第051話 ノスフェトゥス国 某宰相補佐官視点
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私はノスフェトゥス国で宰相補佐官を務めている。これでも高位貴族の出で、周囲から能力を買われて現在の地位にいる……おっと、現実逃避をしてしまった。
今私がいるのは、先日ロイドステアに侵攻したところ、突如現れた精霊導師に司令官が捕縛されて敗北した件で、国王陛下、宰相閣下、財務大臣、外務大臣、国防大臣、軍総司令官が集まり、ロイドステアと講和するための対策会議の場なのだが、先程から会議とは名ばかりで、礼儀作法などおかまいなしの、醜い責任の擦り付け合いが繰り広げられている。
「宰相、何故精霊導師の存在が掴めなかったのか!」
「陛下、それは先ほど申し上げました通り、ここ暫く奴らが間諜や協力者を排除していたからで……」
「それが理由になるか!急に排除を始めるからにはその理由を探るのが当然だろう!」
こんなことを言っているが、半年前に「第1王子の妃を他国から選定するのが難航しており、情報を制限して状況を有利に進めるため」と報告済みだし、陛下もそれで納得されていたではないか。ただ、実際の所は、精霊導師の存在を他国に秘匿するためだったのだと、今なら解る。もう遅いのだが。
「……ですから、そもそも、無理に兵力を増加させたため、開戦せざるを得なかったのです」
宰相閣下が、何時の間にか矛先を国防大臣に向けた。この話術の巧みさは見習うべきだろう。
「その通りだ、国防大臣!国力に応じた兵力整備をせぬからこのような事態になるのだ!」
「そんな!6年前にアブドームで大規模な魔物暴走が起こったため、我が国に逃げて来た流民を兵士にすると決定したのは陛下ではございませんか!」
「それはお前が、流民なら費用も掛からないというから認めた筈だ」
「確かにその通りですが……困窮に陥っているアブドームを、兵力を増強して脅迫し、外交上有利な態勢をとって属国化するからと外務大臣殿が!」
確かにそのような流れで兵力増強が為されていたのは事実だ。そもそも我が国は基本的に寒冷地であるため作物が育ちづらく、南進政策を国是としている。特に、温暖で豊かなロイドステアは、その一部でも手に入れたいというのが、偽らざるところであるが、その話の流れなら、普通にアブドームを攻めていればこんな状況にはならなかった筈だが……。
「外務大臣、何故アブドームの属国化は進んでおらぬのだ!」
「現在アブドームについては、ウェルスーラも属国化を狙っているようでして、難航しております」
「難航で済む話ではないわ!無駄飯喰らいどもが国庫を圧迫しておるから賠償金の目途が立たんのだ」
ウェルスーラ国は海洋国家で、強力な海軍と活発な交易で知られている。多少兵力を増強したところで、ウェルスーラと我が国なら、どちらを選ぶかは自明の理だろう。ということで、下手にアブドームに攻め込むと、それを口実にウェルスーラに属国化を進められかねない状況だったのだ。
「属国化は一朝一夕でできるものではございませぬ。それより、御前会議において、ロイドステアで疫病が流行したため、支援をしようと私が申したところ、疫病に乗じてロイドステアを攻めるべきだと進言したのは軍総司令官殿ではありませんか!」
「確かにそうだったな、軍総司令官、貴様が原因ではないか!」
「それは、増強された軍が力を振るう機会を求めるのは自然なことでございます」
それはその通りだ。ちなみに、陛下自身も侵攻に乗り気だったのは、会議に参加した者なら全員知っている。あと、独り言で「アルカドール領主の娘は大層美しいらしいし、もし捕縛できたなら、数年後には妾にしてもいいかもしれんな~」と言っていたのを、侍従が聞いたそうだ。その娘のせいで今このような状況になっているのだがな。さて、兵力の件は先ほども出ているから、堂々巡りか?
「いや、そもそも、何故第1団に先遣を任せたのだ?あそこは歩兵主体で速度を求める攻撃には向かん。だから動きを察知され、対応されたのだ。騎兵主体の第2団ならば、早期にトロス砦を落とし、戦域を拡大させることも可能だった筈だ。それならば、いくら精霊導師だとて対応できなかったのではないか?」
ここで国防大臣が別件で責めた。実際、第2団は当時作戦準備を完了しており、いつでも作戦に投入することが可能だった筈だ。しかし、第1団長が先遣団長となったのには政治的な事情がある。
「それは……第1団長を第1軍長に推薦するためには功績が必要だ、と仰られていましたよね、宰相殿」
「……宰相、確か第1団長は貴様の甥だったな」
「た、確かに彼は私の甥でありますが……」
流石に今この話をされてしまうと、弁の立つ宰相閣下でも躱せないか?
「……というわけで、今回の件とは全く関係が無く……」
おお、あそこから持ち直した!流石宰相閣下、この話術は神懸りとさえ言えるだろう。
「……ということで、この場は余剰の兵たちを開拓民とし、未開拓の北部大森林を自給自足で開拓させることで国防費を圧縮せざるを得ません。これならば、現状でも対応可能でしょう」
ここで、腹案を提示したか。これには、国防大臣も軍総司令官も反論しづらい筈。
そして、これまで沈黙を守っていた財務大臣が発言した。
「そうですな。それならば今回の賠償金については対処可能でしょう。ただし、第1団長殿の身代金は、自身で負担して頂かなくてはなりませんが」
「何と!それは伯爵家を取り潰しにするということか!」
「命あっての物種でございましょう?あと、伯爵家の後ろ盾が支援すれば、取り潰す必要はないのでは?宰相殿」
伯爵家の後ろ盾とは、要は宰相閣下のことだ。ちなみに今回の身代金は、疫病に乗じて侵攻するという、貴族にあるまじき非道な行いをした、という理由で、賠償金とあまり変わらない金額に吊り上がったと聞いている。賠償金自体の額を上げると、交渉が成立しない可能性がある、ということからロイドステアがその代わりに身代金名目で巻き上げようと設定したのだろう。
このような形で、何とか国内で取りまとめた話を土台として、外務大臣や国防大臣を中心とした講和交渉のための使節団がロイドステアへ向かった。第1団が壊滅していたら、国内の継戦の声が抑えきれなかったところだが、死者が意外と少なかったことで、損切りで済ませようとする声が支配的だ。
あの精霊導師を実際に見た第1団から事情聴取をしたところ、まさに天災と言わざるを得ない有様だったそうだ。そんなものを敵に回していたら、それこそ国ごと滅ぼされてしまう。
利己的な理由で侵攻した我が国が、逆に攻め滅ぼされてもどこからも文句は出ないのだから、ここで矛を収めてくれるというならば、講和を結ぶ以外に道は無い。この圧倒的不利な状況で交渉をするというのだから、他部署ながら涙を禁じ得ない。
その後、身代金費用を半分立て替えたために困窮に陥った宰相閣下が腹いせに、王妃殿下に対して、侍従が聞いた独り言の件を耳打ちしたところ、王妃殿下が激怒して、今回兵士から開拓民にされた者達へ、陛下の私財を叩いて支援金を出すことになったそうだ。やはり女性は敵にしてはいかん。
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