第12話 お呼びですか?お嬢様 ♀
「お呼びですか?お嬢様」
ノックのあとすっと扉が開いて、立花美咲さんがいつもの涼しい顔で一礼した。その仕草ひとつとっても無駄がなくて、やっぱりこの人は出来る人だなって思っちゃう。
「うん、来てくれて有難う、美咲さん」
そう言いながら、私は恥ずかしくて目を合わせられない。こんな話を誰かに相談するのも、最近になってからだし……。彼女は私の傍付きの使用人の一人で、一番年が近くて話しやすく、そして何より――とても出来る人。ちょっと意地悪だけど、仕事も完璧で頼もしい優秀なブレーン。
先日は、「どうすれば簡単に効果的に男性に自分を意識してもらえるかな?」と勇気を出して相談したとき、彼女は一切迷わずに言い切ったのだ。
――男なんて前屈みで胸元を見せれば一発です。
あのときは、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったけれど……勇気を出して実践した結果は、ホントに一発だった。あれ以来、奏多くんの視線が……なんというか、すごい。
壮絶ともいえる視線。刺さるように強くて、服が透けてるようで、体がじんわり熱くなって溶けてしまいそうになる。
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
さらりと本題に入ってくるスマートな美咲さんに、私は慌てて意識を引き戻した。
「きょ、今日も相談があるの……」
「はい、なんなりと」
「えっと……あのね……?」
言葉を選びながら、指先をぎゅっと握る。
「あ、あのね?男性に、お礼をしたいんだけど……どういうのが、いいかなって……」
「お礼、ですか?」
美咲さんは少しだけ首を傾げて、それからすぐに意味ありげに目を細めた。
「……それだけ、でございますか?」
「……っ!!……その、それだけじゃなくて……」
慌てて付け足すと、彼女の口元が楽しそうに緩む。やっぱり彼女には心を見透かされている。
「お、お礼を兼ねて……その……わ、私を意識してほしい、というか……何というか……」
「やはり、お嬢様にはそういうお相手が現れたのですね?ご学友でしょうか?」
「ち、違うの!違うから!そういうのじゃなくて!」
「意識させたいと仰ってますよね?」
「にぃっこぉ~」と面白そうに美咲さんは微笑んだ。慌てて否定したものの自分でも何が違うのかよく分からなくて、余計に恥ずかしくて顔が熱くなる。
「彼を誑かす悪い魔女がいるの!だから、その……救い出したいというか……!」
「はて?魔女、でございますか?」
「う、うん……そうなの!とても手強いの……!」
「なるほど、恋敵、というわけですね」
「も、もうっ……!!」
完全に楽しんでいる!
でも、この人はいつもこうして茶化しながらも、最後にはちゃんと答えをくれる。だから私は、じっと次の言葉を待った。
「そうですね……でしたら」
少しだけ考えたあと、美咲さんはさらりと言った。
「手料理……いえ、お弁当などは如何でしょう?」
「お弁当……?」
思わず復唱すると、彼女は優雅に頷く。
「はい、古来より伝わる、“胃袋を掴む”というやつでございます」
「て、手料理なんて、私出来ないわっ……!」
「ご安心ください、私たちが用意いたします」
「え……?そ、それで、いいの?」
「重要なのは“誰が与えたか”という点ですので……」
その言い方が妙に断定的で、思わず背筋が伸びる。
「女から美味しい食事を与えられたという、その事実が男を虜にするのです」
「そ、そういうものなの……?」
「ええ、それだけで男は強く意識します、極めて単純です」
そして、彼女は少しだけ悪い顔をして――言い切った。
「男なんて所詮は獣、餌付けすればよろしいのです」
「……!!!」
「イチコロですわ」
その一言が、胸の奥にすとん、と落ちる。
餌付け。
その響きに、私の頭の中で――大好きな鳥の姿がふわりと広がった。
――それはツバメ。
春になると屋敷の軒先にやってきて、巣を作る小さな渡り鳥。私はあの子たちが大好き。
幼い頃、広い家の中でひとりで過ごす時間が多かった私は、雛を産み育てる為に命懸けで大陸を渡ってやってくる、ツバメをずっと眺めていた。
口を大きく開けて鳴く雛たちと、その周りを忙しなく飛び回る親鳥。
ツバメは空中で虫を捕まえては巣に戻り、それを何度も何度も繰り返す。小さな雛には食べやすいように、いったん飲み込んで柔らかくして与えるらしい。
一日に何百回も往復して、休むことなく餌を運び続けるその姿は、小さな体からは想像できないくらい力強くて、まるで命そのものが詰まっているみたいだった。子供のために、ただひたすらに飛び続ける。愛ゆえに。
私の両親は自分の為に子共を置いて世界を飛び回り、ツバメは子供の為に命懸けて世界を飛び回る。
自分の両親を嘆くと同時に、愛に溢れた渡り鳥を私は心から尊敬し、雛が羨ましかった。ツバメに生まれ変わりたいと思うほどに。その深い愛情が、どうしようもなく眩しかった。
「……餌付け」
ぽつりと呟くと、その言葉が今度は違う意味を帯びてくる。
誰かに食べ物を与えること。それは、ただの行為じゃなくて――相手を思って、相手のために動く、愛情そのもの。
「……それ、素敵ね」
気づけば、自然と笑みがこぼれていた。
「お嬢様?」
「美咲さん、今日も本当に素晴らしい提案をありがとう」
くすくすと自然に零れる笑みを噛みしめながら、優秀なブレーンを見つめる。彼女は少しだけ驚いたように目を瞬かせてから、すぐにいつもの微笑みに戻る。
「いえ、光栄でございます」
「ねぇ、明日からのお弁当は、二人分にしてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
「栄養もしっかり考えて、ちょっと多めにね」
「承知いたしました」
やっぱり美咲さんは、天才だ!
「……ふふっ」
気づけば頬が緩んでいた。頭の中に、未来の光景が広がりはじめた。
「どうかなさいましたか?」
「ううん、なんでもないの」
私は首を振って、胸の奥に灯った小さな決意をそっと抱きしめる。
「これで、あの魔女にも負けないわ」
「お嬢様の餌付け作戦、楽しみにしております」
「ええ、任せて」
そうして私は、どこか誇らしい気持ちで宣言した。
――獣の餌付け大作戦、開始よ!
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