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87話 彼が信じた道は

「神竜帝国式・竜騎士戦剣術──竜鱗乱舞!」


 舞い散る鱗のような斬撃をリ・シャングリラで無数に飛ばす。

 ノルレルスは自身の影に吸い込まれるようにして移動を始める。

 かつては目で追うのも困難だった高速移動。

 されど、トリテレイアの魔力を得た今なら見える。

 以前、胸の傷を治癒してもらった際、目元にも手を当てられていたが……。

 ノルレルスの口ぶりからしても恐らく、あの時になんらかの視覚強化も施されていたのだろう。

 奴の能力を見破れるようにと。

 そんな強化能力が俺の怒りや感情の昂ぶりに呼応して目覚めたとなれば……ただこの激情に身を任せるのみ。

 吸い込まれつつある奴の動きに先んじて、影へと斬撃を素早く飛ばせば、魔滅の加護を帯びたそれを、奴は回避せざるを得ない。

 影から飛び出したノルレルスへとそのまま接近。

 カウンターの要領で振られた赫槍はリ・エデンの魔力で強化された膂力にものを言わせて受け止める。

 かつては受けるだけでも高くまで打ち上げられた一撃、だが今は十分以上に持ち堪えていた。

 怒りの力で上限が取り払われたリ・エデンの魔力があれば、竜の世話係の肉体でさえ神族に匹敵する膂力を帯びるようだ。 

 初めて見る奴の引きつった表情に、黒い感情と笑みが漏れた。

 そのまま右膝を奴の胴へ叩き込み、弾き飛ばす。

 半透明な床を数度バウンドして転がっていくノルレルス。

 ……ようやくまともなダメージが入ったなと安堵したのもつかの間、視界がぐにゃりと歪む。

 他にも暴力的なまでの魔力解放の影響で全身へ鋭い痛みが走り、感覚が失せるように痺れる。

 でも……強いて表すならこの程度で済んでいた。

 神族を倒す代償がこの程度ならば、まだ対価として「払える」のだ。


「くっ……⁉」


 リ・エデンの魔力、即ち魔滅の加護が通う俺の肉体に直接触れたノルレルスは、身悶えるようにしながらも立ち上がった。


「この出力……馬鹿な。人間が引き出せる限界を遙かに……!」


「……喋るな!」


 ──ルーナを罵ったその口、二度と開かせてたまるか。

 奴に語る暇すら与えまいと、そのまま剣戟勝負に持ち込む。

 魔滅の加護を胴へまともに当てた以上、効いているのは間違いない。

 現に奴の動きが明らかに鈍っている。

 手数の面でも、両手の聖剣で攻め立てているこちらが有利なのは明白。

 このまま押し込まんとリ・エデンで突きを放てば、防御に回った赫槍とかち合う。

 止まらずリ・シャングリラを横薙ぎにすれば、奴は赫槍の角度を変え、受け止めにかかった。

 次いでノルレルスは立てた赫槍を軸にして跳ね、首を刈り取る軌道の蹴りを放ってきた。

 空を裂く高い音、まともに食らえば首が飛ぶ。

 強化された視覚で緩やかに時間が流れるかのような空間の中、一撃の軌道を読み切る。

 体を反らし、顎を捻って紙一重で回避に成功。

 そのまま攻撃に転じようとすれば、ノルレルスの瞳が赫々に輝く。

 反撃の予感にその場から飛び退けば、こちらの立っていた場所の直下から、深紅の閃光が槍のように鋭く伸びた。

 あのまま立っていたなら串刺しになっていただろうが……。


「……っ!」


 数度空間の床を蹴って、ジグザグの軌道を描くようにして奴に接近。

 深紅の閃光が俺の行く手を阻むように生じるが、こちらの動きを捉えきれずに全て逸れる。

 ノルレルスも突き立てていた赫槍を引き抜き、応戦の構えを見せるものの、


「そこだっ!」


 リ・シャングリラで斬撃を飛ばし、ノルレルスの赫槍に叩き込む。

 すると案の定、中途半端だった奴の構えが崩れ、その隙に斬り込みにかかった。


「甘い……!」


 確実に入ると思ったリ・エデンによる一閃。

 だがノルレルスは赫槍での迎撃を諦め、真下からの蹴りをこちらの右手に当て、リ・エデンの直撃を避けた。

 手負いの隻腕とは思えない動き、これが魔の神。

 全盛期であれば間違いなくこちらが敗北していただろうが、奴の寿命が迫って弱っている今、勝機が確実にこちらへ寄っているのを肌で感じた。

 先ほどのリ・エデンでの一撃も、直撃こそしなかったが奴を掠めた。

 このまま押し込み続ければやがて勝てる。

 ……魔力の過負荷のせいか、今や肉体から伝わる痛みも感覚も遠くなり、鈍くなりつつある。

 だからまだ「払える」のだ。

 感じなければ恐れもしない。

 身の丈に合わない力を行使するための代償はまだ、残っている。

 ──俺が限界を迎える前に確実に奴を仕留める。それにトリテレイアの力も、ミカヅチから魔力を継承された時と同様、そのうち消えてしまうのは間違いない……!

 全ては時間との勝負でもある、その思いで頭が埋め尽くされそうになった時。


「……?」


 何故だろう、不意に脳裏によぎったのは五体満足かつ爽やかな笑みを浮かべる……ノルレルスの姿だった。


 ***


「トリテレイア! また新しい種族を生み出したっていうのは本当かい?」


「騒ぐな、ノルレルス。我らが主神は一仕事終え、休息中であるぞ」


 ノルレルスを諫めるように語ったのは、翡翠色の瞳の竜だった。

 竜は四枚の翼を生やし、古竜と同じく四肢を持ちつつ、その巨躯は古竜を優に上回っていた。

 さらに白く巨大な角も立派であり、その角には見覚えがあった。

 ──あれは……神竜の角。となれば彼がエーデル・グリラスなのか? でも角は両方揃っている、折れてはいない……。

 俺は一体何を見ているのか。

 ぼんやりと周囲を眺め続けていると、蒼穹の下、天界の城よりトリテレイアが現れた。


「ノルレルス、来てくれたのですね。ええ、そうです。私は新たな人型種族を生み出しました。彼ら彼女らは人間。これまで生み出した者らより、私たちに近いものです」


「へぇ……。ってことは僕らの親戚みたいなものなのかな?」


「左様ですね。空の向こう、静寂の闇と瞬く星明かりを司るあなたも、じきに写し身を地上へと生み出せるほどの力に至るでしょう。そうしたらエーデルの生み出した竜種のように、あなたも素敵な者らを創造し、世界を彩るのですよ」


 トリテレイアにそのように語られたノルレルスは、見たことのないほど明るい表情で頷く。

 瞳は未来への可能性に満ちているかのように、星明りのように煌めいて、赫色ではない。

 漆黒の外套にも血色の装飾はなく、代わりに星々の瞬きのような明かりが散っていた。


「ノルレルスの写し身。星々の化身のように輝く者らとなるかもしれん」


 エーデルの言葉にトリテレイアも「きっとそうなります」と応じた。

 ……これは魔力と一緒に託された、トリテレイアの記憶なのだろうか。

 かつてノルレルスと友であった頃の。


 ***


「トリテレイア。力が薄れているようだけれど、大丈夫かい?」


 ノルレルスが気遣う先には、寝床に伏しているトリテレイアの姿があった。

 彼女は額に大粒の汗を浮かべ、息を荒くしながら、小さく頷く。


「問題ありません。人間たちに少々、スキルの解放を行っただけですから……」


「そうか……でも僕らの仕事だから仕方がないね。存在を強く保つためにも、そうやって信仰を増やし、維持しないといけないから。でも信仰を維持してもこんなに弱ってしまうなんて。……やっぱりその体、もう限界なんだね?」


「そのようですね……。放置すれば、この身はいずれ崩れ去るでしょう。といっても、まだ先の話ですが」


 トリテレイアがそう話せば、ノルレルスはどこか安堵した様子で微笑んだ。


「なら転生も急がなくてもいいね。少し安心したよ。主神にして親友が消えてしまったら、天界も僕も少し荒れてしまうだろうから」


 その時、トリテレイアの表情に少しだけ、影が入ったような気がした。

 ……もしかしたら既にこの時点で、彼女は転生せずに子を、カルミアを生んで未来を託そうと考えていたのかもしれなかった。


 ***


「……聞いたよ、トリテレイア。君は転生を拒む覚悟のようだね?」


 時は流れ、いつになったのか。

 人間の時間で表すところの数百年後か、はたまた数千年後か。

 ノルレルスは真剣な面持ちで、トリテレイアにそのように問いかけていた。

 トリテレイアは一つ、頷いた。


「はい。我々神族の力の劣化は転生を行っても止められず、最早ただの延命となるのみ。遂に地上の者たちのスキル覚醒すら、助けられなくなりつつあります。これでは遠くない未来、スキルを与えなくなったとして、地上の各種族は神族への信仰を忘れるでしょう。そうなれば力の劣化した神族は、たとえ転生を行っても……」


「まあ、昔のような力は得られないだろう。でも……だから、なんだと言うんだい?」


 ノルレルスは眦を小さく吊り上げた。


「この天界で、かつてのように、僕らだけで繁栄すればいい。存在を強く保てず、力を失っても。転生を繰り返せば僕らの本質である魂は繋がる。永遠に僕らでこの楽園を維持し、持続できる。一体君は、何を迷っているんだい? ……今更、転生自体に思うところができたとでも?」


 トリテレイアは答えない。

 されど無言もまた肯定の一種である。

 ノルレルスはしばらくその場に立ち尽くしていたものの、遂に外套を翻し、彼女の元を去る。

 しかし去り際、顔を半分ほどトリテレイアに向け、遂に瞳を赫々に輝かせた。


「そうそう、僕の新しい写し身についてだけどさ。……もし君が地上の連中に絆されたなら、僕は奴らを咎める存在を創造しようかな。そうすれば君の考えだって少しは変わるかもしれない」


「ノルレルス……? まさか、あなたは……!」


 駆け寄ってくるトリテレイアを、ノルレルスは手で制した。


「止めるな、主神トリテレイア。神が己の写し身としてどんな種族を創造するかは、主神でさえ口出しできない決まりだ。……僕は名を改める。空の向こう、静寂の闇と瞬く星明かりを司る神の座を捨て、代わりに地の底、深淵より出でし者らの君主となる」


 その時、ノルレルスの外套の意匠が血色に滾った。

 星明かりを消し去り、己の内なる色で染め上げるかのように。


「待ちなさい、星神ノルレルス。神の座の反転など……!」


 叫ぶトリテレイアに、ノルレルスは「否」と力強く返した。


「僕は魔を統べる神……魔神ノルレルス。地上において、魔の者ら以外の全てを害する神にして、この天界の古きを守護する者。……頼む友よ。考えを変えて、元に戻ってはくれないか。そうすれば僕も考えを改めよう。主神である君がそのままでは、他の神も考えに賛同する。その末、きっと神々は転生を諦め、今の天界は、僕らの楽園はじきに滅び去る。だから……」


 ノルレルスの友としての頼み。

 だが、トリテレイアは首を縦に振ることはしなかった。

 ……トリテレイアもまた、覚悟を決めていたのだ。

 己の命を終わりにしてでも、次世代に全てを託す覚悟を。

 それに新たに生まれる神ならば、その力は、転生による劣化を重ねた神族とは比較にならぬほど高いものとなる。

 故に神族は世代交代を行うべきと、それこそが力の衰えた神族を存続させる方法だと、主神としてトリテレイアは考えていた。

 何より……トリテレイアは俺たちに語った「愛」を信じていた。

 だからトリテレイアはノルレルスの言葉を是とせず、ノルレルスもまたトリテレイアの思いを感じ取ったようだった。


「……そうか。なら僕は僕のやり方で天界を守るさ。地上の連中を、天界の神々を殺そうとも。僕は僕の信じる神族という種族のために動く。たとえ君や、君の子を、主神の座から引きずり下ろしてでも……」


 そう言い残し、今度こそノルレルスは去った。

 恐らくはこれが決定的な決別となったのだろう。

 ここからさらに何百年、何千年が経って現在に至ったのかは分からない。

 しかしこうやってトリテレイアの記憶を覗いているからか。

 トリテレイアの思いを通じて、ノルレルスの本当の考えが伝わってきたのだ。

 ……カルミアの体を使い転生すれば、ノルレルスは魔を統べる神から神族を統べる神となる。

 神族を統べる神なのだから、転生したノルレルスといえど、神族を新たに創造することも可能。

 つまりは……ノルレルスは取り戻したかったのだ。

 転生で命ではなく、魂を繋ぐ、かつての天界の在り方を。

 それを良しとする神々たちを。

 己が主神となり、創造することで。


 ……きっと彼は、それが己の故郷と種族を遠い未来まで存続させる唯一の方法であると、信じていたのだ。


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