第60話 学校生活
アイデン魔法学校へ来てから1週間が経った。
毎朝時間になると鐘が鳴るので、それで起きている。
朝目覚めると、窓から陽の光が溢れている。ここ最近は目が覚めるごとに自分が一人で生活していることに気付かされる。
備え付けられていた、ふかふかのベッドに勉強机と椅子。他にも持ち込めるとは聞いていたが、これまでの旅では宿や野宿が基本だったので家具なんて持っていない。よって、殺風景な部屋で過ごしていた。
着替えと身支度を済ませ、寮にある食堂へ向かう。朝食はここで摂ることが多い。しかし、今日は人が多かった為、お弁当を貰った。
勇者で成績上位者が多数所属している特別魔術クラスとなれば、向けられる視線は多く、様々だ。
そのせいで最近は人混みを避けている。慣れてしまうのが手っ取り早いのだが、まだ慣れそうにない。
早めに学校へ登校しながら先ほど買ったお弁当を開けて食べる。お弁当の中身は日替わりで具が変わるサンドイッチだ。それを頬張りながら見慣れない景色に目を向ける。
学校までは徒歩で10分程だ。学校が広大であるから、その途中の道にも自然があったり、王都を一望することが出来る。
ちなみに、アイデン魔法学校は第二王域にある隣国のアイデン王国の国王が学校の重要性を王都へ広めた事からその名がついた。
アイデン王国はチャックマンの故郷だ。こう言った偶然も不思議な縁に感じる。
僕は口一杯にサンドイッチを詰め込み、学校の門をくぐる。
○ ○ ○
教室に着くと、マクベルが座っていたので挨拶を交わす。
「おはようマクベル」
「ああ、君か。毎朝律儀だな」
相変わらず少し棘のある言い方。しかし、なんだかんだ一緒にご飯を食べたり、授業でペアになったりしてくれる。
その後に来たテンペールさん達は相変わらず僕の側に座る。
「おはようございますノアさん」
「おはよー」
「おはよう!」
グラスさん、ペナペットさん、ジュナリムさん達は訓練場での一件から親しくしてくれている。というか、親し過ぎるくらいだ。
どうやら、普段から孤高なイメージが強く、周りが遠慮がちになるのだとか。こうして他の生徒と一緒にいることが珍しいらしい。
そういう事もあり、僕はより一層注目される存在になった。
しかし、悪いことだけでは無い。学校や王都での生活にまだ不自由さを抱いている僕をサポートしてくれている。そして何より仲良くしてくれていることが嬉しい。
僕が席について授業の準備をしている間も、続々と生徒が登校してくる。
と言っても特別魔術クラスは僕を含めてたったの12人しか居ない。
全員が成績上位者なので授業のレベルも高い。
授業開始の鐘が鳴る。
教師が教える授業、自分達で魔法について研究する時間、実践を想定した授業など、様々な教育が用意されている。
今日の授業は魔術についてだ。
魔術とは、魔法とは似て非なるもの。
魔法の発動原理は、魔力+詠唱からなる。魔力を杖に込めて詠唱をすることで初めて魔法を放つことが出来る(魔力量によっては詠唱を短縮、無くすことも可能)。
しかし、魔術はそうではない。
魔力+詠唱に留まらず、魔力を繊細に扱う魔力操作が必要な「魔法陣」を使うものや、予め複雑な魔力操作、その効果を計算して組み立て、魔法を迅速に、効果的に発動させる「魔法術式」など。
複雑な魔力操作と緻密な計算、魔法への理解力が求められるのが「魔術」。普通の魔法とは違う高レベルなものだ。
魔術は魔法と違って高度な知識と技術が必要な為、使うことが出来る人が少ないと言う。その代わり、魔法の数倍の力を持つのだとか。
ここで学べるものは主に魔術だ。僕の知る魔法とはレベルが違う別世界。
僕は既に魔術の魅力にのめり込んでいた。
○ ○ ○
午後は戦術の授業だ。
戦術。
一対一や多対一。戦争などでの軍略、策など多岐にわたる戦い方のこと。命のやり取りにおける戦闘は、戦術の知識に依存し、その戦術を知っているかどうかで生死が変わる。
勇者になる上で必要不可欠なものだ。
なのだが……。
「その……相手の撤退する数が多い場合は………。あ、あの………その兵を伏兵にまわして…奇襲を仕掛けてくる可能性があります………」
こ、声が小さい…!
そう思っているのは僕だけではなく、隣に座るジュナリムさんもなんだか凄くイライラしている。他の生徒も同様に苛つきを見せたり、呆れて窓の外を見る者もいた。
パトラ・トルーシェ先生。
黒い長髪に赤い瞳が目立つ女性の先生。
元々は騎士だったらしく、実戦を経験した人が語る戦術を学べる実用的な授業……の筈なのだが、この有様だ。
「敵の指揮官…主力戦力は封じることがじゅ、じゅじゅっ……重要で…」
教室には静寂の中、微かに聞こえる先生の声が聞こえる。
騎士団にもこんな風にオドオドした人は居るのだろうか。
○ ○ ○
その日の放課後、友達と別れた後。
エナドナさんが用意した特別製の訓練場で界冥さんと修行する。
魔術、体術、剣術、戦術。有りとあらゆるものを学ぶ。
勇者としての力を高める為、週に何度かこうして修行していた。
それにしても……。
「ほら!もっと攻撃のテンポ上げて!」
「は、はい!うげっ?!」
腹部に蹴りが入り、僕は壁まで転がる。
今日は体術の修行。僕は木刀も体術も使える。界冥さんは素手のみ。
それでも平然と圧倒してくる。
界冥さんは水仙流体術(僕も使う水仙流剣術の体術版)を主に使ってくる。
相手の攻撃を受け流し、流れるような動作で激流のような攻撃を仕掛けてくる。僕の剣術じゃ歯が立たない。
ちなみに魔術も圧倒的で、僕はまだ一度も界冥さんに傷一つつけられていなかった。
「筋はいいけど…まだまだだね!」
あれだけ動き回っても汗ひとつ流してない。それどころか、僕の実力を引き出そうと立ち回ってもいた。
「は、はい……。まだまだですね」
「う〜ん…さっきも言ったけど筋は悪く無い。覚え込みも早いし、魔法と魔眼を持ってすればギリ帝級だしね。あとは基礎固めさ。大丈夫!この最強が教えてるんだからさ」
あまりにも堂々と言われて、僕は思わず苦笑する。
けれど、その直後。
「でもさ」
界冥さんは少しだけ真面目な顔になった。
サングラスの奥に輝く宝石のような青い瞳は僕を見つめる。
いや、僕のさらに奥を見つめるような…。
ちなみに、界冥さんの目も魔眼らしい。なんでも全てを見通せる最強の魔眼だとか…。
「君には強くなってもらわなきゃ困るんだよね」
「……僕がですか?それはなんで…」
界冥さんが僕の頭を軽く叩いた。
「僕が居なくなっても良いくらいに…ね」
「……」
「ここから君は強くならなきゃいけない。勿論、これまでみたいにクミ・ヴィバール達と強くなるのも手だ。だけど、君はこれから自分自身を強くする番だよ」
胸の奥が少しだけ熱くなった。
「自分自身…」
「ああ。君は君自身に苦しめられる時が来る。けど、それに負けちゃいけない」
界冥さんは満面の笑みを浮かべる。
「そうならないように、僕の持てるすべてを叩き込む。覚悟は良い?」
「はい!」
界冥さんの顔に笑顔が戻る。
「その代わり、ビシバシ行くから!筋肉痛で動けなくなっても知らないからね!何がなんでも修行だから!」
「えっ…」
「師匠命令!」
「そんな命令あります!?」
僕の抗議が訓練場に響く。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
僕には今、剣を教えてくれる人がいる。
魔術を教えてくれる人がいる。
そして、遠くで共に頑張っている仲間達がいる。
学校に来てから、少しずつ僕の周りには人が増えていた。
○ ○ ○
翌日。
この日は休日だ。
僕は学校の正門で、三人の少女を前にして立っていた。
「ノアさん。おはようございます」
「おはよ〜。ノア、休日だからって寝坊した?」
「寝坊してギリギリになっているのはペナペットの方だろう?」
「は?ジュナリムも僕とさほど変わらないだろ?それどころか、慌てて起きたからあんな姿で…」
「お、おい!それを言うな!!ノ、ノア!何もないからな!?」
「あはは……。えっと、三人ともおはようございます。今日はよろしくお願いします」
グラスさん、ペナペットさん、ジュナリムさん。今日は三人と王都を観光することになっていた。
王都についてまだ知らない事が多い僕に王都の生活を教えて貰うのだ。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい!」
僕たちは王都の中心地へ向かった。
アイデン魔法学校が王都の中でも広大な敷地を持っているため、少し歩くだけでも景色が変わる。
石造りの建物は店に届きそうなほど高くそびえ立ち、窓が太陽の光を反射している。
移動方法は基本馬車なのだが、馬車が通る道も綺麗に整備されており、街の中に何本も道路が通っている。それだけでなく、街の中に橋が建てられ、立体で複雑な道路が形成されている。
毎度、王都の仕組みには驚かされる。
背の高すぎる建物から少し離れ、テンペールさん達が普段買い物に来ると言う大通りへやって来た。
ただ、僕の考えていた大通りとは違った。
僕の知っているのは、パン屋から漂う香ばしい匂い。魔道具を並べた露店。そんな感じの場所だ。
しかし、そこは露店などなく、綺麗なショーウィンドウが並び、どの店もきちっとした店構えだった。
店の前を行き交う人も皆んなお洒落な格好で、品のある印象だ。旅に出ていた頃の服装で来たが、なんだか恥ずかしい…。
「凄い……」
思わず呟く。
旅をしていた頃にも大きな街には立ち寄ったことがある。
でも、王都はそれとは比べ物にならない。
「ノアさん、まずはどこへ行きましょうか?」
「そうだな……。じゃあ、洋服を見たいかな」
…この格好じゃあまりにこの街に似合わない。それに、テンペールさん達に迷惑も掛けてしまいそうだ。
「では、いつも私達が行っているお店へ行きましょうか」
グラスさんが答え、手を叩くと御者がその店へと馬を操る。
しばらく馬車を走らせて、辿り着いたのは…。
「……ここ?」
目の前には豪華な建物。
入口には立派な門があり、シワひとつない制服を着た店員が二人立っている。
看板には金色の文字。
どう見ても高級店だった。
「ここのお洋服はどれも一流ですの。さ、参りましょう」
「え?ここは…?」
「いつものお店ですわ」
「いつもの!?」
もっと庶民的なものを想像していたが…。
どうやら、僕の予想はここでは機能しないらしい。
馬車の扉が丁寧に開けられ、店員が深々と頭を下げる。
「テンペール家の御三姉妹様、お待ちしておりました」
「ええ、ありがとう」
グラスさんは当然のように店内へ入っていく。それに続き、ペナペットさんとジュナリムさんが馬車を降りる。
僕も後を追う。
店内には大きなシャンデリア。壁には見たこともない高そうな絵。
並ぶ洋服はどれも高級品だ。
「ノアさん、この中に好みの物はございましたか?」
「ええっと…ちょっと僕にはわからないって言うか……」
「あら、そうでしたか……なら…」
グラスさんは近くに居た店員さんを呼ぶ。
「この方に似合う物を」
「畏まりました。少々お待ちください」
あまりに自然な流れで一瞬思考が止まる。
「あ、あの…?グラスさん?」
「ここの店員さんならいい物を選んでくださいますわ。ご安心なさって!」
「いや…そう言う問題じゃ……」
「?」
グラスさんは「何か問題でも?」と言わんばかりに首を傾げる。
これが彼女達の普通なのだろう。そこに困惑しっぱなしである。
その後店員さんが洋服を持って来てくれて、グラスさんと2人で確認する。
「こんな良いもの似合うかな?」
「ええ!ぴったしですわ。もしこちらで宜しければ私からプレゼント致しますわ」
「ええ!?そんなの悪いよ!!」
「良いんです。この前の事件で助けてくださった時のお礼がまだでしたから。これはそのほんのお返しです。受け取ってください」
その熱意に押されて僕は大人しくプレゼントを受け取ることにした。
○ ○ ○
服屋を後にした。次は、近くにあると言うペナペットさん行きつけの本屋へ向かう事にした。
巨大な本屋には棚一面に本が並び、どの本も貴重な物だ。
「ええっと……ここ!ここ!この棚には魔術について詳しく書かれている文献が揃っててね!この本なんかは……」
ペナペットさんはとても楽しそうに本を紹介してくれる。僕も釣られて楽しくなり、お薦めされた本を読み漁る。
ペナペットさんの使う毒魔法は、毒への専門的な知識が必要不可欠だ。こういった所からその知識を得ているのかもしれない。
「見てよ!この本はね…」
ペナペットさんが見せてくれたのは魔法道具についての本だった。
僕の知っている魔法道具は、冒険者のお助けアイテムのようなイメージが強いが、この本に載っている物は違った。
魔術を応用したものが載っていて、どれも強力な効果を持っている。全く知らない世界だ。
「何これ!?凄いね!」
「え!?う、うん…そうなんだけど……。ノアくん….ちょっと近くない?」
「へ?」
本に集中し過ぎるあまり距離感を間違えたようだ。
気づけば、ペナペットさんの顔がすぐ横にある。
「あ!ご、ごめん!!」
「い、いやいいよ!てか、ここでは静かにね…?」
「あ…う、うん……」
騒ぎすぎた…。周囲の目も感じられる。
は、恥ずかしい…!
「んふふっ。ノアくんって意外とお茶目なんだね?」
その後も迷惑にならないように気になる本を読み、さっき2人で読んだ魔法道具についての本をペナペットさんからプレゼントしてもらった。
○ ○ ○
本屋さんを後にするとちょうどお昼時だった。
そこで、ジュナリムさんが好きなご飯屋さんへ向かった。
予想はしていたが、そこも物凄い高級店だった。
店内へ入るや否や、ウエイターと軽く挨拶して店の奥へ進むジュナリムさんの姿は格好いいとすら感じる。
そして案内された席には、純白の食器が並べられていた。
旅の途中で食べていたパンや干し肉とは、あまりにも世界が違う。
「ノア?どうかしたのか?」
「いや……僕、ここで食べて大丈夫なのかなって」
自分でも説明し難い罪悪感が襲う。
「大丈夫だ。何を言っているんだ?あ!お金なら心配いらないぞ!」
ジュナリムさんが笑う。
「そういう問題じゃ……。ま、いっか…」
結局、僕は三人に勧められるまま食事をすることになった。
料理は美味しかった。美味しかったけれど……。
値段だけは最後まで怖くて聞けなかった。
○ ○ ○
食事を終えた僕たちは、再び王都を散策しようとしていた。
「次はどこに行く?」
「そうですわね…この時間なら劇団の講演があるんじゃありませんか?」
「ああ〜あそこか〜。丁度いいかもね」
三人は次の目的地について話している。
僕は詳しくないので聴く側に徹していると、不意に前方から見覚えのある少女が歩いてくるのが見えた。
銀色の髪。
整った顔立ち。
そして、周囲の人間さえ自然と目を向けてしまうような気品。
僕は思わず声を漏らしてしまう。
「……あれ?」
向こうもこちらに気付いたようだった。
少女は足を止め、静かに目を見開く。
「あなたは……」
アイリス・シヴィル・フローラル。
休日の王都で、僕たちは偶然にも出会ってしまった。
「ノア・ファトリーブ……?」
アイリスが僕の名前を口にした。それと同時に侮蔑の目を向けられる。




