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89話 新しい時代へ

本作の2巻は全国書店にて明日、11月15日発売です!

コミカライズと共によろしくお願いします!

 ゆっくりと降下してくるノルレルス。

 ──万事休すか。

 せめてロアナやミルフィ、何よりルーナだけでも逃がさなければと思考を巡らせていると。

 ……俺が握り締めているリ・エデンが。

 ルーナの手の中にあるリ・シャングリラが。

 それぞれ、翡翠色の輝きを放っていた。


「なんだ、どうしたんだ……?」


 二本の聖剣は俺たちの手を離れ、浮かび上がり、やがて一つとなって巨大な影を成してゆく。

 片角の折れた頭部、二対四枚の翼、古竜を優に超える巨躯、全てを射貫くような翡翠色の瞳。

 半透明ながら、この姿は、トリテレイアの記憶にもあった……。


「神竜エーデル・グリラス……!」


 倒れたまま見上げれば、エーデルは『如何にも』と応じた。


『遅れてすまぬな、当代の皇竜騎士。この身は既にノルレルスに敗れた後。故に擬似的な転生を行える器を求めていた次第だ』


『もしや二本の聖剣を糧に転生を……?』


『然り。我が末裔、ルーナよ。レイドが死力を尽くし、二本の聖剣の力を引き出したお陰で、それらは本来の格を、我が力を完全に取り戻した。魔滅の加護は元々我が魂の一部。なればこそ……この身この魂が馴染むのも道理であろう』


 そうしてエーデルは視線をノルレルスに移す。

 ノルレルスはカルミアの端正な顔立ちのまま、歪んだ笑みとなる。


「……そうか。砕かれた肉体の代わりに、竜の国にある角を依り代にしていたね? でもねエーデル、見ての通り全て終わった。そして僕はもう魔神ではなく新たな主神。君お得意の魔滅の加護はもう効かない!」


『抜かせ、その体たらくで転生とは笑わせる。貴様はカルミアの魂に己の魂を被せているに過ぎぬ。貴様の魂を綺麗に引き剥がせば、我が友の娘はまだ戻ってくる!』


 エーデルはノルレルスへと羽ばたき、抵抗も許さずその身を顎で飲み込んだ。

 半透明な肉体の中、ノルレルスはもがいていた。


「離せエーデル! 肉体が滅びてもなお、魂をこの世に留めていたのは褒めよう。だが決着が付いた後、不完全な転生で僕に食い下がるのは美学に欠けるぞ!」


『それで結構! 我が末裔が、その友が、互いを思いやる心を、二人の語るところの愛を見せてくれたのだ! あらゆるものを超越して互いを思う魂を見せつけられ……何故、助力せずにいられようか!』


「ぐっ……エーデルッ!」


 エーデルの肉体は徐々に収縮し、やがて光となりカルミアの体を包み込む。 

 ノルレルスは抵抗していたようだが、遂にエーデルの力に押され、漆黒の霧がカルミアの体から噴き出した。

 そのまま神竜の力は半透明なエーデルとなり、魔神の力は半透明なノルレルスとなる。

 カルミアの肉体はゆっくりと降下し、目を閉じたまま倒れ込んだ。


『レイド・ドライセン! 頼む! 今一度、我を……我が魂をその手に宿せ!』


「……御意!」


 ルーナに支えてもらい、死力を振り絞って立ち上がれば、神竜の体は一振りの剣となって俺の手に収まった。

 白銀の鱗を思わせる柄、瞳と同じ翡翠色の刃。

 正に神竜の魂と加護を宿した、新たな聖剣である。

 それを手にし、俺は半透明な、恐らくは魂のみであるノルレルスへと向かった。


「……レイド・ドライセンッ!」


「ノルレルスッ!」


 一瞬の交差。

 ノルレルスが悪あがきで構えた赫槍を、俺は神竜の聖剣で奴諸共両断した。

 途端、奴の体は今度こそ空間に溶けるようにして消えていく。

 神の死、魂の消滅だ。


「全く。君はどこまでも僕の邪魔をするね、エーデル」


『……赦せとは言わん。だが認めよ。彼らこそが新たな時代を創り、生み出す者。創造は神のみに許された権能ではないのだ』


「だから神々の時代は終わっていいと?」


『後は後進に託せと言っているだけだ』


「ははっ、相変わらずだね。でも君はそういう奴だった。ずっと、ずっとね……」


 ノルレルスの最期の言葉は、決して恨み言ではなかった。

 何かを懐かしむような響きがあり、ただ言葉と一緒に、空間に溶け去っていく。

 次いで神竜の聖剣も役目を終えたためか、翡翠色の輝きとなって消えていく。

 リ・エデンとリ・シャングリラに戻ることもなく、ただ静かに。


『神竜様……!』


 聖剣へと寄ってきたルーナに、神竜も最期の言葉を残す。


『そのような顔をするな、ルーナ。よいのだ、これで。やっと……我が相棒、ミカヅチの元へ大手を振って旅立てるのだから。お前も傍らの相棒を愛し続けよ。それがどんな愛であれ、きっとお前を、未来へ導く……』


 消えゆく神竜、聖剣へと、ルーナは力強く頷いた。


『心得ております。……あなたもミカヅチを、相棒として愛していたのですね』


 ルーナは翡翠色の輝きを見送ってから、こちらを向く。


『……終わりましたね、全て』


 俺は倒れたカルミアを抱き上げながら、ルーナに返事をする。


「そうだな。後はトリテレイアとガラードが戻ってくれば……」


 話したところで、空間に翡翠色の亀裂が走った。

 すると中から臙脂色の竜と、天界を統べる主神が姿を現す。


『かーっ! やっと戻ってこれたぜ……!』


「ガラード!」


 ロアナが駆け寄ると、ガラードは翼を伸ばして『どうにか生きているから、そんな顔すんなよ』と笑った。


「レイド、ノルレルスは。それに……エーデルは」


 問いかけてくるトリテレイア。

 しかし聞きつつも、彼女も全てについて気付いているはずだ。

 晴れない表情を見る限りでは間違いないが、それでも聞かずにはいられなかったのだろう。

 記憶から伝わってきた。

 主神であるトリテレイアは……エーデルのみならず、ノルレルスだって愛していたのだから。

 その最期を確認したいというのは自然だった。


「ノルレルスもエーデルも、もういません。全部、終わったんです」


「そうですか……」


「……っ、ううん……」


 腕の中で、小さくカルミアが身じろぎする。

 ゆっくりと開いていく瞳は、元の藤色に戻っていた。

 ノルレルスの力は完全に失せたようだと、肩から力が抜ける思いだった。


「レイドに、お母さん……?」


「カルミア。目が覚めたのですね」


 トリテレイアはカルミアの頭を、優しい手つきで撫でた。

 俺がカルミアを降ろすと、トリテレイアはカルミアを柔らかく抱く。

 ……その後ほどなくして、彼女の体から黄金の光がふわりと浮かび上がった。

 これは……先ほどのエーデルや、ノルレルスと同じだ。

 寿命が迫った神族は最期、魔力や光となって消えていく。

 母親の異変に気付いたのか、カルミアは顔を上げてトリテレイアを見つめた。


「お母さん……? もしかして、もう……」


「ごめんなさい、カルミア。私は力を使い果たしつつあります、もう、お別れなのです。あなたにはもっと、多くを授けてあげたかった……」


 するとカルミアは首を横に振った。


「いいの。こうやってちゃんと話せたもの。それにノルレルスが私の中に入ってきた時、分かったの。神族は転生しない時、代わりに次代に知識と力を授けるって。ノルレルスも本当は、お母さんが転生を拒んで消えちゃうのを悲しんでいた。でも私は違う。お母さんの多くを受け継いで、いつでも一緒にいられるんだから。悲しくはないよ。それが神族っていう種族の在り方なんだもの」


 カルミアもノルレルスの記憶を覗いたのだろうか。

 彼女にはもう、別れを惜しむ悲しさはなかった。

 ……神族にとって重要なのは、やはり肉体よりも魂や記憶なのかもしれない。

 人間ならば今生の別れとなり、深い悲しみは避けられないだろう。

 それでも二人には二人なりの親子の愛が確かにあった。


「肝心なことは、ノルレルスが教えてくれたのですね。……では最後に。こうして肉体を持って交わす、最後のお話しをしましょう」


 トリテレイアの体は光の粒子となって、徐々に姿が薄れていく。

 己の消滅が近い中でも、トリテレイアは穏やかな様子で続ける。


「あなたはこの世界を、どんなふうに導きたいですか? どんなふうに愛したいですか?」


 するとカルミアは明るく微笑んだ。


「レイドやルーナがいた竜の国みたいな。お母さんと私みたいに、猫精族やケルピーの親子が仲良くいられるような。私、そんな暖かい世界にしたい!」


 宣言するように話した途端、カルミアに異変が生じた。

 その身を包む衣服はトリテレイアのようになり、背には光の粒子が集まって翼が生じていく。

 カルミアは光そのものを纏うかのような姿となっていった。


「お母さん。私、レイドやルーナたちから沢山の愛を教わったの。家族、一族、友達……種族さえ超える愛に、大切にしたいって気持ち。この世界にはそういう思いが、色んな愛があっていいと思う!」


 娘の輝くような意思に、トリテレイアも安堵したのか。

 どこか救われたような面持ちで、カルミアへと話した。


「ではカルミア、主神としての初の仕事をあなたに任せます。全てを、あなたの暖かな思いで、包んであげてくださいね……」


 そうしてトリテレイアの体は完全に光の粒となり、カルミアの纏う光と一体になっていく。

 カルミアは両手を組み、目を瞑った。

 ……その後、一気に目を見開くと、真っ白だったトリテレイアの空間が様々な景色を映し出す。

 魔霧に覆われた空に地上、山、海、国。

 魔族が闊歩するそこへと、天界からカルミアの光が伝わっていくのが分かった。

 聖なる光は連鎖するように増加し、魔霧を排除し、重たい暗雲を消し去り、世界の全てを暖めていく。

 陽光が降り注ぎ、青空が広がり、花が咲いて鳥が鳴き、魔族と化した動植物の全てが元に戻っていった。

 トリテレイアの全てを受け継ぎ、主神として覚醒したカルミアは、この世界を照らしている。

 それからカルミアが腕を振るうと、空間に古竜も通れるほどの、白い扉が現れた。


「皆、ここから出ようか。いつまでもここにいる訳にはいかないもの」


 カルミアの言葉に従い、俺たちは開かれた扉を潜る。

 その先は天界であり、やはり瓦礫の山となっているが、天には蒼穹が広がっていた。


「天界もこのままじゃあ見栄えが悪いわね……それっ!」


 カルミアが四方八方へ光を放つと、閃光は瓦解した建物を包み、元通りに戻していく。

 時が撒き戻るかのような光景に、全員が絶句していた。


「これが万全となった主神の力なのか……」


「素敵な力でしょ? お母さんの記憶を元に天界を再建したの。これでレイドたちも少しは観光できるわね」


 主神となってもなお、カルミアはカルミアだ。

 明るく、少しだけ茶化したようにそう言い、俺たちを笑わせてくれた。


「カルミアはこれから、天界で生活するのか?」


「そうなるわ。しばらくは世界のバランスを取らないと。主神のお仕事みたいだから」


『しかし一人というのも寂しくはないのですか?』


 ルーナの問いかけに、カルミアは唸った。


「うーん。それは確かに。一人でいるのもなんだし、そのうち新しい神族も生み出すかもね。でも……その前にレイドを神様に据えちゃうかも」


「えっ?」


 この子はまた、いきなり何を言い出すのか。

 カルミアはどこか悪戯めいた笑みで続ける。


「今なら分かるの。レイドのご先祖様がレイドに神族式の記憶継承ができたのも、神竜エーデル・グリラスの力である魔滅の加護があったからだって。レイドはその時から神竜の力を扱っていた影響で、体の方は神族の力を受け入れやすくなっている。実際、戦っていた時も肉体に魔滅の加護を通していたみたいだしね。……つまりレイドの体は人間よりも神族寄りになりつつあったってこと。だから今の私の力も合わせれば、レイドを神族にだってできるかもーって」


「い、いやいや。流石にそれは……」


 神様にならないか、なんて誘われても困る。

 何より……。


『レイドはこの先も私と共に歩む約束ですから。天界に残るようでは困ります。それにレイドが神族になってしまえば、カルミアへとその……婿入りするようではありませんか!』


「……」


 たとえが少し違う気がするけれど、ルーナの言うことは間違いではない。


「そうだな、俺は今後もルーナと一緒にいるから。神族になって天界にずっといるのは難しいよ」


 そう話せば、カルミアはわざとらしく「あーぁ」と肩を落とした。


「フラれちゃった。人間にフラれた神族なんて、後にも先にも私くらいかな……なんてね。レイドらしいかな、でも」


 カルミアはルーナに近寄り、何か耳打ちしていた。

 ルーナも最初は怪訝な顔をしていたけれど、すぐに『ほうほう』と納得した表情となる。


『なるほど、それはそれは。……では、そういうことにしましょうか』


「ええ。そういうことでね」


「待て二人とも、一体どんな話をしたんだ」


 不穏な気がして聞いてみれば、二人は揃って『「良い話」』としか答えてくれなかった。

 竜姫と主神の内緒話……やっぱり知らない方が良いかもしれない。

 何せ俺はしがない竜の世話係、藪蛇は突つかないに限る。

 それからカルミアは俺たち一人一人と話をした。

 ロアナやミルフィには「しばらくお別れね」と別れを惜しみ、ガラードには感謝を伝えていた。

 最後に……カルミアは俺たちを淡い光で包み込むと、傷を癒やしてくれた。


「ごめん、治癒が後回しになったけど……皆、これで大丈夫なはずよ」


「痛みが一気に消えた……。カルミア、本当に神様として覚醒したんだな」


「それはそうよ。これでも私、女神トリテレイアの娘だもの。この力で天界から、世界を守り続けるわ。これまで神族が行い、ノルレルスさえも、かつてはそう願っていたように」


 カルミアはそう告げて、地上を眺めてから、


「レイド。竜の国に帰る前にもう一つだけ言わせて」


「なんだい、カルミア」


 カルミアは俺の両手をぎゅっと握って、トリテレイアを思わせるような、柔らかな笑みとなる。


「私を、未来を、愛を守ってくれてありがとう。私、いつまでもあなたたちを覚えているから。遠い未来になっても、レイドやルーナたちから新しい時代が始まったんだって。そうやって……ずっとずっと、覚えているから」


 神族の神、主神カルミアはそう言って、俺たちを送り出してくれた。

 ……彼女が主神となれてよかったと、竜の国で出会えてよかったと。

 そんなふうに思いながら、俺はルーナの翼を借り、竜の国へと戻っていった。

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