第58話 友達と魔法
校長室で特別魔術師になった僕は、理解が追いつかない中、エナドナさんと特別魔術クラスへ向かう。
これからは勇者であり、魔法学校の生徒であり、特別魔術師になる。正直自分が一番混乱している。
学生として振る舞いつつ、特別魔術師として反乱軍からの襲撃に備える。これが、僕に与えられた最初の任務だ。
勇者としての任務はまだ先になる。今は、早く学校慣れて実力を付けるのが先だ。目まぐるしい変化に驚いてる暇はない。
とりあえず今は、僕が今日から通うことになるクラスだ。第一印象は大切だと言うし、なるべく明るく振る舞おう。今日の朝の一件もあるし……。
昼下がりの廊下には太陽が差し込んでおり、授業の開始を知らせる鐘が鳴っている。
教室の前へやってきた。息を吐き、呼吸を整えてから教室の扉へ手をかける。
教室に入ると、10名ほどの生徒が疎らに席に座り、僕のことを見つめている。
人だけじゃなく、獣人にエルフの生徒がいる。このクラスは特に特別な生徒が集まるとか…。
「今日からこのクラスへ転校することになったノア・ファトリィブだ。知っての通り100代目勇者でもある。全員敬意のある接し方を。じゃあ、挨拶して」
「は、はい。ご紹介に預かりましたノア・ファトリィブです。よろしくお願いします」
僕は出来るだけ丁寧な挨拶をした。
しかし、物音ひとつない静寂が教室を包み込んだ。歓迎の言葉も、拍手の一つも無い。
「じゃあ自由に座ってくれ……ドンマイ」
静かに慰めの言葉をかけられたことで、余計に傷が痛む思いだった……。
歓迎はされてないみたいだ。
○ ○ ○
歓迎されていない。
その事実は思っていた以上に心に刺さった。
特別魔術クラスの授業は普通の授業とは少し違う。教師が一方的に教える形式もあるが、それだけではない。それぞれが研究して、実際に魔法を使って検証したりすることが多い。
正直な話、内容は面白かった。聞いたこともないような話が次々と飛び交う。
しかし。
誰も僕に話しかけてこない。
授業中も、休憩時間も。僕が自己紹介をして以降、まるで存在しないかのように扱われていた。
勇者だから距離を置かれているのか。それとも転校生だからなのか。
理由はわからない。けれど、居心地が悪いことだけは確かだった。
やがて昼休みを知らせる鐘が鳴る。
生徒達は三々五々席を立ち、友人同士で食堂へ向かっていく。
僕も席を立った……一人で。
「はぁ……」
気づけば中庭へ来ていた。
噴水の近くにある木陰へ腰を下ろす。
学校の中にある食堂で食べるのは、視線が集まって落ち着けなさそうなので、食堂でサンドイッチを買った。包み紙から取り出し、一口齧った。
美味しい。でも少し寂しい。
旅の途中にはクミさん達がいた。
誰かと一緒に食事をするのが当たり前だったから、一人で食べる昼食は妙に静かに感じる。
「友達作れるかな……」
思わず本音が漏れる。
その時だった。
「随分と弱気なんだね」
不意に声が聞こえた。顔を上げる。
そこには一人の少年が立っていた。
黒髪のボブヘア。整った顔立ち。
どこか中性的な美しさを持つ少年だった。制服も乱れ一つなく着こなしている。
その姿からは貴族特有の気品が感じられた。
少年は僕の向かい側へ立つと、冷めた目でこちらを見下ろす。
「君がノア・ファトリィブか」
「あ、うん」
「勇者様にしては随分冴えない感じなんだな」
「あはは……」
「なんだ、弱々しいじゃないか」
彼は鼻で笑った後、胸を張り堂々と名乗り始めた。
「僕はマクベル・オランジュ・クルーエルだ」
「あ、同じクラスの?」
どこかでみたことあるかとだと思っていた。
僕は立ち上がる。
「そうだ。やっと思い出したか。僕は…」
「話しかけてくれてありがとう!」
「……は?」
明確に困惑した顔をした。
何か変なことを言っただろうか。
「いや、その……今日ずっと誰とも話せてなかったから」
「……」
マクベルは無言になる。
そして小さくため息を吐いた。
「君は本当に勇者なのか?」
「一応」
「一応?君がそんなではこの帝国の勇者が務まるのか!?」
マクベルは髪をかき上げる。
「僕の家は名家クルーエル家だ。いずれは魔術師団のトップへ上り詰める男さ!」
「すごいね!」
「ん?」
マクベルは思っていた反応と違い、肩透かしを食らった気分になる。
「凄いね!」
「……そ、そうだろう」
マクベルは少し胸を張る。
「帝国でも有数の名門だ。代々優秀な魔術師を輩出している」
「へぇ!凄い!」
「魔法も同世代ではトップクラスと言われていて……」
「本当に凄い!」
「……」
何故かマクベルは黙った。しばらくして再び口を開く。
「だが君ほどではないらしいな」
「え?」
「十一歳で帝級。銀世界のシルヴァト討伐。ドロ・ディレティロ捕縛。羅刹討伐」
淡々と実績を並べる。しかし口調には僅かな棘があった。
「随分と華々しい経歴だ」
「あはは……運が良かっただけだよ」
「運?」
「うん。僕一人で倒したわけじゃないし」
沢山の人に助けられてきた。
だから自分だけの功績だとは思えない。
しかしマクベルは納得できない様子だった。
「普通はそこで謙遜するにしても、もう少し誇るものだろう」
「そうかな?」
「そうだ」
僕は少し考える。
そして正直な感想を口にした。
「でも僕はマクベルの方が凄いと思うな」
「……は?」
「だって自分一人でやってきたんでしょ?」
「それは……そうだが」
「僕、学校に通ったことが無いから。ちゃんと勉強して結果を出せる人って凄いと思う」
旅ばかりしていた僕には真似できない。
魔法や剣ならともかく、勉強で一番になるなんて想像もつかなかった。
マクベルは完全に言葉を失っていた。
まるで何か理解できないものを見るような目で僕を見ている。
「君は……」
「?」
「変わっているな」
「よく言われる」
「褒めてない」
「そ、そうなんだ」
思わず笑ってしまう。
するとマクベルも小さく息を吐いた。
さっきまでの刺々しさが少しだけ薄れている気がした。
僕は少し安心する。もしかすると。この学校で最初の友達になれるかもしれない。
そんな予感がした。
○ ○ ○
昼休みが終わると、特別魔術クラスの生徒達は集められ、校舎から離れた森へ連れてこられていた。
向かった先は、アイデン魔法学校の敷地内に存在する人工森林。
魔法によって生み出された広大な森であり、生徒達の実戦訓練場として利用されている場所だ。
空を見上げれば木々が何十メートルも伸び、足元には魔力を含んだ草花が生えている。
まるで本物の森だった。
「広い……」
ノアが周囲を見渡していると、前方に立つ男が振り返った。
短く整えられた金髪。鍛え上げられた体躯。腰には一本の短杖。
軍人のような鋭い眼光を持つ男性だった。
「全員揃ったな」
男は腕を組む。
「はじめましての生徒もいるので、改めて挨拶を。私はランス・シュナイデット。特別魔術クラスの魔法実戦担当教員です」
低く響く声。
周囲の生徒達も自然と姿勢を正す。
「今日の授業では課題を出す。研究している魔法が実戦で役立つか君たち自身で確認してもらう。よって……」
ランス先生は杖を抜き、簡単に呪文を唱える。
次の瞬間、地面から十体以上の岩石の塊が現れる。
それらは徐々に人型を形成し、巨大な石の兵士へと姿を変えた。
ゴーレム。訓練用に作られた魔法人形だ。
「このゴーレムをその魔法で撃破して見せてください」
ランス先生は淡々と告げる。
「使う魔法は君達が研究したもの、習得したものなら自由。ただし、危険なもの、効果が見られないものは減点対象です」
その言葉が終わると同時に、一人の少女が前へ出た。
綺麗な銀髪、透き通るような白い肌。凛とした美貌。
アイデン魔法学校首席。アイリス・シヴィル・フローラル。
魔術師団団長のカナシスさんの妹らしい。
「では、失礼します」
彼女は静かに短杖を掲げた。
次の瞬間、周囲の温度が一瞬で下がる。
地面に無数の氷結晶が生まれた。
「麗しい水霊よ、その怒りを凍てつかせ示すがいい。第二門 氷結花葬」
パキィィィィン!!
轟音と共に氷の花が咲く。
次の瞬間、ゴーレム全身が巨大な氷塊に包まれた。
そして、砕け散る。僅か数秒の出来事。
ゴーレムは完全に機能停止した。
本来この魔法は、相手の足元を凍らせて動きを止める程度の威力のはず。
それをゴーレムを粉砕する程の威力にするの事はまさに天才の凄技。
「詠唱の短縮に効果を普通の何倍にも上げた…。よし、合格」
ランス先生が短く評価する。
周囲からも感嘆の声が漏れた。
流石首席。圧倒的だった。
続いて前へ出たのは三人の少女達。
全員が整った顔立ちをしている。
絵本から出てきたような美女達は短杖をそれぞれ抜く。
輝く白色の長髪のグラス・ダイヤ・テンペール。
美しく深みのある青色髪のポニーテールのペナペット・サファイヤ・テンペール。
日の光のような黄色髪のショートカットのジュナリム・トパーズ・テンペール。
三人は有名な(らしい)テンペール家の三姉妹だった。
「では、私から参ります」
グラスさんが微笑む。
杖の先に大量の魔力が込められ、その魔力は文字のように浮かび上がり、やがて大きな魔法陣へと変わる。
魔法陣はゴーレムの魔力を吸い取っていく。渦のように巻き取った魔力がグラスさんへ還元され、ゴーレムは自身の形を構成する魔力を失い、崩壊した。
「じゃ、次は僕ね?」
続いてペナペットさん。
杖に魔力を集中させたかと思うと、杖から酸性の液体が放出され、酸の激流が竜の形となって突撃し、ゴーレムを粉砕する。
毒魔法。僕が知る限り、この魔法は毒の効果を操ることが難しく、熟練の魔法使いでも限られた人しか使えないはず…。
「よし、じゃあ最後は私がっ!」
最後にジュナリム。
短杖を掲げたかと思えば、短い詠唱の後、魔法陣を複数展開する。
魔法陣から魔力弾が放たれ、着弾と同時に炸裂する。
高すぎる威力が故に優秀な使用者でも怪我をしてしまう炸裂魔法。
雷撃の音がが森を走り抜け、一撃でゴーレムを沈黙させた。
「お見事」
ランス先生が頷く。かなりレベルの高い実力者ばかりだ。しかも、全員僕と同い年。
ノアは思わず感心していた。
「行くぞ」
隣でマクベルが前へ出る。
「うん」
二人もゴーレムへ向かう。
ゴーレムと相対したその時。
ドォォォォォン!!
突然、森全体が揺れた。地面が揺れ動き、木々が大きく傾く。
生徒達の視線が一斉に周囲に目を向ける。
少し離れた場所で、空から何かが落下してきていた。辺りは砂煙に包まれる。
「何だあれ!?」
誰かが叫ぶ。
それは鳥だった。
だが、普通の鳥ではない。
翼を広げれば二十メートルは超える。全身を黒い羽毛に覆われ、三つの首がそれぞれ動き回っている巨大な魔物。
身体の至る所から魔力が漏れ出している。
そして何より。
本来訓練場にいるはずの存在ではない。
「魔物だと……?しかも、あれは三獄鳥!何故ここに!」
ランス先生の表情が変わる。
次の瞬間。
巨大な鳥型魔物が口を開いた。濃密な魔力が収束する。
三獄鳥が捉えたのは、まだ混乱している生徒達。
「全員防御魔法!!」
先生が怒鳴る。しかし間に合わない。
魔力弾の発射が先だった。
轟音と共に放たれる漆黒の砲撃。その軌道上には数名の生徒がいる。誰も回避できない。
その時。
地面を蹴る音が響いた。
「水仙流!仙王・理の流し!」
飛び出したのはノアだった。
素早く抜刀し、魔力弾を受け流す。
後ろに流れた魔力弾は、大木の幹を易々と打ち砕き、そのまま大木が折れて地面へ落ちる。
ノアは右手で剣を握り、左手で杖を構える。
後ろで見守るランスと生徒達は、今日一知らぬふりをしていたノアに目を丸くする。
「あいつ、本当に勇者なのか…」
マクベルが独り言を漏らす。
目の前の魔物はかなり危険で普段は王都になんか居ないはずの種類。
三獄鳥は国級の魔物で、普段は人里離れた森で群れで暮らす。あれだけ大きければ複数の騎士団が対処するレベルだろう。
ノアと三獄鳥は互いに見つめ合う。
次の瞬間。
「ギャァァァァア!!!!」
三獄鳥は鳴き声で威嚇すると同時に大量の魔力を解放する。
草木が揺れ、森に響き渡るような魔力が大きく揺らぐ。
相手に対しての最大の威嚇。自身の力を見せつける行動だ。
「へぇ?中々強い魔力だ…。なら!!」
しかし、ノアはそれ以上の魔力を解放し、三獄鳥に威嚇し返す。
あたりの木々が揺れ動き、森を突き抜けるように噴き上がる魔力に、三獄鳥は一歩下がる。
その魔力に生徒達の中には腰を抜かすものもいた。
「なんですの…?あれは…」
「あれがみんな噂してた勇者…」
「私らなんかよりずっと……」
先程まで自慢の魔法を披露し、優秀な成績を収めたテンペール三姉妹も、思わず冷や汗を流す。
帝国において自分たち以上に優秀な魔法使いを見た事がない生徒達は、その場で圧倒的な実力差を目の当たりにする。
三獄鳥は三つの首からそれぞれ魔力弾を放つ。
ノアは剣で確実に撃ち落としながら、魔法を放つ。
「第二門 水魚遊軍!注意を逸らします!今のうち避難を!」
周囲に夥しい量の魚型の水魔法を放ち、攻撃を後ろへ撃たせないようにする。
それと同時に三獄鳥との距離を詰め、ノアは斬りかかる。
「水仙流 帝虎瀑布!」
強力な一撃が振り落とされ、三獄鳥の首を一つ切り落とす。
そのまま怯んだ所に、ゼロ距離から高密度に圧縮した魔力を撃ち込む。
「第五門 超圧咆線!!」
その光線は三獄鳥の巨体を吹き飛ばし、森を貫いて空へと消える。
三獄鳥の体は粉々に粉砕され、やがて霧散する。
霧散する黒い煙の中、剣と杖を携えた勇者の姿をその場の全員が目に焼き付けることになった。




