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80話 雲の中

 魔神の帰還した天界の位置は、ルーナを含め多くの古竜が魔力で感知していた。

 というのも、これまで天界は古竜でさえ感じられぬほどの高度にあるとされていた。

 しかし魔神ノルレルスが現れる直前、多くの古竜が尋常ならざる気配を暗雲の向こうに感じ、今も同様であると言う。

 そこから察するに、魔神ノルレルスは天界そのものを下界に近寄せ、そこから攻めてきたのだと考えられる。

 わざわざ天界を地表に近付けた理由も、恐らくは奴自身の不調。

 天界と地表との移動距離を減らすためではないだろうか。

 さらに竜脈の儀を通してのカルミアの引き渡しにも備え、天界そのものを再度、元の高度に戻せなかったのもあるだろう。

 ともかく攻め入る先が明確になっているというのは、こちらとしてはありがたかった。

 古竜たちの先頭は既に暗雲へと突入していた。

 稲光の走る漆黒へと迷いなく突き進んでゆく。

 ルーナもそれに続いて暗雲へと入り込む。

 魔霧を生み出している根源への突入は危険にも思われたが、そこはリ・エデンから発される魔滅の加護で凌ぎ切る構えだ。

 古竜の列全体がリ・エデンの魔力で守られている。

 そうして飛翔し、暗雲を突き抜けた先に天界なる場所──伝承では空に浮かぶ巨大な島であるという──が見えてくると思われたが……。

 陽の光を遮る雲の層が厚く、冷気が漂うようで、気温の低下が著しい。

 いつまでも蒼穹が見えてこない焦燥感だけが募る。

 どこまでこの暗雲が続くのかという、嫌な閉塞感を感じながらの強行軍だ。

 五感の鋭い古竜たちの方向感覚のみが頼りである。

 頼む、まずは無事に着いてくれと願った直後、稲光が正面に走った。

 視界が一瞬確保された際、稲光の先に島が、浮遊する大地が見えた。

 雲に隠れ、見えたのは一端のみであったけれど、間違いない。


「あれが天界なのか……?」


 加えて稲光による閃光で分かったことがもう一点。

 この暗雲は、俺たちの真上と真下に水平に続いている。

 雲にも層があり、地表から見えていた層、即ち魔霧を生み出していた下層については既に突破したようだった。

 そして天界は上下を雲に挟まれるようにして浮かび、俺たちが飛んでいるこの空間は中間層といえるだろうか。

 中間層はあまり雲が濃くなく、光さえあれば比較的視界は確保できそうである。

 しかし真上を流れる雲の上層は分厚そうであり、あれが陽の光を阻み、地表やこの空間を暗黒に包んでいるようだ。

 ──上下を雲で覆われている以上、その中からいつノルレルスの配下、黒騎士たちが奇襲してきてもおかしくない。


「ルーナ、咆吼で皆に注意するように伝えてくれ」


『分かりました』


 ルーナが鋭く咆吼を飛ばせば、古竜たちは密集し、互いの死角を補うよう飛翔する陣形となる。

 ……それは敵も見逃せなかったのか、直後に上下の暗雲が弾けた。

 翼の生えた人型の影、恐らくは黒騎士たちが飛び出してくる。

 数にして、目算ではこちらの竜の二倍から三倍はいる。


「稲光がないと視界が悪い……!」


『問題ありません。古竜の空間認識能力であれば捕捉できます。何より……!』


 闇の中、正面に光が咲いた。

 稲妻かと思いきや、それは古竜たちの放つブレスだった。


『私たちのブレスは闇を裂きます。攻撃しつつ、視界の確保も可能です』


 確かにブレスの閃光で闇が光に染まった途端、古竜たちは一斉に黒騎士に襲いかかっていた。

 とはいえブレスも長々と持続して出せる訳ではない。

 黒騎士たちも古竜に撃破されつつあるが、逆に奴らの武具が古竜の鱗に突き立っている様子も散見された。

 ──奴らの剣、魔力が通って高硬度になった古竜の鱗を簡単に貫通するのか……!


「だめだ、敵の数が多すぎる。どんどん増えている!」


『くっ……!』


 怒濤の波のように押し寄せる黒騎士たちに、ルーナも焦りを見せている。

 このままでは数の差で最後方の俺たちまで包囲される。

 その前に突破しなければと考えていると、


『姫様! レイド殿を連れ先に向かってください! 露払いは我らが!』


 先頭から一体の古竜がやってきて、ルーナの隣で滞空する。

 既に息は切れ、翼の一部は破られ、鱗は砕けていた。

 最前列の激戦を姿で伝えてくる古竜を見つめ、ルーナは言った。


『分かりました。こちらも早めに済ませます、危なくなったら竜の国へ戻るよう皆へ伝えなさい』


『承知いたしました。姫様もご武運を』


 言いつつ、古竜は戦闘へと戻りつつ、数度咆吼を張り上げた。

 途端、古竜たちの連携により、左右へと黒騎士たちを押し退けていく。

 天界へと向かう道が古竜たちにより現れ、ルーナはその中を迷いなく突き進む。


「……ルーナ、彼らは」


『分かっています。ああ言いつつもきっと、力尽きるまで戦うでしょう。皆、誇りある古竜として、最後まで退かない。ですから……一刻も早く、私たちが終わらせるのです、全てを』


 同胞の覚悟を無駄にしないためにもと、ルーナの翼はより加速した。

 されど黒騎士も天界へは通すまいと必死なのか、数騎が古竜の包囲網を抜けてルーナに迫る。

 俺もリ・エデンを引き抜き応戦しようとすれば、奴らはルーナの斜め上方から放たれたブレスで焼かれ、撃墜されていった。


『よぉ、姫様にレイド! まだ無事でよかったぜ!』


『ガラード……!』


 背にミルフィやカルミアを乗せたガラードはこちらまで飛んできて、続ける。


『カルミアも連れて行く必要があるんだろ? なら護衛も兼ねて俺も行くぜ! それに敵の本陣に斬り込むなら補給物資も必要だろうしな……おう! 来てくれ!』


 ガラードが声をかけたのは、彼を慕う若い古竜の一体だ。

 彼は縄で括られた木箱を背負っている。

 ガラードの言う補給物資とはあれのことだ。

 今回の戦いは総力戦になるため、竜の国に保管されている治癒水薬も大半を持ち出している。

 それらは古竜たちに分散して運搬してもらっているのだ。


『俺らと一緒に天界まで来い! 背中の荷物、絶対に落とすなよ!』


『ガラードの兄貴……分かった! 天界まで必ず届けますぜ!』


 かくしてルーナとガラードに続き、補給物資を背負った若い古竜も引き連れ、一気に天界へ向かう運びとなった。

 乱戦の中、数度黒騎士の刃がこちらに届きそうになったものの、その度に古竜たちが身を挺して庇ってくれた。

 全ては竜の国の、世界の未来のために。

 ……だが最後の最後、天界へ到達する寸前。

 黒騎士たちが壁のようになって、立ち塞がるように待ち構えていた。


「まずい、後方で黒騎士たちを抑えてくれている皆と距離が離れている……!」


 下手をすれば後方からも回り込まれてしまう。

 かといって前方の黒騎士、目算で百騎前後を古竜三体で強行突破するのは無謀だ。

 だがここで立ち止まるのは最大の下策、後方で支えてくれている古竜の体力にも限界がある。


『くっ、こうなったらブレスで……!』


『この数全部は魔力が尽きそうだが、レイドとカルミアを送り届けるまでは終われねーなぁ!』


 ルーナとガラードがブレスを放とうと構え、俺もリ・エデンの柄を握る。

 そうしてこちらが攻撃を仕掛けるより先……急降下してきた竜たちにより、黒騎士たちの列が一気に乱れた。

 古竜とは違う、前脚が翼のシルエット。

 この闇の中でも見間違えることはない。


「フェイ……!」


『行くんだレイド! ここは我らに任せろ!』


 フェイたち空竜が黒騎士たちの陣形を乱し、奴らの壁に大穴を穿った。

 さらにブレスを次々に放って、黒騎士たちを追い回す。


『さあ、もたつかずに早く! 後ろからも古竜を突破した奴らの増援が来ている!』


『……っ! すみません、フェイ。あなたの家族、レイドは必ずや私が……!』


『何卒頼みます、姫様』


 この乱戦に似つかわしくない、穏やかな声と眼差し。

 フェイは満足げに俺を見て、最後に『本当に大きくなったものだ』と言い残し、黒騎士へと向かっていった。

 その隙にルーナたちは天界の上空へと突入し、それを追うようにしてガラードや物資を運ぶ古竜が続いた。


「突破できたのは古竜三体だけか……」


『後で他の奴らも続いてくるさ。心配すんなって』


 言いつつも、ガラードの声は普段よりも固い。

 それに戦闘から離れ、少し落ち着いてガラードを見てみれば、薄暗いながら各所に傷を負っているのが分かった。

 背のカルミアとミルフィを守りつつここまで来るのは、戦い慣れたガラードとて容易ではなかったのだろう。


『一旦降下しましょう。息を整えて魔神の居場所を……』


『姫様、危ない!』


 付いてきた古竜がルーナの前に飛来し、同時に何かを受け止める。

 彼の体に隠れて受け止めたものの正体は分からなかったものの、ルーナが少し移動すれば、その正体が分かった。


「黒騎士……いいや、違うのか?」


 これまで見た黒騎士は皆、漆黒の翼に黒い鎧という同一の姿だった。

 しかし古竜が受け止めた敵は、鎧も翼も純白であり、手にした長剣のみが漆黒だ。

 新手の敵から感じる魔力はカルミアやノルレルスに似て、より神族に近いものだった。

 現れた新手に、若い古竜は『ガラードの兄貴!』と叫び、爪で木箱を括っている荒縄を切り落とした。


『俺はここでこいつを足止めします! 兄貴は姫様とレイドさんを連れて先へ!』


『……前の大樹海の時といい、悪いな。後で追ってこい!』


 ガラードは落下しつつある木箱を前脚で掴み取る。

 ……ガラードの発言にもあったが、新手を足止めしているのは、ウォーレンス大樹海でも魔族を足止めしてくれた若手の古竜の一体だ。

 あの時も全力で尽くしてくれたが、しかし今回の相手は魔族どころではない。


「……ガラード!」


『言うな、レイド。……俺も、あいつ自身も分かっている。奴が神族に匹敵する野郎であり、恐らく黒騎士を率いている将だってのは。だが……だからこそ。無駄にしねぇさ、絶対にな』


 ガラードは言いつつ、既に天界の中央へと向かっていた。

 ルーナもそれに続いて飛んでいく。

 視界の端では、ブレスを放ちつつ、もつれ合うようにして黒騎士の将と共に落下していく古竜の姿があった。

 ……そうだった、皆、もう覚悟を決めてここに来ているのだ。

 ならば俺も、その覚悟に水を差すような真似をする訳にはいかない。


「魔神ノルレルス……俺たちが、必ず奴を」


『倒しましょう。生きるために』


 ルーナはそう言い、羽ばたく力を一層強めた。


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