なげなく狩り、十分な経験値と食材を確保したトウヤは、少し早めの昼食をとるために【拠点創造】の結界を展開した。
「さて、今日の昼飯は……昨日手に入れた『大コウモリの胸肉』の香草パン粉焼きにしよう」
迷宮内で血抜きと解体を済ませておいた大コウモリの肉は、鶏の胸肉に似た淡白な味わいだが、火を通しすぎるとパサついてしまう。トウヤは肉を包丁で叩いて柔らかくし、ニンニクと香草を混ぜ込んだ特製のパン粉をたっぷりとまぶした。
多めのオリーブオイルを引いたスキレットで揚げ焼きにすると、たちまちニンニクの刺激的な香りと、パン粉がキツネ色に焦げる香ばしい匂いが結界内に充満する。
サクッ、ジュワァッ……。
見事な黄金色に焼き上がった肉をナイフで切り分けると、閉じ込められていた肉汁がじわりと滲み出した。
「いただきます」と一口頬張れば、サクサクの衣の食感と、淡白ながらも旨味の詰まった肉汁が口の中で見事なハーモニーを奏でる。
「美味い……! 迷宮の奥深くで食べる揚げ物は最高だ」
トウヤが至福のひとときを満喫していた、その時だった。
――グルルルル……。
結界のすぐ外側、光の届かない薄暗い通路の奥から、低い唸り声が聞こえた。
トウヤが警戒して短剣を手に取ると、暗闇の中から一つの影がゆっくりと姿を現した。
それは、漆黒の毛並みを持った狼型の魔物、『シャドウウルフ』だった。
本来であれば、素早い動きと鋭い牙で冒険者を恐怖に陥れる中層クラスの魔物のはずだが、目の前の個体はどこか様子がおかしい。毛並みはボロボロで、足元もおぼつかず、何よりその鋭い眼光はトウヤではなく、スキレットの上で湯気を立てる『香草パン粉焼き』に釘付けになっていた。
キュルルルルルゥゥ……。
唸り声よりもはるかに大きな音が、シャドウウルフの腹の虫から鳴り響いた。
「……お前、もしかして腹ペコなのか?」
トウヤの問いかけに、シャドウウルフはビクッと身をすくませたが、肉から目を離そうとしない。
(本来なら敵だが……こんな腹ペコの犬をいじめる趣味はないな)
トウヤは苦笑すると、結界を少しだけ解除し、新しく焼き上げた大コウモリの肉と、作り置きしていたホーンラビットの骨付き肉を皿に盛り、シャドウウルフの前にそっと差し出した。
「ほら、食うか? 熱いから気をつけてな」
シャドウウルフは警戒するようにトウヤの顔と皿を交互に見ていたが、抗いがたい肉の匂いについに理性が吹き飛んだのか、猛然と肉に食らいついた。
ガツッ、ムシャムシャ、バクバクバク!
熱々の肉を噛み締めた瞬間、シャドウウルフの瞳孔がカッと見開き、耳がピーンと立った。あまりの美味しさに、獰猛な魔物の顔が、まるで飼い主から最高のおやつを貰った子犬のようにだらしなく緩んでいく。そして、背後に生えた立派な尻尾が、ちぎれんばかりにブンブンと振られ始めた。
あっという間に皿を平らげたシャドウウルフは、トウヤの足元にすり寄り、喉をゴロゴロと鳴らして甘え始めた。完全に胃袋を掴まれた瞬間である。
「ははっ、お前、見た目に反して現金なやつだな。真っ黒だから、名前は『クロ』でどうだ?」
「ワゥ!」
クロが嬉しそうに吠えた瞬間、トウヤの脳内に『シャドウウルフ(クロ)をテイムしました』というシステム音声が響いた。初日に確認したスキル【従魔術】の特殊条件『胃袋掌握』が見事に発動したのだ。
「本当に飯で釣れるとはな……。よし、仲間になったことだし、クロのステータスを確認しておくか。――『ステータス・オープン』」
空中に半透明のステータスボードが浮かび上がる。
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【名前】 クロ
【種族】 シャドウウルフ(個体変異)
【主】 トウヤ
【レベル】 14
【HP】 420 / 420
【MP】 180 / 180
【筋力】 B
【敏捷】 A
【耐久】 C
【魔力】 C
【アクティブスキル】
・噛み砕く牙 Lv.4
・疾風駆け Lv.4
・ヘイトコントロール Lv.2
【パッシブスキル】
・闇視 Lv.MAX
・気配察知 Lv.3
・隠密行動 Lv.3
・悪食耐性 Lv.2
・主人の料理狂信 Lv.MAX
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「……おいおい、敏捷【A】って。俺のオールEとは大違いじゃないか」
トウヤは驚きと共にステータスボードを眺めた。中層クラスの魔物というだけあり、基礎スペックが段違いだ。
さらにトウヤの目を引いたのは、アクティブスキルにある【ヘイトコントロール】の文字だった。
「なるほど、敵の注意を意図的に自分へ向けるスキルか。……これなら、クロがヘイトを稼いで敵を撹乱している間に、俺が安全な位置から弓や短剣で仕留める『遊撃連携』が組めるな」
今後の戦闘スタイルに確かな光明を見出したトウヤだったが、一番下にあるパッシブスキルを見て思わず吹き出した。
「パッシブスキル『主人の料理狂信 Lv.MAX』ってなんだよ。完全に俺の飯の虜じゃないか」
「ワォーン!(もっと肉!)」
「はいはい、わかったよ。夜はもっと美味い肉を焼いてやるからな」
こうして、トウヤにとって索敵やヘイト稼ぎを担当する最強で腹ペコな相棒が誕生したのだった。
***
翌日。
トウヤとクロのコンビは、さっそく第2階層の深部へと足を踏み入れていた。
前日の夕食と今朝の朝食で、トウヤの作る『絶品お肉料理』を腹一杯に堪能したクロは、毛並みもツヤツヤになり、完全に本来の動きを取り戻していた。
「クロ、右の通路の奥に3体。ゴブリンの群れだ。昨日確認した『アレ』、頼めるか?」
「グルァッ!」
トウヤの指示に呼応し、クロは影に溶け込むような尋常ではないスピードで駆け出した。
ゴブリンたちがクロの気配に気づき、錆びた剣や棍棒を振り上げる。そこでクロはステータスにあった【ヘイトコントロール】を発動させ、ゴブリンたちの敵意を完全に自分へと向けさせた。
「よし、完璧だクロ!」
ゴブリンたちがクロに気を取られている隙に、トウヤは後方から狩猟弓を構えた。
標的はクロに夢中で完全に無防備。トウヤは研ぎ澄まされた集中力で弦を引き絞り、流れるような動作で矢を放った。
ヒュッ、ダンッ!
ヒュッ、ダンッ!
2本の矢が、寸分の狂いもなく2体のゴブリンの急所を貫いた。
その瞬間、トウヤの体の中に新たな力の脈動が走った。単なる『弓術』のスキルが、実戦の中で【精密連射】へと進化したのだ。
残る1体のゴブリンが、仲間の死に気づき怒り狂ってトウヤへと向かってくる。
「グルルッ!」とクロが背後からゴブリンの足首に噛み付き、体勢を崩させた。
その完璧なアシストに対し、トウヤは弓を捨て、腰の短剣を抜いて一気に距離を詰める。
スパンッ!
無駄のない滑らかなステップから放たれた一撃が、ゴブリンの首を正確に刈り取った。
ここでもトウヤは、短剣のステップがより鋭く洗練され、【暗殺者の歩法】という新たな派生スキルを獲得したことを実感した。
戦闘終了。二人の息は、結成初日とは思えないほどにピッタリと合っていた。
トウヤの遊撃と牽制、そしてクロの俊敏な攻撃とヘイト管理。この『遊撃&連携』スタイルは、トウヤの戦闘力を飛躍的に向上させた。
「お疲れ、クロ。お前のおかげで、戦いが随分と楽になったよ」
「ワゥ!」
トウヤがクロの頭を撫でると、クロは目を細めて尻尾を振った。
「さて、今日の戦闘訓練はここまでにして、さっそく昼飯にするか。今日はクロの歓迎会も兼ねて、お前の大好きな肉を山盛りにしてやるからな」
「ワォォォーン!!」
歓喜の遠吠えを上げるクロを伴い、トウヤは【拠点創造】のスキルを発動させた。
薄暗く危険な迷宮の一角に、再び安全で快適なテントと、暴力的なまでに食欲をそそる肉を焼く匂いが立ち込める。
一人と一匹の、スローペースで快適、そして最高に美味しい迷宮攻略の旅は、ここからさらに加速していくのだった。




