90話 二人の思いは
魔神ノルレルスの引き起こした、世界を一変させてしまうほどの大事件から、十日ほど。
帰還した俺たちは、竜の国に残っていた皆や、ノルレルスの配下を抑えてくれていた皆から、盛大に出迎えられた。
空が晴れ魔霧も消え、世界が元に戻ったことで、ノルレルスを撃破したと皆も気付いたそうだ。
特に若い古竜たちは喜びのあまり騒ぎ回り、ロアナやミルフィを踏みつけそうになったので、ガラードに諫められて黙らされていた。
そうやってしばらくの間、俺たちは健闘と勝利を讃えられたものの……。
すぐに犠牲者を弔わねばといった話しとなり、皆、表情を暗いものに一転させた。
古竜や空竜の犠牲者も、決して少なくはなかったからだ。
黒騎士たちを抑え続けるため、やはり無茶をした者も多かったらしい。
ルーナの言いつけを守り、危なくなったら竜の国へ帰還する者もいたようだが、負傷した竜は大抵の場合は仲間の盾となったり囮となり、そのまま戻らなかったと聞いた。
俺も家族同然に世話をしてきた空竜たちの何体かが亡くなったと知ってから、正直、木陰で涙を流した。
皆、気付いていたかもしれないけれど、その時は俺をそっとしてくれていた。
それから竜の国の習わしに従い、亡くなった竜は速やかに竜王のブレスによる炎で焼かれ、綺麗な骨となり、竜の国にある墓所へと丁寧に埋葬された。
今回は空竜も共に葬られ、フェイのように生き残った空竜は竜王に感謝を述べていた。
……とはいえ、当のフェイも無事ではなかったのだ。
「フェイ、後脚の指が……」
犠牲者を弔う際、生きているとようやく確認できたフェイの右後脚は、指が二本奪われていた。
痛々しい傷跡ながら、竜の高い治癒力で傷は既に塞がりつつあったのが、不幸中の幸いだった。
フェイはゆるりと首を振った。
『仕方のないことだ。寧ろ黒騎士の群れを抑えて、この程度で済んだのは僥倖だ。……奪われたのは指だけであるし、歩けはする。レイドの子を見るまで生き延びられそうではあるな』
冗談交じりのフェイの口調に、少しだけ笑いが零れた。
……そうやって古竜や空竜、猫精族の無事な者たちと言葉を交わした後。
最後にアイルが押しかけてきて「ええい! 妾も労わぬか! 魔力切れで死ぬ寸前であったのだぞ!」と出撃前の威厳はどこへやら、いつも通りの彼女にほっこりとさせられたりした。
こんな形で十日ほどはあっという間に過ぎていき……今に至るという訳である。
***
「メラリア、もう行くのか?」
「はい。里の再建も途中ですし、赤子たちの元気な様子も見られましたから。レイド殿も、あの子らをもう少しだけ頼みます」
ガラードの背の上、メラリアはこちらにそう言った。
周囲には他にも、多くの猫精族や荷物を乗せた古竜が勢揃いしている。
さらに子連れの猫精族たちもそれを見送りに訪れていた。
ロアナに至っては今日も故郷の大人たちに可愛がられており、尾が嬉しげに左右へ揺れていた。
……そう、今日は竜の国に避難してきていたメラリアたち猫精族が再び、里に戻る日なのだ。
彼ら彼女らにも、成すべき仕事が多く残っているのだから。
「とんでもない事態の中だったけど、久々に会えて楽しかったよ。それと……改めて謝らせてほしい。リ・エデンとリ・シャングリラのこと」
既にメラリアには伝えてあるが、二本の聖剣はエーデルが一時的に転生した際に使われ、最後は一本の聖剣となった後、役目を終えて消えてしまった。
特にリ・エデンの方は守護剣として、猫精族が代々御神体同然に扱ってきたものだ。
仕方がなかったとはいえ、メラリアたちには申し訳なく思っていた。
しかしメラリアは「よいのですよ!」と明るく返事をしてくれた。
「元々、あれは皇竜騎士ミカヅチの持ち物でしたから。何より魔の源を討つためにレイド殿に振るわれ、消えたのであれば、メラリアたちも文句はありません。代わりにお渡しした鎧はお返しいただけましたから。今度はこの鎧を守護剣の代わりに大切にします。新たな皇竜騎士の伝説を支えた、栄えある品として」
メラリアはそう言いつつ、ガラードの背に括り付けられている木箱を指した。
かつてミカヅチが纏い、俺も身に付けた鎧は、彼女の言ったようにしっかり猫精族に返却した。
新たな皇竜騎士の伝説を支えた、なんて言われるのはどこかこそばゆいけれど。
もしかしたら、かつてミカヅチもこんな思いだったのかもしれなかった。
『他の連中の準備もできたみたいだ。そろそろ行くけど、構わないかよ?』
「お願いします、ガラード殿」
メラリアの了承を受け、ガラードが咆吼を上げれば、古竜たちが次々に飛び立っていく。
去り際にメラリアは「それではレイド殿、ルーナ殿! またいつか!」と手を振ってくれた。
それをルーナと一緒に手を振って見送り、彼らが遠く、空の向こうに小さくなっていくまで、その場に佇んでいた。
次第に見送りに来ていた猫精族たちは集落へ戻り、ロアナやミルフィはケルピーの親子を見てくると出かけていった。
古竜たちも時間帯的に昼寝をするのか、各々散っていく。
最後にその場に残って空を見上げているのは、俺とルーナのみだった。
人間の姿のルーナは、そのまま空の向こうを見上げながら話す。
『今頃、この蒼穹の向こうでカルミアも過ごしているのですね』
「そうだな。主神として色々頑張っているんじゃないかな。この世界を暖かく照らすために」
……思えば、本当に色んなことがあった。
竜脈の儀でカルミアが落ちてきてからの日々は怒濤で、どれも輝いていたものだった。
記憶がない……もとい、生まれたてだった分、少し抜けているところのある神様だったけれど。
それでもあの子が俺たちにとって大切な仲間で、竜の国で暮らす家族だった事実は変わらない。
カルミアがいつまでも俺たちを覚えていると言ってくれた分、俺もいつまでもカルミアを覚えていよう。
神族より、古竜より、ずっと短い寿命の身ではあるけれど。
それでも精一杯、しがない竜の世話係なりに生きてみようと、心から思えた。
……そしてふと、カルミアの話題で思い出したことが一つ。
「そういえばルーナ。天界から出る前、カルミアと何か話していたよな? あれ、一体なんだったんだ?」
『あれですか。そうですね……あの時も知りたそうにしていましたし。何よりレイドの同意も必要な内容でしたし。せっかくですから、今のうちに話しておきましょうかね』
そう言い、ルーナは間を作って、何か溜めるようにしてから話した。
『……私とレイドは無事に竜の国に戻って来られました。しばらくの間、二人は別れの危機から遠ざかった訳です。しかしいつかは……それも私からすれば遠くないうちに、レイドとの別れは来るでしょう』
「それは……」
種族が違うのだから仕方がない。
でも俺は決めたのだ。
ルーナからすれば短い間でも、ちゃんと側にいようと。
改めてそう伝えようとするものの、ルーナは食い気味に続ける。
『……しかし! そんな私の不安を悟ったのか、良い話として提案してくれたのがカルミアなのです。レイドが神族になるという話。あれさえ了承してもらえれば、レイドの寿命も格段に延びるとのことでした。なのでもし、レイドが寿命や病、怪我で弱ったらすぐに神族にしてしまおう、そうすればすぐに別れは来ない……そういうお話しでした』
「おいおい。あの時のカルミアの話、本気だったのか……」
半ば冗談だと思っていたけれど、本当に俺が神族になってしまう未来もあるというのか。
畏れ多いような、カルミアもルーナも本気かと突っ込みたくなるような、少し複雑な気持ちにさせられた。
『それでレイド。どうですか? カルミアはいざとなったら問答無用で……とも言っていましたが、私としてはやはりレイドの同意もほしいなと』
「ルーナ、俺が神族になることは反対していなかったか……? 婿入りがどうとか言ってさ」
聞いてみれば、ルーナはあの時を思い出したのか、赤面しつつ視線を少しだけ逸らした。
『……神族となった場合も天界に召し上げることはしないと、カルミアも約束してくれましたし。レイドの寿命問題が解決するなら背に腹は代えられは……』
いつになく現金なルーナ。
そんなに離れたくないのかと驚くと共に、少しだけ嬉しく思う自分がいた。
ルーナの思いは、彼女に深く好かれている証拠でもあったからだ。
『それでレイド、改めてどうですか? 生命の道理を外す行いとは承知ですが、ここは一つ、主神の許しがあったということで』
こんなにも押しの強いルーナも稀だ。
しかし竜の世話係風情が神族になんてなっていいものか、そこだけ引っ掛かってしまう。
そこで俺はルーナにこう話した。
「もしも俺が爺さんになっても、ルーナが俺のことを好いてくれていたなら。その時にまた改めて考えるよ、前向きに」
『何を言うかと思えば。私はずっとずっと、レイドのことが好きですよ。これだけは、あなたに命を救われたあの日から、未来永劫変わりません』
……あまりにも真っ直ぐなルーナの思い。
面と向かって言うのも恥ずかしいのか、彼女は少し顔を赤くしつつも、それでもはっきりと語ってくれた。
──本当、俺には勿体ないくらいの相棒だな。
『これも全て、カルミアの言葉も借りれば愛故です。……それと一つ、私もレイドに聞いてみようと思っていたことがあるのです』
「遠慮なく聞いてくれよ。俺もカルミアとルーナの内緒話について教えてもらったし」
するとルーナは『では遠慮なく』と言ってから、深呼吸を一つ。
『カルミアの言ったように、世界には色んな愛があります。その中で、私とレイドの愛はどんな愛だと思いますか?』
そんなふうに問いかけてきたルーナの瞳は、今日も空色に澄んでいた。
彼女の瞳を見つめながら、照れそうになりつつも、俺は確かに話した。
心の内を言葉として、偽りなく紡げるように。
「どんな愛か……言葉にすると難しいけど、俺はいつも側にいてくれるルーナが好きだよ。相棒って言葉じゃもう表しきれないかもな」
この返事が上手い答えになっているかは分からない。
それでもルーナの問いに対する返事としては、嘘偽りのないものだった。
『つまりは相棒以上の愛。そうですね、私もそんなレイドが大好きです』
微笑むルーナはそれから、ぴったりと肩を合わせてきた。
何時も離れず側にいる、そんな意思を示すかのように。
──今日も蒼穹は高く、雲は白く、そよ風は爽やかに駆けていく。
そんな平穏と一緒に、俺はルーナの思いと、命や愛を感じさせる温かな熱を感じていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
レイドとルーナたちの物語、いかがだったでしょうか。
少しでも面白いと思っていただけたなら何よりです。
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